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2008.09.15

雨宮塔子の食事日記15

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記15

8月17日

 なんとなく縁のある地というものがある。日本国内では金沢が私にとってそうであるかもしれない。特にプライベートでの旅行計画をたてたことは一度もないのだけれど、仕事での取材や撮影、あるいは彼の仕事の同伴といった形で、ここ数年の間で何度か訪れている。
「大人が忍ぶ街って感じ……」
 ひがし茶屋街を歩きながら変わらぬ印象を漏らすと、撮影スタッフのひとりが賛同してくれる。
「たしか『失楽園』も金沢が舞台じゃなかったっけ?」
 ……えっ!?(あれは京都では?)でもそういう私も、高橋治さんの『風の盆恋歌』のメインの舞台を金沢だと勘違いしていたので(本当は、富山市八尾町)、人のことは言えない。いずれにせよ、大人の恋をテーマにした小説の舞台だと思い込むほど金沢は色香漂う街ということだろう。
 今回の金沢の主な旅目的は、「21世紀美術館」にあるジェームズ・タレルの作品を鑑賞すること。去年、香川県の直島で出合って以来虜(とりこ)になっている彼の作品の、国内に点在する他のものを見てみたいという希望を、女性誌「マリソル」の編集の方が叶えて下さったのだ。
そういう意味では金沢の縁はけっして偶然ではない。縁というものは、寝ていては生じない。強く願って自分から一歩を進めない限り、生じるものも生じないというのが私の持論だ。
 雑誌の撮影スケジュールはテレビのそれと較べるとずっとゆったりしている。こうして空き時間にひがし茶屋街を訪れるゆとりも与えてくれるのだから。
「あの屋根の間にある土壁みたいのをね、“うだつ”と言って、“うだつがあがらない”の語源になっているんだよ」

 一階屋根と二階屋根の間に張り出すように設けられている防火壁を指差しながら、カメラマンのFさんが静かに語る。“うだつ”があるのは裕福な家の証拠なのだそうだ。「へぇ、知らなかった」どよめく一行。Fさんのような穏やかな方の口から出ると、何であれ知識をひけらかすようにはならない。東京で子供たちの面倒を見てくれているお母さん、ごめんなさい。金沢、楽しいです。仕事、忘れてます。
 ひがし茶屋街には暖簾が多い。きれいな淡色使いの麻の暖簾がかすかな風に揺れている様や、壁につるを這わせた朝顔にしばし見惚れる。視覚で涼感を訴えさせたら、日本に勝る国はないと思う。そして今、この美意識を肌で分かち合える仲間といられる幸せを思う。

 茶屋街の目抜き通りの中ほどにあるお店、「十月亭」にも、真っ白な暖簾が掛かっていた。よく磨かれた板の間や清潔な玄関回りが心地いい。
 掘り炬燵式のカウンターに着くと、さっそくランチメニューを注文する。遅めのランチのせいか、残っているものは竹かご弁当が2つにうな重3つだという。女子3人、男子2人のチームなので、とりあえず5つ全部をキープする。さて、内訳は!?

「雨宮さんと高柳さんで竹かご弁当、取って下さい。私はうな重でいいです。男性陣と」
「え、私うな重でいいよ。Kさん、竹かご弁当食べてよ」
「いいえ、いいえ、私、うな重がいいんです」
 編集のKさんが竹かご弁当を遠慮しているのか、あるいは本当にうな重を食べたいのか定かではなかったけれど、私は彼女の強い勧めに乗ることにした。“竹かご弁当”なる響きに、「わーー、可愛い」と連呼しといて、その実、食べたいのはうな重だなんて、口が裂けても言えない。

 お通しの胡麻豆腐をつるっと喉に通すと、蓋に青々とした葉を刺した竹かご弁当が、朱色の盆に乗ってうやうやしく差し出された。期待通りの可愛らしさ。これはオーバーめなリアクションをしないと、Kさんの好意を無にしてしまう。
「キャーー、盛り付けも素敵!」

 

 本心に間違いはなかったが、我ながら“キャーー”のあまりの似合わなさに引いてしまう。
 ゆかりじそののった御飯に、かぼちゃやさつま芋、たこや海老の茹でたのに、玉子焼きや焼き魚などが上品に盛られたヘルシーなお弁当。味付けも薄味でお上品。これぞ茶屋街。何かの間違いで誰かと忍べた暁には、こういったものを注文すべきだ。たぶん。うな重じゃないはず。でも気になる。だいぶ気になる。さっきから隣で山椒の香りを漂わせているこってりした焼き色のうな重が。

 腹七分目だったのは、もしかしたら気持ちの問題だったのかもしれない。この後、氷の文字がこれまた涼やかな暖簾に釣られて甘味処へ。この夏初物となる“宇治金時あずきのかき氷、白玉添え”を完食してしまった。

 

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