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2012.05.01

その76

色がうまく塗れるようになる

望月 昭/細川 貂々

色がうまく塗れるようになる

 近畿地方の桜は、あれよあれよと咲いて、あっという間に散ってしまった。
 桜が散ると、山がどんどん緑に覆われていく。昆虫がさかんに飛び、野鳥は鳴き、一気に活気のある季節になっていく。
 そんな中で、息子もまた幼稚園の年中クラスが始まり、自分なりのペースで成長を続けている。前回は「文字が幾つか読めるようになる」という話題を綴ったが、その後お気に入りの文字の数はあまり増えていない。
 代わりに、ここのところの目覚ましい進歩としては、自分が描いた電車の絵に、そこそこ的確な色が塗れるようになったことが挙げられる。「みどうすじせん」が「あか」、「とうきょうメトロとうざいせん」が「あお」、そして最近のお気に入り「ぎんざせん1000けい」が「きいろ」である。「ぎんざせん1000けい」はちゃんとオレンジ色の線も引いてある。
「ぎんざせん、いっせんけい、のりたいよー」
 と要求しているが、まだ今年デビューした新しい銀座線の車両に乗ったことはない。相棒が首都圏で打ち合わせのときに銀座線に何度か乗ったらしいのだが、そのときも新しい車両には乗れなかったと言っていた。
 相棒は「いっせんけい」に乗ることはできなかったのだが、お土産にコドモ向けの鉄道ムック本を買ってきた。それに新しい銀座線の車両について、記事と写真がふんだんに載っているのである。息子はそれを見ながら、憧れを募らせているのだ。
 鉄道本の他に、あいもかわらず鉄道番組は目を皿のようにして見ている。

 最近の息子の要求は「ぎんざせんいっせんけい」の他には「おおいがわてつどう」と「いいだせん」に乗りたいと言い出した。大井川鉄道と飯田線。調べてみると、どちらもなかなかハードな鉄道のようだ。登山電車と言ってもよい。
「乗りに行くんやったら夏休みに青春18きっぷで、首都圏に移動する途中にトライしてみてもいいかもしれないけど……」
 僕は鉄道路線図を見ながら考えた。息子につられて、僕も少しずつ鉄道オタク化してきている。息子が車両を愛好するタイプなのに対して、僕は路線図や時刻表を眺める「スジ鉄」寄りかもしれない。
「うーん、大井川鉄道も飯田線も、移動中にちょこっと寄り道って雰囲気やないよなあ」
 確かにどちらも、僕らが首都圏に移動するときに使う東海道線の駅を始発としてはいる。
 まず、大井川鉄道。こちらは静岡県を走る列車であり、金谷駅から出ている。途中の千頭駅までは一時間十五分ほどの「大井川本線」だが、そこからアプト式鉄道を使って山登りをしていく「井川線」こそが本領であり、千頭から終点の井川まで二時間ほどかかる。大井川鉄道を金谷から電車に乗って往復するだけでも五、六時間以上はかかってしまうのだ。
 もう一つ、飯田線は愛知県の豊橋から長野県の辰野まで走っているJRである。これに乗ったら、東海道線に戻ってくるよりは終点の辰野から中央本線を使って首都圏を目指すことになりそうだが、これも片道だけでも所要時間六時間程度の大物だ。
「いいだせんには、ひきょうえきがあるんです」
 息子はテレビ番組の受け売りを言う。飯田線には幾つか「徒歩でも車でも行くことができない」という、乗降客のほとんどいない駅があるらしい。すごいなあ。
 しかし、乗降客がいなくて廃駅になったっていう駅だったら、このへんの鉄道にもあったはず。
「そうや、ちーと君、シンテツに乗って見いへんか?」
 シンテツというのは、神戸電鉄のことだ。
 阪急や阪神が乗り入れて終点になっている「新開地」駅から、有馬温泉へ向かう有馬線と、有馬口の駅から三田に向かう三田線、公園都市線がある。さらに途中駅の鈴蘭台から西に伸びる粟生線というものもある。有馬線に関して言えば、有馬温泉の標高は357メートルあるから、海岸からスタートして東京タワー並みの高さまで登っていくんである。普通の鉄道にしちゃなかなか頑張っていると思う。
 さらに鵯越と鈴蘭台の間の菊水山という駅は、乗降客がいなくて廃駅になってしまったのだ。車道から徒歩で行くことはできるらしいが駐車場がないのだという。プチ秘境駅だったんだな。
 そんな神戸電鉄に息子を乗せるべく、僕は計画を練った。ついでに有馬温泉。名湯、有馬の湯に入ってくるのもいいんじゃないか。息子の幼稚園が休みの日曜日。ついに計画を実行することにした。相棒は仕事でカンヅメ状態。

 宝塚から有馬温泉までは、実は直通のバスがある。一時間に二本出ている。運賃550円、所要時間30分ほどで有馬温泉に到着してしまう。もちろん温泉に入るだけだったら、これで行って帰ってくればいいのだが、息子を神戸電鉄に乗せるのも目的なので、まずバスで有馬温泉に行って、帰りは神戸電鉄に乗ることにする。その際、三田方面に抜けて戻ってくるという方法もあるのだが、プチ秘境駅だった菊水山をこの目で見てみたいということもあるので、新開地に抜けて戻ってこよう。往きは直通、戻りは大回りだ。
 午後二時のバスに乗ると、バスの中はおばあちゃんで一杯だった。
 宝塚を出発すると、あっという間に自然がいっぱいの景色だ。山と渓谷、森と岩壁。そして川。自宅近くからバスに乗ったのに、もう山間部という景色なのである。
「す、すごいな大自然」
 僕は思ったが、息子も楽しそうに窓から外を見ている。バスは武庫川の河岸を上流に登り、生瀬の橋を渡った。藤原紀香さんが通った小学校のすぐそばの神社が見える。
 そして、バスはおもむろに登山を始めた。ひっきりなしにカーブにさしかかる。今までの大自然などオードブルだったという勢いである。なぜか僕の頭の中には「リアル・ビッグサンダー・マウンテン」という語句が浮かんだ。ああ元浦安市民。
 バスを停車させて切り返すヘアピンカーブは二、三度だったが、見通しのないカーブはそこここに。さらに時計を見ながら下りのバスとすれ違う。運転技術が要求されるすごい道のりだ。それを都市交通の路線バスが運行していってしまうのだ。
 気圧が一気に下がって、耳がキーンとする。どんどん山に登って船坂というところに出ると、なんと下界ではもう散ってしまった桜が咲いている。このあたりは400メートル近い標高があるのだ。ここから有馬温泉に向かって、今度は下っていくのである。
 息子の耳は大丈夫かと見やると、なんとバスの中で寝てしまっている。ピンチになると寝てしまう息子なのであった。

 さて、その後有馬温泉に到着したのだが、なんとこの日は有馬温泉では大雨が降っていて、温泉に興味のない息子を引っ張って公衆浴場を探す気力もなく、神戸電鉄の有馬温泉駅に飛び込んで戻ることとなってしまった。息子もひと寝入りしたせいか気力が充実していて、神戸電鉄の山くだりを楽しんでいたようだ。神戸電鉄有馬線には「山の街」という名前の駅もあったりして、なかなか山岳鉄道っぽい。廃駅になった菊水山駅のあった場所に残されていたホームも見ることができた。
 しかし、息子が一番興奮したのは、やがて山を下って地下に潜った神戸電鉄が新開地駅に到着し、乗り換えたときだった。新開地の駅のホームには阪神と阪急の特急梅田行きが並んで停車していたのだ。
「ええっ、はんしんと、はんきゅうが、ならんどる!」
 これは、阪神電鉄と阪急電鉄の経営が統合したからではなく、それぞれが第三セクターの神戸高速鉄道に乗り入れしていて、新開地と高速神戸で共通の駅を使うからなのであった。
 正確に言うと、僕らが乗った阪急神戸線の特急梅田行きは、そこでずっと停車していて、山陽姫路からやってきた阪神本線の特急梅田行きがあとから入ってきたのである。

 その日の夜、息子が描いた絵は、紫色の電車とオレンジ色の電車が並んでいる絵だった。いちばん長く乗っていたシンテツや、スーパーテクニックで僕らを山の上まで運んでくれた阪急バスのことは、あまり記憶に残っていないようだった。
 有馬温泉には、今度は相棒も連れて三人で行く予定にしている。 

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