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2008.06.01

雨宮塔子の食事日記9

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記9

4月19日

 50歳という年齢は、やはり大きな節目の歳なのだろうか。
 ここ、パリに暮らしていて、節目の歳というとすぐに思い当たる年齢は、18歳と20歳。
 公にお酒が飲める年齢ということで、前者は盛大なフェット(パーティ)をするのがならわしだ。前もってフェットの予告をする貼り紙をアパルトマンの壁に見つけたら、この日は腹をくくらねばならない。それこそ朝方まで続く、若気の至りとばかりのドンチャン騒ぎにも、温かい眼差しを向けなければならない。
 20歳の誕生日も同じ。音楽ガンガン、おたけび&奇声の連呼。まぁいいよ、公に大人の年齢を迎えたのだから。日本の成人式のような、地方自治体をあげての儀式のようなものこそないけれど(そういえば、昨年は日本のどこぞでの成人式の模様を、ある成人を迎えたひとりの日本人の女の子に密着して、フランスのニュース番組が興味深そうに伝えていたっけ)、お国柄は違っても晴れがましい年齢であることには変わりない。
 その後は特に大仰な誕生日はなく、日本と同じように、30、40といった10年ごとの節目に、なんとなくいつもよりは盛大なフェットをするといった感じらしい。それでも50歳というのは天命を知るからか、来し方、行く末に何か特別の感慨に襲われるのだろうか。フランス人の夫を待つ、ある日本人の友人は、「キミが50歳になったら、日本とパリの双方でボクが盛大なフェットをオーガナイズするよ」と宣言され、「放っておいてほしいのに」と複雑な女心を覗かせている。
 とにかく、その50歳の誕生日を、我等が「国虎屋」(パリで随一の讃岐うどん店)のオーナーシェフ、野本さんが祝うことになった。なにせ“フェット好き”の野本さん。以前、共通の友人の結婚パーティで会って、間もなく50歳を迎えると聞き、皆で「パッとお祝しなきゃ」と盛り上がった時も「じゃあ、“バー・ヘミングウェイ”(ホテル・リッツ内にあるバー)で」などと言って調子を合わせてくれたのだけれど、“ヘミングウェイ”を貸し切るより、ある意味もっと大変な策を自ら選ばれた。なんと、50名以上もの人を自宅に招くフェットを企画するというのだ。
 家業を継いでパリに出店し、「国虎屋」を他の追随を許さない、ここまでのうどん屋さんにした野本さんだけど、かつてはフレンチをやりたいという夢を抱き、パリのフランス料理店で修業をしていたこともあるという。そんな野本さんの元には、いずれはフレンチを目指すという、かつての野本青年のような男子が少なからず集まってくる。今夜のフェットは、フレンチレストランでのデビューをすでに飾ったそんな男子たちが、野本さんのためにパーティフードの腕を振るうという本格的なもの。
 その計画を知った、これまた我等がフェットチーフ、ノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)が黙っているわけがない。それならこっちは和食で応戦、と30代後半から40代前半の女たちからなる“Around40(アラフォー)”チームを結成させられてしまった。
 そんなわけで、昼すぎから野本家にいる。例によって日本での仕事に発った彼には、バースデーケーキ二種とマカロンで、遠い所から祝ってもらうことにし、私は労力の方で助けになれば、と。

 14時頃野本家に着くと、すでにフレンチチームは2階のキッチンで仕込みに入っている。手元にはフォアグラのテリーヌらしきものが……。上にはオレンジの果汁のジュレが敷きつめられ、聞けばこれに西京味噌を添えて出すという。ほ、本格的……。っていうか、うまそう。
「これ、あたし、お取り置きね、絶対」
 有無を言わさない感じで告げてから、四階にもうひとつあるキッチンへ上がる。

 4階のサロンは、ロフト物件の良さを最大限に生かした、天井のものすごく高い一室。格子状の一面のガラス窓から、白一色の室内に柔らかい光が回っている。このまま写真スタジオにも使えそう……。窓側の白いソファに寝転んで、何時間でも日向ぼっこしたい……。いかん、料理のアシスタントに来たんだった。
「さぁー、負けてらんないよー」

 ひとり、ライバル心を燃やすノリノリ。っていうか、向こうはプロだし……。それでもサロンに別れを告げ、サロン脇のキッチンに荷物を下ろす。ノリノリが自宅から持ち込んだ大ザルといったモノたち。自分の仕事(彼女は和食のケータリングの仕事をしている)に使っているデコ用の器を惜しみなく提供するのがノリノリという人だ。
 和食のメニューはすでに決めてある。プチトマトの玉ねぎドレッシングに大根サラダ、鶏の唐揚げ、コーンクリームコロッケ、春巻きという揚げもの三種。アボカドディップに山かけそば。シメはノリノリお得意、マグロの漬け寿司と牛のたたき寿司。

 春巻きの方は、野本夫人の真澄さんがすでに揚げるだけの状態に仕上げてくれていた。コーンクリームコロッケは、ネタをみどりちゃん(友人のひとり)が自宅で作ってくると言っていたし、そば用の青ネギや天かす、山芋は「国虎屋」さんのもの。出す直前におそばだけ茹でればいい。
 マグロを湯引きして漬け汁に漬け、鶏の下味をつけ、大根を短冊切りにしているところに、コロッケ持参のみどりちゃんと、はっちゃん(同じく友人のひとり)合流。今日は子供も参加してOKのフェットなので、子供も12人ほどいる。子供にお寿司をパクパクやられては切ないので、子供用には、焼鮭をほぐしたものとグリーンピースのちらしごはんを。なにせ、メインキッチンは2階で、4階は簡易キッチンなので、調理用具が足りない。そのつど、2階へ取りに下りる。パーティなので着てきたワンピースに合わせたブーティのヒールがきつい。それにしても、この家、広すぎる……。

 2階に下りる度、男子のメニューを物色。卵黄を塗りたくられているのは何?
「うずらの中にフォアグラを入れて、パイ包みにしたものです」
 やばっ。メニュー自体が我々とは別次元だって。
「うずら、50名には足りないんですけど、買い足していいんすかね」尋ねるアシスタントBクン。
「いいよ、買ってきてよ。野本さん、いくらでも(お金を)使っていいって言ってたから」答えるチーフのAくん。
 ……。スケールも違う。

 でも、こんな本格的フレンチなら、家庭的な和食も欲しくなるよね!? うん、うん。
 宵が近づくにつれ、キッチンも戦場と化す。揚げたてを出したいととっておいた揚げものの連投。朝シャンしてきたノリノリ、意味ないって。こもる油の香り、格闘する女、四人。あぢー。
 野本さんが仕込みチームにシャンパンをつぎに来てくれるも、冷たく繊細な泡のたつシャンパンがすぐにぬるくなっていく。まぁ飲む暇もないんだけどね。

 ようやく揚げものを出しきったと思ったら、サロンではあっという間に空になっているという。“アラフォー”チーム、負けてません。それにしても、フレンチチームは盛りつけも繊細。薄切りにしたナスを巻いて、上に乾燥トマトとタプナード(黒オリーブ、アンチョビ、ケッパー、にんにくなどを、それぞれみじん切りにして混ぜ合わせ、レモン汁、オリーブオイルも加えて混ぜ合わせたもの)が上品に盛られていたり、ホワイトアスパラの穂先だけをさらに二つに切り、スティックに刺した上に、生ハムが一口大に添えられていたり。繊細な盛り付けといえば、和食チームは漬け寿司。薄切りにしたマグロひとつひとつに、薄口しょう油をハケで塗り、その上にシブレットを散らしてます。さらにゆずこしょうやおろししょうがも、ちょこんちょこんと盛って完成。

 おそばを出すタイミングを見ようと、2階フレンチチームのキッチンを覗いた隙に、ちょうどオーブンから出てきたうずら&フォアグラをゲット。すごいっ。ここは星付きレストラン? 一番はじめに仕込んでいたフォアグラのテリーヌは、西京味噌のソースと赤ワインを煮詰めた王道のソースと、二通りの出し方をしていたけれど、私は断然、西京味噌派。

 湯気や油にまみれていると、不思議とお腹が空かない。それに加えてうずらのパイ包みを頬張ったお陰で、すっかり満腹に。お盆の上に待機する、100客近い器へのおそばの盛りつけにも力が入る。そばを一口ずつ盛って「国虎屋」さん特製のだしを注ぎ、細かい天かすとおろした山芋、青ねぎの小口切りを盛りつける。これもさっぱりして美味しそう……。あれ? はやくも食い意地、全快のきざし?
 思った通りの人気メニューとなり、飛ぶように出ていくわんこそば。まだ盛りつけ中だというのに、キッチンまで様子を見にくる人が続出する。
「裏は見られたくないのよ。きれいに出したいんだから。物欲しげにキッチンまで覗きにくる男、大っ嫌い」
 唸るノリノリ。ノリノリ節も、全開。
 宴もたけなわの頃、今夜の目玉、“レ・ロマネスク”のお二人、登場。「歌謡曲調のオリジナル曲にフランス語の歌詞をのせて、フランス人相手にコスプレシャンソンショーを行っている」というパリ在住の日本人男女デュオさんだけれど、今夜は日本人率90%の客層。何を歌い踊ってくれるのだろう。“シャトー・ド・ロマネスクに住む王子とメイド”というコスプレが期待感を煽る。(詳しくはles Romanesques(http://www.rmnsq.com/)を参照して下さい)
 シャンソンを歌っている頃は、最後のわんこそば出しでてんやわんやで、見ることはもちろん、歌声に耳を傾ける余裕もなかったけれど、ようやく一段落してキッチンから顔を出すと、そこは日本の70年代の歌謡曲の時代に遡っていた。金髪に巻き髪というヅラに王冠をかぶった王子と、かつて鶴瓶さんがしていたような、アフロヘアのヅラでキメたメイドさんが、山口百恵やピンク・レディーを歌い踊るという不思議な世界。懐かしい振り付けに狂喜乱舞する“アラフォー”。ここは本当にパリの真ん中なのだろうか?
 いったん、今日の主役、野本さんのご挨拶で締めたかと思われた宴も、まだまだ続いている。遊び疲れて、サロンの隅のソファで散り散りに寝ている子供たちを横目に、もうコスプレを脱いだロマネスクの王子の歌声に合わせて、皆が輪になって踊っているのだ。こ、濃すぎる。でもメチャクチャ楽しい。
 ふと、玄関先で出迎えてくれた真澄さんの様子を思い出した。どことなく疲れて見えたので、今夜のための下準備に大変だったのでは、と尋ねたら、ロマネスクさんとの打ち合わせを朝の3時までしていたと笑っていた。
 粋だな、と思う。自分の誕生日に祝ってもらおうとするのではなく、逆に近しい人を楽しませてあげたいと思うサービス精神は、パリという異国の地で長らくサービス業に就いてきた野本さんらしい考え方だ。今夜だって最後の挨拶もそこそこに、すぐに控え目に裏へ回ってしまった。
 誕生日には自分がご馳走する傾向があるフランスの風習も素敵だと思うけれど、50歳という成熟した大人の年回りに、野本さんのようにあくまでさりげなく裏へ回れるような人間に、私もなりたいと思う。 

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