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2008.05.15

雨宮塔子の食事日記8

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記8

4月6日

 こんなに天候に恵まれたヴェネチアは、訪れること3度目にして初めてだった。イタリアの陽射しにはサングラスが必須なことぐらい、わかりきっていたはずなのに、夏に行っても秋に行ってもどんよりとした空しか拝ませてくれなかった過去の旅の印象から、ヴェネチアとサングラスを結び付けて考えることは、ついになかったのだ。
 彼が今年から入会したルレ・デセール(最高級パティスリー組合)は、年に2回、組合員が集まってお菓子の研究発表をする場を持つのだけれど、そのうち、毎年4月の会合には、奥さんの同伴というのが暗黙の了解だという。なにせ世界を股にかける組合だから、会場となる国も様々。季節のいい春には、家族ぐるみで組合員同士の親睦を深めつつ、さらには海外旅行という実質で奥さん孝行もしちゃいましょう、狙いはそんなところだと思う。
 「ヴェニスに行く? 子供を置いて俺たちだけで」
 彼から誘われた時は、パリにある“ヴェニス”という名のレストランかクラブか何かかと思った。それぐらい、仕事の虫の彼には似つかわしくないセリフだったのだ。
 蓋を開けたらなんてことはない、彼の出張への同行ということだったけれど、私は行ってみることにした。こんなことでもない限り、子供を預けてまで2泊の海外旅行に出るなんて、重い腰が上がらない。それに、2回行ったことがあるとはいえ、行き先がヴェネチアというのも大きかった。これが日本だったら子供を置いて行くには遠すぎるし、ヨーロッパ近郊でも、どこかほかの街だったらこんな無理はできなかったかもしれない。

 午後、空港へ着くと水上タクシーで運河沿いのホテルまで移動。お値段が片道20分、100ユーロとは数年前よりさらに上がった気がするが、彼にとってはヴェネチアは初めてなので、水上タクシーというゴージャスな世界を一度は味わっておくもの悪くないかも、と割り切る。


乗船前に料金を尋ね、5ユーロと聞き間違えた彼は、訂正された値段に「え”っ!?」という濁音が漏れてしまったけれど……。それにしても先日、ユーロスターで85ユーロという破格の料金でロンドンを往復してきた私にとって、水上タクシーの高額さは、改めてヴェネチアの物価のとんでもなさを印象づけたのだった。


 それでも、ホテルの窓から見た暮れなずむ湾岸の景色に、日頃の凝り固まった疲れがほどけていくのを感じる。たかだか2泊の海外旅行だけれど、時間が惜しいからと速攻でホテルを出て街へ繰り出すのは、ちょっと違うような気がする。時間を忘れて目の前に広がる景観と、心休まる空間に身も心も委ねる。そんなゆったりとした時間が愛しい。隣にいる人も気分次第のこうしたペースを好む人であったことに、今さらながら気づいた。
 夜はビュッフェディナーだった。ムッシュー・エルメ(ピエール・エルメ氏)も彼女を伴って出席。ジャン=ポール・エヴァン氏は訳あって欠席。日本からは寺井則彦さん(「エーグルドゥース」オーナーシェフ)がはるばる参加されていた。この夜は初対面の人たちとフランス語で話し続けるのが精一杯で、ビュッフェ料理を味わう余裕もなく、覚えているのは「これ絶対うまいから食べておいた方がいい」と彼に言われてよそってみたサフランのリゾットのみ。生サフランが贅沢にもふんだんに投入された、芳しい黄金色のリゾットだった。

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