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2008.11.01

雨宮塔子の食事日記18

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記18

10月7日

「青木さん(彼)はいつ帰ってくるの?」
 先日、ノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)と電話で話していた時のことだ。先月の頭に一度、仕事で日本に行ったばかりなのに、下旬にもう一度出張することになり、そのまま行ったっきりの彼の帰国日を、彼女が聞いてきた。ちなみに彼の不在中は、母子で彼女の家で夕飯を共にすることが多く、私たち(親子)は“親戚”と呼ばれている。ノリノリの旦那さまのキミさんが仕事から帰ってくるのを、ノリノリの家の食卓から「お帰りなさーい」と迎えることも、週のうち多いと二晩くらいあったりする。
「そっちは何つくってんの?」
「豚の角煮」
「うちも豚肉のカレーで豚×豚だけど、それ持ってこっち来る?」
「いく、いく──」
 ノリノリからかかってくる夕飯時の電話は、たいていはこんな嬉しいお誘いだ。スープが冷めない距離とはまさにこのこと。今晩も愛妻とのしっとりとした食卓を妨害されるキミさんのことも、ちらっとは頭をよぎるけれど、ついつい二つ返事で乗ってしまう。
 その時も、てっきりそんな電話かと思った。
「たしか、10月7日って言ってたかな」
「じゃあ私の誕生日じゃん。ありがとー」
 彼女が何を期待したかは知らないが、彼女の誕生日だけはしっかりとインプットされたのだった。
 蓋を開けてみたら、彼が戻ってくるのは8日だったのだけれど、それじゃあ誕生日は“親戚”だけでしっぽりやりますか、という話になったのが昨日のこと。
 それが今日のお昼頃に入った留守電では様相が変わっていた。
「いま、MちゃんとAちゃんでランチをしてたんだけど、二人が気を遣ってくれて、「ピエール・エルメ」のケーキをオーダーして持ってきてくれちゃったんで、じゃあ、せっかくだから夜は家でプチ・フェット(こぢんまりしたパーティ)をしようかなと思って……」
 タイヘンだ。留守電を聞いてあわてて彼のお店へ電話する。実は午前中のうちにノリノリの好きなシュークリームのほか、いくつかケーキをキープしておいたのだ。エルメさん(注・わが家ではエルメ氏を呼び捨てにはけっしてしない暗黙のルールがある)のケーキはホールだろうから、ケーキが多すぎてはならない。シュークリームとエクレア以外は、キャンセルすることにした。
 夕刻。お店に寄ってシュークリームをピックアップしてからノリノリの家へ向かうと、キッチンでは彼女がすでに前菜を用意していた。相変わらずパワフルだ。ここまでのフェットをすることになったのは昼すぎに決まったはずなのに、すでに3品がお皿にきれいに盛りつけられている。先日、“BYZANCE”のお店で一緒に食べて以来、ノリノリがはまったという“saucisson”(ソーセージ。太くて主に火を通さずに食べる)のスライス。背骨に沿った部分だという、前々回のブログでもご紹介したイベリコハムのお店のものだ。

 ノリノリの家ではこうした美味しいソーシッソンやサラミを欠かしたことがない。子連れで彼女の家へ行き、夕ごはんができるまでの間、子供たちを子供部屋で勝手に遊ばせながら、私たちはアペリティフにサラミをつまむ。ビール片手におしゃべりしながらも彼女の料理を作る手は休むことがない。母子三人での食卓がほとんどの私にとって、こうした時間にもらっている癒しははかり知れない。 前菜の2品目は牛のたたき。“entrecote”(牛のリブロース)をかなり厚目の塊肉で買ってきたら、塩こしょうして、ローズマリーを載せ、オリーブオイルもたっぷり振りかけて、そのまま室温でなじませておく。その後、そのローズマリーごと強火で表面だけしっかり焼き色をつける。この時、フライパンに残った肉汁を捨てないことがポイント。油だけ捨てて、肉の旨味はとっておく。後で肉を薄くスライスした上に、これをソース代わりにかける。さらにスライスしたパルメザンチーズと、好みでにんにくチップを散らして、最後にルッコラをたっぷり載せて出来上がり。我が家の頻出度大の肉料理を、一度ノリノリにも出したら彼女も気に入ってくれ、定番料理のひとつに加えてくれている。
 さらにプチトマトが鉢にこんもり。テーブルに彩りをそえる。
 メインのスペアリブは私の大好きなノリノリの手料理のひとつ。スペアリブを漬け込むタレに、それぞれの家の味が出ると思う。彼女のそれはしょう油をベースに、酒、砂糖、にんにくのすりおろし、隠し味にお味噌が使われている。ソーシッソン、牛のたたきと、お肉が続くけれど、たたきは洋風、スペアリブは和風と味付けがまったく違うので、どんどん箸が進む。スペアリブの焼き色は濃い方が圧倒的に美味しい。この彼女のスペアリブぐらい、ところどころ焦げ目がついている方が、香ばしくて好みだ。 

 締めとなったパスタは、まりちゃん(本日のお客さまのひとり)のイタリア土産だというアンチョビを使ったパスタ。キャベツとアンチョビのスパゲッティは皆が作る定番パスタなだけに、腕の見せどころが難しいと思うのだけれど、これは塩気の塩梅が絶妙の、上質なアンチョビの素材感を生かした、究極のシンプルパスタだった。

 これらすべてのご馳走を平らげ、ふと主たちのすでにいなくなった子供たち用のテーブルを見ると、大鉢に残ったカルボナーラが……。これも一口味見させてもらう。パリでもパンチェッタ(豚肉の塩漬けハム)のいいのがゴロゴロ手に入るけれど、これはイタリア産の特別なパンチェッタだそうだ。これがノリノリの手にかかるのだから、おいしくないわけがない。新鮮な卵にパンチェッタという優しい味わいのスパゲッティを黒粒こしょうで引き締めた彼女のパスタは大人の味。子供たちだけのものにしておくのはもったいないので、これも大人のテーブルに回るのだった。子供の頃から「大人の味」に慣れさせたいと思うのは、私たちの共通の思いでもある。

 食べ終わった後、再び子供部屋で遊んでいた子供たちを呼び戻して、デザートタイム。42という数字のろうそくが灯るエルメさんのバースデーケーキは、ヴィヴィッドな黄色に花びらの紫色が効いた目もあやなケーキだった。パッションフルーツにライチ、栗、それになんと抹茶が入っているという。フランス人の和素材の扱い方は斬新だ。一見ミスマッチにも思えたのだけれど、それが感嘆へと変わるのが、やはりエルメさんがエルメさんたる理由なのだと思う。


 ふう、お腹いっぱい……。向かいに座るノリノリはすでに彼のシュークリームも食べ終わろうとしている。本来甘い物はそう得意でないはずの彼女。最近はそれでもこちらが驚くほど食べるようになったけれど、これだけ食べた後だ。少し無理をさせてしまっているかもしれない。私の視線に気づいたのか、ノリノリはシュークリームを頬張ったまま、にっこり微笑むのだった。
 誕生日にはむしろ本人が近しい人をもてなす。フランスでは少なくないことだけれど、事前に招待するとプレゼントや花を用意させたりと気を遣わせてしまう。今夜のような流れに至ったのは、そうしたことをできるだけ避けようとした彼女の試みだったように思う。
 ほとんど午前様……。半分眠りかけた子供たちを抱えて家に戻り、ベッドに寝かしつけていると、携帯メールが入った。そこには、フェットの後の後片付けも先送りにして打ったとおぼしき文字が、ディスプレイに踊っていた。
“kyowa arigato. tanoshikatsuta~! Kansya…”

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