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食わず嫌い女子のための読書案内

2014.03.28 公開 ツイート

警察の「リアル」を体験してみませんか? ささきかつお

『落英』
黒川博行╱幻冬舎刊 ¥1,890
大阪府警薬物対策課の桐尾と上坂は覚醒剤密売捜査の最中、容疑者宅で発射痕のある中国製のトカレフを発見した。それは、十六年前の和歌山・南紀銀行副頭取射殺事件で使用された拳銃だった。ふたりは専従捜査を命じられ、和歌山県警の満井と手を組む。しかし、満井は悪徳刑事で、桐尾と上坂は暴力団幹部に発見した拳銃と同じものを売りつけるよう、持ち掛けられる──。


昔も、今も、これからも、
警察の話は人気なのです

 警察を舞台にした小説、テレビドラマがずっと流行っています。いや、これはもうブームというより定番と言っていいでしょう。
 新聞のテレビ番組欄を見ると午後の再放送を含め警察ドラマがない日は皆無です。ゴールデンタイムの「警視庁24時」など、ドキュメンタリーも人気。毎日これらが放送されるから多くの方が見ることになり、定番になったのかなと。
 小説も然(しか)りです。書店の棚は警察小説花盛り。これも売れているからたくさん刊行されています。
 警察。
 それは私たちの生活を守ってくれる身近な存在です。実生活で警察を見ない日はないはず。駅前の交番や巡回するパトカー。警察はそばにあるのです。
 一方、それは非日常な存在でもあります。もし警察のお世話になるとしたら、犯罪の被害者(加害者?)など、特異な体験となることでしょう。
 警察の話は、身近にありながら、非日常の世界が展開されるエンタテインメントと言えます。ドラマなら石原裕次郎から水谷豊らの登場作品。小説なら松本清張はじめ錚々(そう そう)たる先生方の作品たち。
 そして今回ご紹介します黒川博行さんの『落英』。そんじょそこらの作品とは味わいの異なる、刺激的な警察小説なのです。

ミステリ&ハードボイルドが
つまった警察小説はいかが?

 と、ここまで書いて思いました。
(女子のみなさんってば、警察小説とは無縁なんじゃないかな)と。女子でも竹内結子や篠原涼子、長澤まさみの警察ものもありましたし、湾岸署の青島君だって老若男女を問わず有名だと思います。けれど警察小説の多くは男の世界ですから、かなり遠いところにあるかもなあと。しかも『落英』は男臭い三人の刑事たちが登場する物語なのです。
 あ、だからって食わず嫌いはいけません。というのも作者の黒川博行さん、一九八六年に、『キャッツアイころがった』で第4回サントリーミステリー大賞を受賞した方です。芸術大学を出られたこともあって、アートを絡ませたミステリが楽しいです。また、ヤクザが暗躍する悪ぅ~いお話もグイグイ読ませてくれます。怖そうな人と思いきや、『大阪ばかぼんど 夫婦萬歳』(幻冬舎文庫)などのエッセイでは、動物を愛し、よめさんに頭が上がらないお茶目な一面も見せてくれています。
 つまり黒川さん、ものすごく幅の広い書き手なんです。その方がガッツリと描いた『落英』は、ミステリ、ハードボイルド、ピカレスク……あらゆる要素を取り込んだ警察小説なのですから、面白くないわけがない。

クセのある登場人物
リアルな現場の描写

 さてさて、前置きが長くなりました。『落英』を紹介いたしましょう。
 大阪府警本部、刑事部薬物対策課──通称「薬対(やく たい)」は覚醒剤をはじめマリファナ、コカインなどの薬物を取り締まるセクション。そこに勤務する刑事、桐尾武司が主人公です。
 物語の冒頭は、彼が恋人と電話で話しているシーンからなのですが、彼女は風俗嬢、しかも過去に桐尾自身が検挙しています……いきなりすごい設定ですが、バツイチの桐尾は何のためらいもなく彼女と逢瀬を重ねています。
 序盤は相棒の上坂勤(映画オタクで食いしん坊、捜査中に痛風の発作を起こす……大丈夫?)と覚醒剤取引の捜査をしていました。売人の男をマークして密売ルートを突き止め、ヤクザ幹部の住居を家宅捜索すると拳銃を発見します。それは十六年前、和歌山の銀行副頭取射殺事件で使用された拳銃だったのです。ここから物語はうねるように大きく動き出します。
 本書『落英』をはじめ、黒川さんが書かれる警察ものは細やかな描写によって伝わってくる現場のリアルが魅力のひとつと言えます。
 たとえば桐尾、上坂の二人が張り込みをしているこんな場面。
「耳もとで羽音がした。首筋を叩(たた)いたが、蚊はいない。/「勤ちゃん、蚊とり線香が要るな」/「線香よりエアコンや。わしはもう茹(うだ)ってる」
 どうです。夏の日の蒸し暑い部屋の様子、男たちの息づかいが伝わってきませんか。
 加えて黒川作品の魅力にはテンポのいい関西弁の会話が挙げられます。右の刑事同士の会話ならまだお上品なレベルなのですが、家宅捜索されたヤクザさん、すごいです。
「じゃかましい。ぶち殺すぞ」
「ごちゃごちゃ、うるさいのう。勝手に探せや」
 怖いです。活字でよかったです。

「こんなのアリ?」の人物と展開
アリです。だって現実も……

 もう少し話を進めましょう。
 桐尾、上坂は覚醒剤密売の捜査から外され、特命による専従捜査で和歌山へ向かいます。発見した拳銃の真相を追うためです。
 彼らは和歌山で、満井雅博という定年間近の刑事と行動を共にしますが、この満井、くわせものでした。裏社会と繋がりを持ち、湯水の如(ごと)く金を使い桐尾たちを戸惑わせます。ついには犯人だと目星をつけていたヤクザの幹部に、独自に入手したトカレフを見せ、売りつけようとします。これに相手が応ずれば囮(おとり)捜査として事件の真相を突き止められますが、本当に売りつけて大金を手にすれば、それは現職の刑事がとるべき行動ではないわけで……。
 警察のドラマって、どんなものを想像しますか?
 事件が起こる→刑事は犯人を捕まえるべく捜査する→事件の真相がわかってくる→犯人逮捕(そこには被害者、加害者それぞれの人生があり、その話がストーリーに厚みを加える)といったものが定番と言えば定番なのでしょう。
『落英』の刑事たちは犯人を捕まえるべく捜査をしますが、途中から道を外していきます。「こんな警察小説ってアリなのですか?」と思ってしまうのですが、つい最近こんなニュースを見つけました。
「K県警の交番に勤務する巡査の男が、相談に訪れた女性に公園でわいせつな行為をしたとして逮捕」
 悲しいかな、これ現実のニュースなんですよね。しかも氷山の一角であるわけでして、実際、大阪府警で一年間に懲戒や訓戒の処分にした警察官や職員は百人弱くらいだそうです。警察官だって人間だもの、と言ってしまえばそれまでですが。
 つまり、こんなことが考えられるのです。
 警察は私たちの生活の身近にあるけれど、事件や事故といった非日常の存在でもある。しかし、警察自身は「日常の職務」であるがゆえに、もし彼らが犯罪に手を染めたりしたら、それは「非日常」になる……。勧善懲悪だけで終わらないリアルな警察の姿がこの作品にはあるのです。
 彼らはどうなってしまうのか。タイトルの『落英』とは、花びらがハラハラと散ることです。花びらとは? 散るとは? 気になるでしょう。だったら今すぐ書店に向かいましょう。

 

『GINGER L.』 2013 AUTUMN 12号より

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女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。

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ささきかつお 作家

1967年、東京都生まれ。
出版社勤務を経て、2005年頃よりフリー編集者、ライター、書評家として活動を始め、2016年より作家として活動。主な著作に『空き店舗(幽霊つき)あります』(幻冬舎文庫)、『Q部あるいはCUBEの始動』『Q部あるいはCUBEの展開』。近著に『心がフワッと軽くなる!2分間ストーリー』(以上、PHP研究所)。

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