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2008.07.01

雨宮塔子の食事日記11

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記11

5月29日

 ランチに女友だちと食べ歩く。仕事&子育てにいそしむ女の当然の権利ですよネ。
 ディナーに子供をベビーシッターさんに預け、夫のことは放っておいて女友だちと飲み明かす。これもままある。
 ままどころか、けっこうな頻度かもしれない。“不良妻”の会。ウチの場合、彼が不在の夜が多いので、子供はともかく、夫に気後れすることはほとんどないけれど、例えばノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)の家なんかはバシッとカレーうどんかなにかを食卓に出しておけば、娘のあやかちゃんと麺をズルズルさせている旦那様のキミさんから、
「どうぞ、ゆっくりしてきて下さい」
 なんて出がけの背中に声をかけてもらえるらしい。私よりひとつ年下のまほちゃんは、バイヤーという職業柄、仕事がらみの外食が多いし、旦那様のアルノーは穏やかで優しいので問題なし。夫婦で「tsu tsu」という洋服のブランドを立ち上げているひろみちゃんは、家庭でも仕事の面でも旦那様を支え続けているのだから、たまの息抜きには口なんか挟まれないはず。それでも、彼女はやっぱり旦那様の出張中に“会”の呼び掛けをすることが多い。
「ティー・ヤマイ」のよりちゃん家は、旦那様のたんちゃんがごはんも作れるので大丈夫。料理もこなせる菓子屋の彼に言わせると「洋服系の男はだいたいメシが作れない」そうだけれど、たんちゃんは例外のようで、よりちゃんの女友だちのために、たんちゃんが手料理でもてなしてあげたこともあるそうだ。
 こんな面々で今夜扉をたたいたのは「修(shu)」。最近できたばかりの串揚げ屋さんだ。このところパリの和食人気は高まる一方で、より本格的、専門的な和食が次々とオープンしている。串揚げ屋さんはパリではここだけ。オープンして間もない頃に行っているグルメなさとちゃん(177cm、108kgの彼の仕事のパートナー)から評判は聞いていたので、ずっと行ってみたかったお店だ。

 サンミッシェル界隈にあるそのお店の入り口がまた変わっている。パリは法律上、建物の外観を容易にいじれないので、何十年も改築されていない古い建物が多い。「修」のあるアパルトマンもご多分に漏れず古いのはわかるのだけれど、それにしても、あの双子の扉のようなものは何だろう? 以前はどんな店が入っていたのか、まったく思い出せないが、高さが1m50cmもないような扉からは、誰もが背をかがめて入ることしかできず、なんだか「不思議の国のアリス」になったような気分。でも、半地下に位置する「修」の店内の佇まいを見渡して、この扉を生かして正解だと思った。隠れ家的な雰囲気のこの店に、この小さな扉はぴったりマッチしていた。
 客席はテーブル席がいくつかと、小さなカウンター。カウンターを挟んでガラス窓越しに厨房が見える。出迎えて下さったのは、オーナーシェフの鵜飼修さん。おそば屋さんの「円(yen)」にいらした頃からの、爽やかだけど温かみのある笑顔が変わらない。
 手の甲が日焼けしている板さんが握るお鮨は食べたくないと言っていたのは誰だったろう。さらに、ふくよかな指の腹の持ち主がいいか、反対に節くれだった指の方がいいのか、意見が分かれたっけ。鵜飼さんの笑顔を見ていて思った。板前さんであれ、何であれ、和食に携わる人の白衣姿には饒舌な笑顔は似合わない。この鵜飼さんの笑顔のような、あくまでも控え目で、それでも目元の温かい笑顔に癒される。こういう人の手から紡ぎ出された料理は信じられる。
 メニューを見て気がついた。串揚げは夜だけで、お昼はお弁当なのだった。“松花堂弁当”も美味しそう。またお昼に来直さないといけないな。夜の串揚げのコースは3つ。アミューズに串揚げ15本とお茶漬け、デザートで締める38ユーロコースと、アミューズにお造り、箸休めを挟んで18本の串揚げに、お茶漬けか稲庭うどんの選択ができ、デザートもつく48ユーロのコース。最後の68ユーロのコースは、48ユーロのコースに今日の一皿が加わり、さらに串揚げも6本多い。
 全員一致で48ユーロのコースに決まると、白ワインで乾杯。シャンパンではないところが、逆にこの後の酒量の多さを物語るような気がするのは私だけ?

 お造りのまぐろとはまちのお刺身を食べ終わると、絶妙なタイミングで最初の3本の串揚げがサーブされる。「修」は“オープンしたばかりでまだサービスが間に合わないから”と、予約時に空席があっても「満席です」と断わられるという噂があるけれど、このタイミングの妙を見ているとそれも頷ける。
 鶏モモに椎茸にかぼちゃ……。
 お肉と野菜のバランスがいい。うっすら色づいたパン粉が細やかで、素材の繊細な味を引きたてている。
「私は鶏モモかな」
「えー、かぼちゃじゃない?」
 皆で好き勝手にその皿のナンバーワンを決めるのも楽しい。

 続いてフォアグラ、牛ヒレ、里芋。このところ、フォアグラを使った和食の創作料理にすっかり食べ慣れた感があるけれど、ここのも舌溶けがよくて美味しい。それに、この里芋のホクホク感!! かぼちゃといい、里芋といい、鵜飼さんの芋使い(?)には舌を巻くばかり。

 

 箸休めのソフトクラブともやしといんげんの揚げ浸しを口にふくみながら、手元のカメラで撮ったばかりの写真の写りを確認する。
 あれっ? 二皿しか写っていない。あと一皿、3本の串揚げはどうしたのだろう。ひょっとして、あまりに強い食い意地のせいで、カメラに収めるのも忘れてかぶりついてしまったのだろうか。クラブの脚に歯をあてながら、後半戦こそ抜かるまいと心に誓うのだった。

 後半戦、一皿目は鴨肉、子持ちめんたい、さつま芋。きたきた、さつま芋。楽しみー。これは最後に食べよう……。子持ちめんたい……。サービスの女性がそう説明してくれたけど、めんたいが子供を持ってどうする? すっと流してしまったけど、食いついて聞いてみればよかった。その“子持ちめんたい”とやらは、つぶつぶとした食感が美味な、忘れ難いものだった。鴨肉も上品なお味。串揚げってそもそもどんな種類があったっけ? 大阪で2回、東京で1回しか食べたことがないから、はっきりしたことは言えないけれど、フォアグラはもちろん、鴨肉も出てきた記憶がない。フランスの食材をも生かしているところや、それぞれに合うソースや薬味がひとつひとつ添えられているところがいい意味でパリっぽいと思う。

「鶏梅、長芋、にんにくの芽になります」
 梅肉ソースがかけられている今回の鶏は胸肉が使われているそう。長芋にはなめたけと刻みのりが盛られ、にんにくの芽は白身魚をそれで巻いたものだそうで、相変わらず手が込んでいる。いーよねー。にんにくの芽。日本にいた頃は慢性的に疲れ気味で、生にんにくには体が負けてしまうことが多かった。生にんにくに果敢に挑んでいくことは今でも少ないけれど、にんにくの丸焼きといったものに目覚めたのも、じつはパリに来てからだ。
 次は……? 妙に間が空いている。
「次のがこないねー」
「何言ってんの。今ので最後でしょ」
 確かににんにくの芽ってとどめっぽい……。あー、またやってしまった。この学習能力のなさが我ながら呪わしい。みんなもみんなだ。いつもは一緒に外食すると、「これ、撮っとかなくていいの?」なんて向こうから言ってくれるのに、今夜は串揚げマジックのワクワク感で、他人の写真どころではなかったのだ。って他人のせいにするなって。

 気をとり直してデザートに向かう。デザートは聞くところによると鵜飼さんの妹さんが担当されているそうだ。人参のシフォンケーキに胡麻のアイス、抹茶のケーキが可愛らしくワンプレートに盛られている。お菓子にも、男と女があると思う。パリのパティシエ界はまだまだ男性社会で、パティシエール(女性の菓子職人)の手がけたお菓子にはめったにありつけないのだけど、そのせいだろうか、久しぶりに日本に帰国し、女性の手がけたお菓子を口にすると、その違いにびっくりすることがある。男と女、というよりも、パリ菓子と日本の洋菓子との違いなのかもしれない。けっして美味しい、美味しくないとの違いではなくて、勝負を挑まれている味と、ホッと落ち着く味の違い、とでも言えばいいのだろうか、とにかくそのデザートは、コースを食べ終えた胃を、軽く優しく包み込んでくれるような味だった。
 ここで終えておけば良かった。
 この夜、偶然にもカウンターでまほちゃんの顔なじみの女性を見かけたのが縁で、その女性の勤めるバーへ寄ってみることにした。なんでも着物を着たママがいらっしゃるらしい。まほちゃんの見かけた女性は、お客さん(?)と「修」でごはんを共にした後、ご出勤と思われた。まだまだ知らなかったディープなパリ!! この後の話はまたいずれかの機会に……。
注)“子持ちめんたい”が気になって、後日確認したところ、“おもちめんたい”の聴き間違いだったことがわかりました。すいましえん。

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