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2008.07.15

雨宮塔子の食事日記12

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記12

6月13日

 女性誌「ミセス」の撮影で、今日から3日間、シャンパーニュ地方からブルゴーニュ地方を巡るロケに発つ。そうっす。シャンパンとブルゴーニュワイン好きな方からはセーヌ河に沈められかねないゴージャスな日程がびっしり待っているんです。
 よく、テレビや雑誌で食紀行的なものに携わると、「おいしい仕事に見えるけれど、食べるシーンの撮影や、料理のコメントってけっこうしんどいんでしょ?」と聞かれることが多いのだが、食い意地隊長の私の場合、やはり99.9%、楽しいだけだと答えなければならない。

 朝一で目指すは、エペルネの目抜き通りであるシャンパーニュ大通り。かの「モエ・エ・シャンドン」や二カ月前に取材したばかりの「ドゥ・ヴノージュ」といったお馴染みのメゾンが軒を連ねる有名な通りだ。今朝訪れるのは、「メゾン ベル エポック」。アール・ヌーヴォーの伝説的な旗手であるエミール・ガレのデザインによるアネモノをあしらったボトルで有名な「ペリエ ジュエ」というグランメゾンだ。
 メゾンの玄関へ到着すると、セラーマスターのエルヴェ・デシャンさんがにこやかに出迎えて下さった。ペリエ ジュエは、聞くところによると、その創設から2世紀余りの歴史において、わずか7人のセラーマスターによって伝統を受け継がれてきたそうだ。1993年以来セラーマスターを務めてきたエルヴェさんがその7人目にあたる方。ブランドの雄大なる歴史と伝統を背負う方なのだろうけれど、上品な佇まいの中に、まずは人なつっこい笑顔が彼の全体的な雰囲気を物語っているのが嬉しい。
 アール・ヌーヴォーの特徴的な曲線が美しいサロンへ案内されると、テーブルの上にはすでにカフェや紅茶のポットやヴィエノワズリー(クロワッサンやブリオッシュなどの発酵生地を使ったパン)が用意されていた。淹れて頂いたカフェを飲みながら、サロンを見渡す。それにしても華やか。おお、あのコンソールテーブルの脚にはとんぼがかたどられているではないか。透きガラスに彩色された絵や壁紙の上部、絨毯の柄まで優雅な曲線を描く花々がモチーフとなり、唐草模様がその隙間を埋めている。アール・ヌーヴォーのテーマは自然界をモチーフにしているんだったな……。

 それにしても、色の洪水。黄色、緑、黄緑、サーモンピンクにフューシャピンク。これだけの色がケンカをしないで調和しているのがすごい。個性的な飾り台の数々や、いま腰かけている椅子も、もちろんアール・ヌーヴォーの作品。オルセー美術館やポーラ美術館でもアール・ヌーヴォーの名品の数々を眺めてきたけれど、こうした美術作品を“使わせて”頂いたのは初めてだ。なにせ、階段を上がった客室の脇にある浴室の便座まで花柄で覆われていて、すべてがアール・ヌーヴォーで統一されているのだから。
 カマールとマルシアックの二人の専門家が、世界中のオークション会場を巡り、アール・ヌーヴォーの作品を蒐集した結果が、このような充実したプライベート・コレクションになったそうだが、詳しくはこれから発売予定の「ミセス」、12月号をご覧くださいませ。

 バラの咲き乱れる美しい庭園でアペリティフを頂いた後、メゾンに戻り、いよいよ昼食。テーブルセッティングがされた食卓の上には本日のメニューカードがちょこんと添えられている。どれどれ──。すごいっ。いま飲んでいるアペリティフは1999年もののベル エポックなのだけれど、この後のオマール海老の前菜には1998年のものを、メインのブレスの鶏には1996年のもの、最後のデザートに至るまでベル エポックのロゼの2002年ものを合わせてあり、ベル エポック尽くしのメニュー構成になっているのだ。デザートの前のフロマージュにだけ1996年の“Chateau Ducru Beaucaillou”をもってきているのは、フロマージュにシャンパンを合わせるのはやはり難しいからだそう。

 お皿の上から飛びださんばかりのオマールが登場。つけ合わせのホタテ貝の上にはキャビアの粒がこんもり。エルヴェさんを真似てオマールのみっしり詰まった身に、キャビアを載せて食べる。美味しゅうございます──。1999年のベル エポックが、和食でたとえるとお刺身にぶつけられるとしたら、1998年のそれは天ぷらだとエルヴェさんが語る。フグや天ぷらはもちろん、お寿司も築地場内まで経験のある和食通のエルヴェさんが言うのだから、説得力がある。
 続いて、湯気の立つブレスの鶏が丸々一羽、切り分けられる前に披露される。オララ──。黒トリュフが黒の水玉模様のように、皮から透けて見えている。メニューカードに“半喪服の鶏”とあったのは、このトリュフの黒とシャンパンの白(?)をもじったものだという。
 いったん厨房に戻っていったブレスちゃんが2分もしないうちにきれいに取り分けられてきた。うわーい。美味しそうな手羽とつけ根の部分。スタッフは6人いるのに、全員に手羽が回っているような気がするのだけれど……。他人の手元まで見すぎ!? でもひょっとして裏では2羽分、用意していたのではないだろうか。朝のお茶で紅茶かカフェのどちらを選ぶか、またアペリティフに振る舞われたカナッペのうち、サーモンとフォアグラのどちらをまず口にするかを、その人の好みを探るために観察していたというエルヴェさん率いるメゾンなのだから、どんなもてなしの裏技を使われるのかわからない。
 このクリーミーなブレスちゃんは身がとろとろで本当に美味しかった。ブイヨンの中で長時間煮込んであるので余分な脂が飛ぶのか、クラシックな調理法なのにいやな重さが一切なかった。手羽の先まで詰まった黒トリュフの風味も効いていて、噛みしめるほどに味わい深い。
 この鶏に合わせた1996年のベル エポックは、白い花やバニラ、ブリオッシュにグレープフルーツといった風味を内包した1998年のそれに、より酸味が加わった感じ。赤い果実味もあって、鶏のクリームソースともよく合っていた。あー、幸せ。こんな13日の金曜日ってあるのかしらん……。フロマージュの載ったワゴンからブリー、マンスール、ハーブの入ったもの、コンテなどを選び、切り分けてもらうのを見守りながらうっとりと思う。
 が……。幸福感の絶頂はここまでだった。ブリーをひと口、口に入れたとたん、自分が腹十分目だったことを知った。おかしい。急にきた。徐々にお腹が一杯になるのはわかるけれど、この突然の膨満感はなんだろう。すいません、フロマージュと赤ワインのマリアージュ、全然覚えていません。
 2002年のロゼの色のきれいなこと……。続いてケーキワゴンが運ばれたものの、礼儀としてひとつ選ぶのがやっと。サービスのお兄さんも、私の衣装のスカートのウエスト部分がゆるかったので、詰めるために留めておいたクリップが、膨張したお腹ではじけ飛ぶのを目撃してしまったせいか、無理には勧めてこない。
 ピノ・ノワールとシャルドネでできた2002年のロゼで、ケーキ(何を選んだか、これまた覚えてません……)を流し込むという暴挙に出るも、果実味溢れるロゼの繊細さを味わうまでには至らなかった。ごめんなさい、エルヴェさん。かの「エルブジ」で40品目ものお皿を制覇した私の名がすたる。絶品だったので完食してしまったけれど、やはりクリームソースというものに私の体は弱いらしい。
 また明日、出直してきます。

※本文中の“Chateau”の最初の“a”は正式には、正式には“a”のアクサンシルコンフレクスです。

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