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2008.12.01

雨宮塔子の食事日記20

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記20

11月3日

“ジト”ってごぞんじでしょうか? フランス語で“gite”と書く、宿泊所のことです。
“hotel”(ホテル)、“auberge”(田舎風小ホテル)、“chambres d’hotes”(ペンションのようなもの)と、宿泊所を示す言葉はフランス語にも様々あるけれど、この“gite”という単語は、私自身、今回の“La Toussaint”(万聖節)のヴァカンスではじめて知ったのだった。
 2ヵ月に一度は10日前後のヴァカンスが巡ってくるフランス。ヴァカンスに生きていると言っても過言ではないパリジャンたちも、モロッコだ、モルジブだなどとそう毎回豪勢に飛ばすわけにもいかない。田舎にいるおばあちゃん、おじいちゃんの家へ行ったり、友人たちの持っている別荘を訪れたりと、そこは堅実なヴァカンスの過ごし方も心得ている。
 しかも時は“Toussaint”の秋休み。誰もが出費を余儀なくされる夏休みが終わってからそう経っていないのに、またぞろ派手にいく気力も先立つものも持ち合わせていないのが大半のところ。だからせいぜい田舎の身内のところに身を寄せるのが関の山なのだ。
 じゃあ、親兄弟がフランスにいない、私たち、在仏日本人はどうすればいいのだろう? シングルやカップルの人たちは、それでもパリに残ってスタイリッシュに過ごすという手段もあるけれど、毎日のように子供に「どっかへ連れてって」とねだられる、幼い子持ちの私たちのような人間は?
 そこで、今回の“ジト企画”が持ち上がった。
 メンバーは週に1回子供を通わせている日本語学校の友人たち。皆、休みにどこかへ連れていってもらいたがっている子供を抱えているママンたちだ。それぞれ夫は忙しいので、母親7人とその子供たち11人の合わせて18名で宿を借り切ろうということになった。子供たちにとっては1週間の集団生活という、忘れがたい思い出になるだろう。
 パリでコーディネーターの仕事をしているはっちゃん(友人のひとり。以下、登場人物はすべて今回のジトへ赴いたパリの友人たち)が、ネットで適当な物件を探し当ててくれた。
 おそらく滞在中は毎食自炊になるので、鉄板焼きのプレートだの鍋だの炊飯器だのと、かなりの家電類を持っていかねばならない。現地での足も必要だということで、ノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)とよりちゃんと私がマイカーを出し、そこに乗れるだけ乗せたら、あとのメンバーは皆で車を1台レンタルすることになった。必然的にパリから2、3時間圏内のジトに絞られた。その圏内で総勢18名もの人数の寝具を備えたジトは、そう多くはなかったのだ。

 よりちゃんとみどりちゃんは犬を飼っている。そのジトは20台のベッドと大テーブルが備わっていて、犬がOKのマークも付いていた。ネットの写真で見たジトは、宿というより、広大な庭園に佇む小さなお城にも見えなくはなくて、皆の期待はふくらんだ。宿代も皆で割れば1週間で一人当たり90ユーロで済む計算だ。たとえば我が家の場合、大人一人、子供二人で270ユーロ。母子三人が1週間のヴァカンスを田舎の“古城”で過ごして4万円ですむのなら、かなりのお買い得なのでは!?
“古城”が立地するのはシャンパーニュ地方。ジトの周りの森をお散歩したり、カーブを巡ったりして過ごして、シャンパンも買って帰れるね!! Toussaint休みが近づき、皆の話題がジト企画一色になった頃、軽いもめ事が起こった。ジトの持ち主のマダムから、犬は連れて来てくれるなという、いまさらのメールが届いたのだ。
 ジトの立地する敷地内に自宅を構えているそのマダムにも犬が2匹いるのだけれど、そのうちのボクサー犬の方が、他のオス犬を見ると敵対心を持つというのだ。
(だったら犬オッケーマークを出すなよ)
 と、こちらもキャンセルも辞さない考えを示すと、宿泊30日前を切ったキャンセルは、予定宿泊料の100%をいただくという強硬姿勢が返ってくる。なんでもジト協会の決め事でもそう定められているのだそうだ。100%……。納得がいかなかったけれど、その後、先方からも、メス犬ならいいし、お互いの犬を鎖でつなげておくなり、家に閉じ込めるようにして、敷地内の中庭などでハチ合わせしないようにしようとの妥協案もあったりで、予定通り出かけることになった。みどりちゃんのゴールデンリトリバー、“ゆめちゃん”はメス犬だけれど、よりちゃん家のフレンチブルドッグ、“さんちゃん”はオス犬なので、可哀想に、今回はよりちゃんの旦那さまのたんちゃんと共に、家でお留守番の憂き目に遭ってしまった。フランスという国は理不尽なことがしばしば起こる。おかげでかつては気の長い方だったはずの私は、すっかりケンカっぱやくなってしまいましたよ。オララー。
 到着日は日曜日で、現地のスーパーなども閉まっているので、マイカー組のノリノリと私は事前に買い出しもしておいた。車のトランクにストックしておける物はストックして、要冷蔵ものはお互いの家の冷蔵庫にギュウギュウに詰め込んだ。皆からあらかじめ預かっておいた経費で買ったこうした食料品を、車に積み込み忘れてはならない──。出発前からのこの強すぎる呪縛が、後にとんでもないミスをしでかすことになるなど、あの時の私は思いおよぶはずもなかった。
 当日は心持ち緊張して目が覚める。荷物はあらかた用意してあるとはいえ、パッキングがまだだった。室内履き用のムートンブーツ、ぬかるみ対策用の長靴etc……。同乗するますみさんの家の荷物もあるから、荷はできるだけコンパクトにしなければならないのに、かさばるものも多かった。そうそう、バスタオル類も入れなきゃ……。

 冷蔵庫の食料品はギリギリに詰めないと。一つだけ冷凍庫にしまった“IKEA”のミートボール、忘れちゃいそうだな。5日前にノリノリと“IKEA”に行った際、「これ、子供たちのお昼に便利じゃない?」と彼女が投げ寄こしたのだ。幸か不幸か、我が家には冷凍庫が付いている冷蔵庫の他に、個別の冷凍庫があってしまったりする。
(ミートボール、ミートボール……)
 車で聴くCDを家の中にあるものの中から選び出しながらも、ほぼ最後の荷物を運び出す時もブツブツつぶやいている私を子供たちは怪訝そうな顔で見ていたけれど、どうやらミートボールを含めた食料品は積め込み忘れずにすんだ。
 ノリノリの運転する四駆に続いて高速をごきげんで走っている時、“気づき”はやってきた。間もなく料金所。助手席に座るますみさんの長女、うららに、私の財布を持っててもらおうと思った。
「うらら、そこのバッグ開けて、財布を持ってて」
「はい。……。塔子ちゃん、ないみたい」
 なぬ!? その瞬間、確信に近い絶望が襲ってくるのを感じた。財布をバッグに入れた記憶がまったくなかった。携帯とデジカメとCDを入れて、そして……。
 もう引き返すには遅かった。快調に飛ばし、トイレ休憩も挟むことなく間もなく高速を降りようとしているのだった。
「うらら、私の携帯からノリノリにかけて、料金所の手前の路肩で待ってるように伝えて」
 前を走る車から親指を下げるブーイングのサインが見える。ホント、その通りっす。
「あり得な──い」
「もう、“サザエさん”じゃないんだから」
 現地に着き、友人たちからも打たれ続ける私。友人たちの中では私が一番年下ということもあったけれど、この事件でジト滞在中の私の立場は確定的なものになった。すなわち、“舎弟”だ。
 出迎えた赤毛のマダムは気の強そうな人だった。ジトの管理のかたわら歌手をしているとのことだったけれど、夕刻なのに寝巻きにガウンを羽織り、寝ぐせの残る髪には、華やかなものは窺えなかった。スティーブン・キングの小説『ミザリー』に出てくる、作家を自宅に監禁してしまう女がなぜだか浮かんだ。ものすごい激しさと陰な空気を同時に纏っているように感じるのは、犬の件が響いているからかもしれなかった。

 それにしても、あのベビーカーはなんだろう。翌朝、中庭を散歩していると、足の高いベビーカーが投げ捨てられているのに気がついた。高価なアンティークのベビーカーに見えるが、細い木々の真ん中に放置されたまま、使われている形跡が見えない。ジト滞在中、天気に恵まれなかったせいもあって、霧の中に置きざりにされたベビーカーの光景は、忘れがたく不気味なのだった。
 マダムは離婚しているのか、マダムの子供たちの姿は見かけても、夫の姿は見たことがなかった。ただ数日後から同じく子供を連れた若い男性の姿が頻繁に目撃された。その子供たちと中庭で一緒に遊ぶうちに親しくなった私たちの子供情報によると、その若い男性は「ママンの愛人」らしかった。間もなくマダムと若い男性の連れ子たちは「本当の家族」になるのだそうだ。
「やめとけ──。だまされてる」

 窓ごしに見える若い男性に向かって、日本語でついつい叫んでしまう。そう、気の優しいゴールデンの“ゆめちゃん”が一瞬トイレに外へ出た際に、マダムのボクサー犬が耳にかみつき、その耳に穴を開けたのに、マダムは詫びるどころか「大したことない」と言い放ったのだ。それ以降、彼女には煮えたぎる思いを抱いていた。
 あれはジトでの宿泊も最後の一晩を残すだけとなった夜のことだ。子供たちはとうにベッドに入り、大人チームだけで暖炉を囲み、ワインを飲んでいたのだけれど、誰かのあくびをきっかけにもうそろそろ休もうということになった。
「大変っ!! 水が出ないっ」
 ワイングラスを流しで洗おうとしたら、水が一滴もでてこない。慌ててそこらじゅうの蛇口をひねる私たち。トイレのタンクは!?
「タンクに1回分は流せる量が残ってるみたい」
 時計は3時を回っていたが、私は構わずマダムの家の電話を鳴らした。でない。何度かけてもそれはすぐにファックスに切り替ってしまうのだった。
「野ピピ(おしっこ)行ってきますっ」
 恥ずかしさより、恐さが先立った。なんてったって周囲は陰気な森。でも、メンバーの中でも女度の高めの数人には闇夜でおしりを晒させちゃあなるめえ。
 翌朝まっ先に目が覚めた。起きざま洗面所に直行し、祈りに似た思いを込めて蛇口をひねる。……出ない。マダムに電話をかける。朝は弱いと言っていたけど構うものか。……出ない。この人が電話に出たのは、結局10時を過ぎてからだった。
 マダムの意地悪かとも思ったけれど、彼女もこの断水のニュースにはさすがに驚いたらしく、自分の家のトイレを使っていいと言ってくれた。こんな至近距離に建っているのに、マダムの家の水源は私たちのジトのとは違うらしく、彼女の家は無事だったのだ。トイレを借りに行ったノリノリの話では、新品の介護用ベッドのようなものが置かれているのを覗き見てしまったという。ひょっとして、マダムはまだ夫とは離婚していないのではないか? 愛人との近い将来の結婚を目論む彼女は、夫に毒でも盛って、弱らせているのではないか? 私たちの想像は、アンリ=ジョルジュ・クルーゾの映画みたいに限りなくふくらんでいくのだった。
 そうそう、この原稿はサスペンスドラマではなく、食ブログなんでした。気を取りなおして、滞在中、友人たちの様々なレシピを拝見する中で、真似たいと思ったもののレシピを挙げておきます。

 

するめサラダ
パリでは中華街で手に入るタイ産のするめでエスニックなサラダを。お酒のつまみに最高です。

材料:するめ、エシャロット(手に入れば紫色のを)、アーモンドスライス、だし醤油、ナンプラー、ライム、唐辛子オイル各適量

作り方:軽くあぶったするめをさいておく。エシャロットは薄くスライス。これらを調味料であえ、最後にアーモンドスライスを散らす。

 

 

 


オニオンタルト
以前ヒロミちゃんの家でご馳走になったのが忘れられなく、今回も是非作ってとリクエストしたもの。アペリティフ用の“sale”に。

材料:玉ねぎ3~5個(好みによって)、アンチョビのみじん切り適量、パイシート1枚、オレガノ(生でも乾燥でも可)

作り方:薄くスライスした玉ねぎをオリーブオイルできつね色になるまで炒める。それをアンチョビのみじん切りと和える。タルト型にパイシートを敷き、玉ねぎとアンチョビを注ぎ入れ、オレガノを散らして、180度のオーブンで20分ほど焼く。

 

ナスのピュレのパスタ
ヒロミちゃんの旦那さま、ツトムさんの十八番。女7人の中で男ひとり、三日間だけとはいえ、勇気ある(?)参加をしてくれました。

材料:ナス、にんにく、コンソメブイヨン、スパゲッティ、揚げ油各適量

作り方:ナスは皮の部分と実の部分を分けておく。実はみじん切り、皮は千切りにする。皮は油で揚げておく。オリーブオイルに浸したにんにくを入れ、香りが移ったらみじん切りにしたナスを投入、ブイヨンも注ぎ入れて弱火から中火でドロドロになるまで煮込む。そこに固めに茹でたパスタを加える。揚げておいた皮の千切りを盛りつけて完成。

 

セラノとクミンチーズのラクレット
ラクレットといえばラクレット用のチーズを用いるのが通常ですが、今回はジャンボン・セラノ(イタリアを代表する生ハム)とクミンチーズとの相性の良さに開眼しました。溶かしたクミンチーズをセラノにかけて食べるだけ!!


※“gite”の“i”はiのアクサンシルコンフレクス、“hotel”の“o”はoのアクサンシルコンフレクス、“sale”の“e”はeのアクサンテギュです。

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