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2014.04.12

第11回

宇宙のかたちを測る 前編

大栗 博司

宇宙のかたちを測る 前編

 素粒子物理ファンにはおなじみの「宇宙はどんなかたちをしているのか」というお話。あらためて常識的に考えてみたら、宇宙全体から見たら小さな小さな小さな……小さな惑星に生きる人間が、宇宙空間のかたちを測るなんて、ありえないと思いませんか? しかもその手法の出発点が、小学生でも知っている「三角形の内角の和」の性質だなんて。今回は古代ギリシャで誕生した幾何から、現代宇宙論の最先端までを一気に駆け抜けます。

 

 幾何の研究は、古代エジプトや古代バビロニアで地面の測量のために始まったとされる。英語の“geometry(幾何学)”という単語は古代ギリシア語の“$\gamma\epsilon\omega\mu\epsilon\tau\rho\acute{\iota}\alpha$ (geometria)”に由来し、“$\gamma\epsilon\omega$ (geo)”というのは「地面」、“$\mu\epsilon\tau\rho\acute{\iota}\alpha$ (metria)”というのは「測量」という意味だ。エジプトでは毎年ナイル川が氾濫するので、徴税などのために農地の境界を測りなおす必要があり、図形の面積の計算方法や角度の関係の理解が深まった。また、城塞(じょうさい)やピラミッドなどの建築にも幾何学が使われた。たとえば、第$3$回「基礎から考えること 前編」でも登場した「リンド・パピルス」には様々な平面図形や立体の面積や体積を求める計算方法が記されている。

 こうして蓄積された知識はギリシア人たちの手で整理され、一組の公理から論理にしたがって定理を導いていくという現在の数学のスタイルが確立した。地面の測量という具体的な問題を離れて数学が抽象的に考えられるようになると、その応用範囲も広がった。ギリシア人たちは幾何学を使って人間の手のとどかない宇宙の姿さえも理解しようとした。

 ギリシア人たちは、地球が球形であることを知っていた。その根拠は$3$つある。

(1) 遠くに旅行をすると場所によって北極星の高さが違って見える。地球がまっ平らなら、いつも同じ高さに見えるはずだ。

(2) ギリシア人は月食の原因が月が地球の影に入ることだと正しく理解していて、その影のふちが丸いことを地球が球形である証拠とした。

(3) もうひとつの理由は動物のゾウだ。ギリシア人にとって、ゾウは東方と西方にだけ棲んでいるふしぎな生き物だった。アレクサンドロス大王が紀元前$326$年にインドまで東方遠征すると、マガダ国の軍勢が$6000$頭のゾウを連れて対峙(たいじ)した。一方、地中海文明の中心のひとつであったエジプトのアレクサンドリアの西方のカルタゴには、今では絶滅してしまっている北アフリカゾウがいた。紀元前$218$年に始まった第二次ポエニ戦争のときに、カルタゴの名将ハンニバルが、イベリア半島から$30$頭以上のゾウを連れてアルプス山脈を越え、ローマ共和国に攻め入ったのは有名な話だ。ギリシア人たちは、インドゾウとアフリカゾウの区別を知らなかったので、東方と西方に同じようなゾウがいて、その間の自分たちが住んでいるところにはゾウがいないのなら、東と西はつながっているはずだと考えたんだ。

 地球が球形だとすると、それはどのくらい大きいか。この問題を太陽の観測と幾何学を組み合わせて解いたのが、アレクサンドリアのエラトステネスだ。

 ギリシア、エジプト、中東から中央アジアの一部にまで広がる大帝国を築いたアレクサンドロス大王が紀元前$323$年に急逝すると、その将軍の$1$人であったプトレマイオスI世がエジプト支配を引き継ぎ、地中海に面したアレクサンドリアを首都とした。プトレマイオス朝は、カエサルとクレオパトラの子カエサリオンがオクタビアヌスに殺害される紀元前$30$年まで約$300$年間続くことになる。プトレマイオスI世が設立した「ムセイオン」は、学術・芸術の女神ムーサ(ミューズ)の神殿という意味で、いわばエジプト政府の研究機関だった。ムセイオンの研究者には、給与と宿舎、無料の食事と召使、さらに無税の特権が与えられたので、古代ギリシア世界から最高の頭脳が集まった。

 紀元前$275$年ごろに北アフリカに生まれたエラトステネスは、アテネのアカデメイアで学び、$30$歳でアレクサンドリア大図書館の司書に、$4$年後には図書館とムセイオンの館長になった。第$7$回の「素数のふしぎ 前編」の話で登場した素数を見つける「エラトステネスの篩(ふるい)」でも知られている。

 エラトステネスは、次のようにして、地球の大きさを測った。アレクサンドリアの真南にあるシエネ(現在のアスワン)では、夏至の正午に深い井戸の底まで太陽の光が届く。この都市は北回帰線上にあるので夏至に太陽が天頂に昇るんだ。これを聞いたエラトステネスは、同じ日の同じ時間にアレクサンドリアで太陽が落とす影の角度を測り、$7.2$度であると知った。地球が球形だとし、太陽の光が底に平行に降り注ぐとすると、「平行線の錯角は等しい」という幾何の定理(これについては後で説明する)を使えば、図$1$のようにして、アレクサンドリアとシエネの緯度の差も$7.2$度だとわかる。地球を一周すると$360$度で、これはアレクサンドリアとシエネの緯度の差の$360\div 7.2=50$倍なので、地球の全円周は$2$つの都市の距離の$50$倍になる。エラトステネスの作った地図によると、アレクサンドリアとシエネの間の距離は現在の単位に換算して約$930$キロだったので、地球の円周は$930 \times 50 = 46,500$キロだとわかる。実際には$40,000$キロなのでエラトステネスの見積もりは$16$パーセントほど大きかったが、当時の測量技術を考えると驚くべき精度だ。


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