“青年”が“哲人”に悩みや議論をふっかける対話形式でアドラー心理学のエッセンスが語られる『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)。しかし、その読者は、“青年”ではない30代、40代が中心なんだそうです。若者以外の世代は、何を求めてこの本を手に取るのでしょうか。そして、今の若者はこの先どんな社会をつくっていくのでしょうか。『嫌われる勇気』×『ヤンキー経済』コラボ対談、いよいよ最終回です。

前回の記事:第2回 ねじれた承認欲求が生み出す「嫌われたくなさ」

(構成:稲田豊史)

 

70年代から指摘されている日本人の空気読み

岸見一郎(以下、岸見) 『嫌われる勇気』は30代、40代を中心に読まれているそうです(※)。彼ら世代は板挟み状態と言いますか、上の年代と自分たちは違うという自負があるいっぽうで、自分たちより若い世代たちほど自由には生きられないとも感じています。

※対談の行われた2014年3月時点でのデータ

原田曜平(以下、原田) 当の“青年”である10代、20代の若い子は、あまり本を読まないですよね。ただし、人生に対する不自由さは絶対に抱えているので、本の意義がうまく伝われば、きっと若い子も手に取ると思いますよ。

岸見 僕のところに直接届くメールの感想やAmazonのカスタマーレビューなんかを拝見していると、年齢を問わず、自分が何について悩んでいたかを『嫌われる勇気』を読んではじめて気づく、という方が多いようです。

原田 やはり、日本人が普遍的に持ちたいと思っているのが、「嫌われる勇気」なのではないでしょうか。

岸見 会田雄次さんの『日本人の意識構造』が1972年に、山本七平さんの『「空気」の研究』が1977年に出版されています。前者は、気配りや思いやりを日本人の特質としてとらえ、後者は、〝空気〟が絶対的なものとして存在し、人を支配することの問題点を指摘しています。空気を読まないことは、昔から批判されているのです。 
言葉を発さなくても相手の気持ちがわかるなら、それはたしかに美徳でしょう。しかし実際、他人の気持ちはそうそう分かるものではない。しかも、「他の人が何を考えているか、黙っていたとしても察して分かるべきだ」という人は、「他の人も、私が何も言わなくても、私が何を考えているか察して分かるべきだ」と期待したり、強要するところが問題だと思います。

原田 1970年代にテーマになっていたことが、今あらためてソーシャルメディアの普及で顕在化しちゃっているんですね。それこそ、離れた場所にいても、Facebookの投稿から空気を読んで、適切な書き込みをしなきゃいけないわけですし、人間関係も昔に比べて何十、何百倍も広がりました。

岸見 ソーシャルメディアでの関係構築にしろなんにしろ、若者たち自身が「今のあり方とは違うあり方が存在する」ということを知らなければ、自己変革のしようがありません。
本当におもしろい投稿のときだけ「いいね」を押せばいいし、自分の投稿に「いいね」がつかなくても、実はまったく気にすることなんてない。そんなあたりまえの価値観が、この世の中には存在しうるんだということに気づかなければ、変わることはできません。

 

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