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2009.09.01

雨宮塔子の食事日記32

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記32

7月20日

 彼女がパリを発ってしまってからはや7カ月が過ぎた。彼女のパリでの1カ月以上に及ぶ滞在中は、食品市に一緒に行ったり、外食を共にしたりしてよくつるみ、しまいには手料理までご馳走になってしまった。
 著名な料理研究家である渡辺有子ちゃん。彼女の手料理に舌鼓を打ちながらも、話が深いところまで入りすぎて“泣き”まで入ってしまったあのパリでの宵(詳しくは昨年11月12日付、第20回のブログをご参照下さい)以来、時折思いついたようにメールのやりとりを重ねた。パリと、東京とで。
 有子ちゃんには、はじめから同じ匂いを感じてはいた。彼女を紹介してくれたノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)に言わせれば、それは“陰”(いん)という言葉で括られてしまうそうなのだが、厳密にいうと有子ちゃんの“陰”と私の“陰”は種類が違うらしい。
 有子ちゃんを“陰”というのなら、それは中央線沿線上で幼少期を過ごした人、あるいは、一人暮らしの住まいをあえてこうした土地に選んだ人が纏う、独特の雰囲気なのではないかと分析している。初対面の時、同い年で、しかも杉並区という同郷の出身であることにさして驚かず、(あぁ、やっぱり)と思ったことが思い出される。縁というのはこういうものだ。日本に帰国中はずっと寄宿している、今は世田谷区にある実家と、彼女の自宅とが、自転車で5分ばかりの距離であることも。
 わんぱく盛りの子供、二人を連れての1カ月近くにもなるパラサイト(いそうろう)で母を疲労の極みまで追い込んでいるので、子供を母に託しての外食は避けてきていたのだが、有子ちゃんはそんな私に子供たちを連れて家にごはんでも食べにきて、と誘ってくれた。悪いとは思ったけれど、どうしても遠慮できなかった。有子ちゃんに会って、話がしたかった。
 こういう状態だと、おのずと本当に会いたい人がクリアに見えてくる。独身であろうがなかろうが、子供がいようがいなかろうが、結局のところ大した問題にはならない。その人と会うためにどうにか都合をつけようとしている自分自身に、その人への想いを量れることがある。
 有子ちゃんの家は平屋の一戸建てだった。素朴な日本家屋を改造した家で、彼女に感じるのと似た癒しが、この家からも感じられた。それは低めの天井だったり、真っ白というよりはクリーム色に近い白壁などに宿っていた。
 玄関を上がるとすぐ目の前に広がる空間が台所。キッチンというよりそう呼ぶ方が似つかわしいような温かみがある。床には様々なガラス瓶が置いてある。梅や梅酒や酢漬けといった常備食。彼女がここで日々、丁寧に暮らしていることが窺える佇まい。とても素敵だ。
 ふと見ると、隅のサイドテーブルにすでに料理が並んでいる。まんまるに握られた鮭や梅のおにぎり、鶏の唐揚げetc…。
「美味しそう!!」
「それは子供たちのだから。大人は別よ、別」
 この差別化が嬉しいです。子供メニューといっても、それは渡辺有子が繰り出す料理、これはこれで無茶苦茶そそられるのだった。

「もう子供たちは食べさせちゃう? 大人はアペリティフといこうか?」
 有子ちゃんはビールからシャンパン、ワインまで冷やしておいてくれたけれど、私はわがままを言って、さっき目にして以来、気になり続けているお手製の梅酒をロックでいただくことにする。それにしても、この人の醸し出す雰囲気はなんて和むのだろう。“陰の癒し”と呼んだら言葉は悪いかもしれないが、あたりすぎると疲れてしまう陽の光ではなくて、深く深く心に忍び込んでくる月明かりに似ている。そんなことを思いながらグラスを傾けていると、早くも深い話になってしまう。目の前でみるみる濡れていく瞳を眺めていると、どうしてももらってしまう。胸が一杯だ。せっかく目の前にはもやしのナムルと野菜(かぼちゃ、ナス、ししとう、ピーマン)の揚げ浸しと、豚ひき肉のピリ辛包みが並んでいるというのに。

「ごめん、ごめん、食べてね」
 有子ちゃんの一声にハッとなって、万能ネギがピンと顔を出した、豚ひき肉のピリ辛包みに手を伸ばす。ごま油で長ねぎとしょうがを炒め、そこにひき肉を足し、コチュジャン、テンメンジャン、みそとオイスターソース、砂糖としょう油でよく炒めてとろみをつけた、ちょっとピリ辛い具を、一分間だけ蒸して柔らかくした北京ダック用の皮に、サンチュと万能ねぎと共に巻き込んだものだという。 

ひき肉のピリ辛炒めは大好物で、私もよく作り置いておいて、千切りにした生野菜の肉みそダレにしたり、あるいはざるうどんの上にかけてジャージャー麺風にしたりして食していたのだけれど、皮に巻き込むことは思いつかなかった。パリで手に入る生春巻用のライスぺーパーなどは、扱いにくいこともあって敬遠していたこともある。でも、北京ダック用の皮とは!! これならパリでも入手できるし、なにより簡単に巻き込める。

 かぶりつく。北京ダックの皮をプチプチ歯で噛み込んでいくと、万能ねぎの香りが鼻腔を通り、舌の上にほどよく甘辛いひき肉の旨味が残る。切ない胸に、それは染みていく。
「……美味しいね」
 一本食べ切り、はずみのついた私は、そのままもやしのナムルへ移行。そういえば、有子ちゃんは豆もやしが好物で、もやしといえば豆もやしを買うのだということを、いただいた著書で読んだことがある。その本には、韓国料理屋さんでもあれこれと盛り合わせず、豆もやしだけのナムルにしてもらうのだと書いてあったっけ。こうして彼女の好物を、私にもストレートに出してくれるところが妙に嬉しい。うまく言えないけれど。
 野菜の揚げ浸しも、と。かぼちゃのほっこりと味わい深いこと。かぼちゃも、パリのものより断然日本のものの方が美味しいと思ってしまう野菜のひとつ。ししとう、ピーマンも絶妙な歯触りを残しつつ、しっかりと上品なダシが含まれている。ナスに箸を伸ばしかけた時、まだナスにはそう味が染み込んでいないかも、と慌てたように有子ちゃんが口を開いた。そういえば、さっきからこの人はほとんど口にしていないような気がする。
 かつて、外食をしているのに、目の前に並んだ料理にほとんど箸をつけない人とつき合ったことがある。自分がさんざん注文しておいて、君が食べているところを見ていたいのだと言い訳をしていた彼とは、結局長くは続かなかった。ふと、その人のことを思い出した。彼と有子ちゃんは繊細さはよく似ているのだけれど、決定的に違うところがある。たとえば、彼が、相手の喜びを自分の喜びにもできる人なのだとしたら、有子ちゃんは目の前にいる人がすべてなのだ。相手が喜べば、幸せならそれで良し。そこに一切の自己は介在しない。自分が嬉しいか幸せかは、この際どうでもいい人なのだ。
「塔子ちゃんとだと、なぜか泣いちゃうね」
「またですかい」
 涙顔を無理矢理笑顔に変えて、有子ちゃんが立ち上がる。そろそろごはんにしようか、と。
 そのまま台所へ向かう有子ちゃんについていく。グリルパンを加熱し、その上に並べたのは、なんと、大好物の砂肝ではないか!! にんにくと一緒に血抜きしておいたそれを香ばしく焼き(グリルパンがなければ、網でもOK。要は余分な油を落とすことが大切なのだそう)、焼き上がったそれをボウルに移し、オリーブオイルと粗塩、それに紫蘇と共に和える。
「塔子ちゃんが紫蘇とミョウガが好きだから今日はこうしたけど、パリでだったらオレガノなんかも合うよ」
 効率よく手を動かしながら、そんなアドバイスまでくれる。なんでも、私が先日、お昼の生放送の情報番組に出演した際に、パリでは好物の紫蘇とみょうがが手に入らないことが辛い、とこぼしたのを、彼女は偶然にも見ていたのだという。
「はい、これは“塔子スペシャル”」

 彼女の手元に視線を落とすと、そこにはうりとみょうがの浅漬けがこんもりと載っている。瞬間、言葉にできないほどの感激に襲われる。それと同時に、その表情を彼女に晒しすぎてはいけないという直感が働く。その思いは、彼女を喜ばすよりもむしろ、居心地を悪くさせるか、下手をすると苦しめてさえしてしまうような気がする。

「ありがとう」
 食卓を挟んで、二人でむしゃむしゃ食べる。砂肝も浅漬けも、最高に幸せな味がする。料理って、究極的には作ってくれた人の思いを味わうものなのかもしれない。
 続いて、深い黄金色が麗しい、コーンスープが出てきた。とろっとしているけれど、喉越しさっぱり。

水と昆布と塩とでごく弱火で煮た和風味なところが有子流。これはコーンスープではない、まさにとうもろこしのポタージュなる一品。あまりの美味しさにさらっと飲み干す。
「あとは、お魚とごはんで締めです」
 有子ちゃんといえば、私にとっては炊き込みごはん名人で、ごはんは白米か玄米のみを炊いて、おかずと食すのを好んでいた私の嗜好を変えてしまった人でもある。さて、今日は何ごはん?
「新しょうがごはんに、鰆を焼いてる」

 新しょうがごはん!? 恥ずかしながら、食べたことがないです。そういえば、新しょうが、旬ですね。思わずそこでふくふく炊けている銅鍋を見つめてしまう。鰆と新しょうがごはんなんて、聞いただけでその相性の合いっぷりが想像がつく。今夜の献立が私のためだけであることの幸福に倒れ込みそうだ。
 お中元にいただいたという水茄子の浅漬けと共に食卓へ。なくなってしまうのが惜しくて、ゆっくり味わった。優しくて、上品でかぐわしく、でもしっかりと主張のある味。淡泊な鰆でさえ、その表現は変わらない。有子ちゃんみたいだ。料理には紡ぎだす人が正確に出てしまう。本当に奥深い世界だ。
 結局、途中で両親に電話をかけて、子供たちを引き取りに来てもらい、しっとりと飲み続けて午前3時になってしまった。親には迷惑をかけないつもりが、結局はこのザマだ。夜更けの道すがら、自転車を漕ぎながら、面と向かっては言えない感謝の思いを胸に刻んだ。両親と、そして有子ちゃんに。

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