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2014.03.18

第1回

まずい料理を出す店

松本キック

まずい料理を出す店

 まずい料理を出す店がある。食品偽装は一切していないのに、味に偽りがある店。個人の好みなんてお構いないし、万人に等しくまずさを提供する。
「そういえばあそこの○○料理店も……」
 まさに苦汁を舐めさせられた人も少なくないだろう。かく言うボクも、先日、まずい料理店に入ってしまった一人なのだ。

 新宿、JRの東口を出て少し、午後。
 絶えることのない足音が、雑然とした細い路地に吸い込まれてゆく。人を誘うことに長けたこの街は、まだ昼間だというのに、食に色に金にと、様々な仕掛けを施してくる。看板、音声、臭い。さあどうぞ、心ゆくまで欲を満たしましょうよ。
 足音の一部となったボクは、食欲を満たす店を探していた。ほどなくして、古臭い飲食店がつらなる路地が現れる。何軒かは素通りしたが、ふとある店の前でボクは立ち止まった。
 薄汚れた雑居ビルの1階。沖縄料理と書かれた派手な看板。入口の装飾もけばけばしく、気を引こうと頑張ってはいるが、必死になればなるほど品の無さだけが強調されてしまう。外装から判断するなら、とてもじゃないが美味しい店には思えない。
 店のチョイスに失敗する要素は揃っていた。普段のボクなら入らなかっただろう。だけど沖縄料理は好きだし、お腹も空いていた。それにボクは時間をあまり持っていなかった。この後、取材2本にラジオ収録、最後はイベントの打ち合わせと、たまたまスケジュールが立て込んでいた。
 ここでいいか。他の店を探す時間を省こうと、ボクは軽い気持ちで敷居をまたいだ。と、いきなり油まじりの温風が頬を撫でまわしてきた。ギトギトした油の微粒子が鼻の奥深くまで侵入してくる。鼻はムズムズ、胸はムカムカ、ムッシュはムラムラ。店を出ようかと迷ったが、一瞬判断が遅かった。ボクを見つけた店員が、すかさず声をかけてきた。
 「いらっしゃいませ。こちらどうぞ」
 狭く細長い店内には、カウンター席が7つに、4人掛けのテーブルが4つ、それに2人掛けのテーブルが3つ設けられていた。
 ボクが案内されたのは、店のちょうど真ん中辺りにある2人掛けのテーブル。店員はニヤニヤと席を指し示すと、水とおしぼりを無造作に置いた。仕方がない。席に着くか。
 客はボク以外に3人。みんな中年の男性で、紺色や灰色という地味な色の衣服をまとっていた。黙々と箸を動かし、無表情で料理をほおばる3人。表立った感情は見い出せなかったが、なぜか蛍光灯のワット数が落ちたかのように、そこだけが暗く感じられた。
 店の中は全てが油っぽかった。床、テーブル、椅子、醤油差し。壁に至っては、全面、茶色だか黄色に変色し、付着したほこりが産毛のように逆立っていた。店員の顔もどことなく脂ぎっている。お腹にもタプンと脂が乗っている。この空間は、一体どこまで『あぶら』でコンプリートすれば気が済むんだ。注文しようとメニューを手に取ると、例に漏れず油でネバネバしていた。ここまでくれば見事としか言いようがない。
 恐らく出てくる料理はまずいだろう。確実にまずい。ただ、前もって想像できるだけで予防線は張れる。今、必要としているのは味ではなく栄養だ。ボクは、エネルギーをチャージする為と己を諭しメニューをめくった。

「おっ、やっ」
 驚いた。なんと、料理の写真がどれもこれもうまそうなのだ。ソーキそばのお肉は見るからに厚みがあり、かつ柔らかそうで食欲をそそる。ラフテーは茶色い宝石のように輝いて見える。もしかするとこの店は、汚いけどうまい隠れた名店なのかもしれない。店が汚く見えるのも、すべて『歴史』と言えば説明がつく。
 期待したいという気持ちが芽生えてきたが、いやいや待て。期待ほど怖いものはない。期待があるから失望もあり、望みを高めてしまうから、手に入らなかった時のショックが大きくなってしまう。目の前の事象を粛々と全うしよう。ボクは心を常に戻し注文をした。
「すいません、ゴーヤチャンプルの定食を」
「ありがとうございます」
 伝票に注文の品を書き込み奥の厨房へと下がる店員。うまいのかまずいのか、後は待つのみだ。

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