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2009.04.01

雨宮塔子の食事日記23

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記23

2月26日

 「パリごはん」といっておきながら、いきなり日本におります。
 バレンタインデーを過ぎると、パリでは2週間ほどの冬休みに入るのだけれど、この9月から娘も小学校に上がるので、ヴァカンス期間を延長して日本に帰国することも、今までのように容易にはできなくなるかな、と思い切って子連れで帰国した次第。
 それにしても、セキュリティの整ったマンションだなぁ。数年ぶりに会う進藤晶子ちゃんの住むマンションのロビーに立って思う。パリだって、玄関のコード番号は通常備わっているけれど、基本的に無人だ。日本のように玄関を入ってくる人々をいちいちチェックしてくれるような人はいない。それなのに、管理費を含めて値上がりを続けていく家賃はどうしたことだろう……。二人の子供の手を引いて、エレベーターに乗り込み、ぼんやりとそんなことを考えていたら、開いたエレベーターのドアの向こうに、進藤晶子ちゃんがにこにこしながら立っていた。腕にはまだ2歳だという愛娘の環子(わこ)ちゃんを抱いて。
 まちゃこがパリにいる私を訪ねてくれたことは何度かある。ちょうど娘の紗綾が今の環子ちゃんぐらいの年齢の時にパリに遊びに来てくれたこともあったっけ。そんな訳で、まちゃこにとっては、私が子供といる風景はすでに馴染みのものであろうけれど、まちゃこの妊婦姿すら見ていない私にとってみたら、もうその絵に釘付けになってしまうのだった。
 ああ、まちゃこが、あのまちゃこが母親になっている!!
 子供と過ごしている光景が絵に浮かぶ人と浮かび辛い人がいると思うのだけれど、まちゃこはそれでも圧倒的に後者だ。その女性が本来持っている母性のようなものが影響するのだろうか。
 目にも美しい「塩野」の和菓子を食卓に置き、さっそくお茶を淹れてくれたまちゃこだけれど、はしゃぐ子供たちを追いながら、溜まりすぎた話をするのが精一杯で、なかなかお菓子を口に運ぶ機会がない。
 今日はこの後、渡辺真理さんも合流することになっている。真理さんは夜は他の予定が入っているので、早目の夕ご飯を一緒にしようという話になっていた。
「お寿司、とっちゃいます? 握りとちらし、どっちがいいですか?」
「大人は握りがいいよねー。あ、でも真理さんはワサビ抜きだよ。あの人はお子ちゃまだからね。コーヒーもミルクたっぷりじゃなきゃ飲めないし」
「そうでしたっけ!? 聞いといてよかった」
 こんな話の電話で盛り上がったのが先日。「子連れで外で食べるより楽だから」と、自宅へ招待してくれたまちゃこだけれど、今日は恵比寿にあるお寿司屋さんまでお寿司を取りに行ったり(そのお店は出前はしてくれないそう)、きっと和菓子も赤坂の「塩野」さんまで買いに行ったりと、バタバタさせてしまったに違いない。子供を抱えると、今までは軽々とやれていたことが、そうでなくなる。会社員の頃は、思い立ってお互いのスケジュールを合わせ、気ままに外食の約束を入れていた。あの頃の気楽さはもう味わえないけれど、その代わり、会うための時間を捻出しようとすることで、その想いが推し量れるようになった。たとえ自宅に招くのでなくても、子供の面倒を見る人を頼んだり、ごはんを作り置いたりと、会うまでの手間が一人身とはまったく違ってくる。当たり前のことだけれど、舞台を子供を託す環境がより容易でない東京に移すと、よく見えてくる。
 真理さん到着。相変わらず、山のようなお土産を抱えている。
「塔子ちゃんに洋菓子は、と思ったけど、『しろたえ』は懐かしいかな、と思って」
 赤坂の一ツ木通りにある「しろたえ」……。ここで社を抜け出して、三人でお茶をしたこともあったっけ……。もう十年以上前のことだ。「塩野」といい、「しろたえ」といい、その店が、その店の品々が三人を改めて繋いでくれるものの大きさを思う。そうした品々をあえて選んでくれる二人の想いも。そういえば、渡仏を決めた10年前、成田空港まで最後に見送ってくれた人は、この二人だった。
「じゃーん、お寿司でーす。さやちゃんとまーくんには、ちらしを用意してまーす」

 まちゃこがお重の蓋を取って、見せてくれる。子供にはぜいたくな、ホタテやイクラ、マグロなどがふんだんに盛り付けられたちらしだった。
「あ、塔子ちゃん、私、ワサビは大丈夫になったのよ」
 悪いっ、まちゃこ……。でも、真理さんが刺激物に強くなったのは何よりだよね!?

 まずはしらこをつまみながら、乾杯。さすが、社員時代、食の好みが一番似ていただけに、セレクトが完璧です。だんなさまの深堀さんは遠征が多く、なかなか一緒に飲めなくて寂しいということだけれど、これからは私が帰国するたび、飲みに来るけんねー。
 夕暮れが濃くなる頃、真理さんのだんなさま、一郎さん登場。まちゃこは真理さんの結婚式で一度会っているそうだが、なにせ私は初対面。我らが真理さんが選んだ人とは、一体どんな男性なんでしょ?

 そんな観察心が消え失せてしまうほど、一郎さんは囲いのない方だった。こんな私にも心開いて、真理さんのことなど、色々と語ってくださるのだった。お陰で、私はウニやイクラの握りに、心おきなく箸を伸ばすことができた。
 次の約束に向かう真理さんと一郎さんを玄関まで見送った。廊下を進んでエレベーターの方へ向かうお二人の背中を眺めているうちに、堪まらなくなって一郎さんの背中に声を掛けた。
「真理さんをお願いします」
 我らが真理さんをお願いします。仕事もプライベートも、本当に親身になって想ってくれた人なんです。
「身体が続く限り、頑張りまーす」
 ニカッと笑って振り返った瞳の奥は、これ以上ないほど澄んでいた。

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