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2009.10.01

雨宮塔子の食事日記34

雨宮 塔子

雨宮塔子の食事日記34

8月28日

 ひろみちゃん(30年もの間、ロックに魂を預け続けている料理上手なパリの友人)からイタリアンディナーをするからおいで、と招集がかかる。ヴァカンス先のプーリアから持ち帰った食材が、3日間しかもたないから、と。
 以前からひろみちゃんの作るイタリアンには興味津々だった。何度か味わったことがあるというノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)からさんざん自慢されてきたから。私だってひろみちゃんの催すディナーには何度か呼んでもらって、ご馳走になってはいる。が、たまたま和食であることが多かったのだ。
 もちろんそれはひろみちゃんのレパートリーの幅広さの表われだろうし、出される和食はとっても美味しく、器の演出も素敵で、お呼ばれのたびに感激するのだけれど、だからこそ、イタリアンもさぞかし美味しいのだろうと想像はふくらむのだった。人って、どんどん欲深くなる生き物なんですね。
 だから、ひろみちゃんから「プーリアの夕べ」のお誘いを受け、「喜んで」と即答して電話を切った後、思わずガッツポーズが出てしまった。初デートにこぎつけた男の子の気持ちって、こんなんかしら?
 やはりお声のかかっていたノリノリカップルと共に、メトロでひろみちゃんの家に向かう。偶然にもお互いの車の調子が悪い(余談ですが、夏のヴァカンスの間、長いことパリを留守にし、車を放置しておくと、たいていバッテリーが上がります)ことと、ひろみちゃんの家があるバスチーユ界隈は路駐が難しいことが理由だけれど、おそらく最大の理由は飲めないからだった。
(今日は飲むよ──、飲むでしょ!?)
 メトロの座席に向き合ったまま、目で会話できてしまうところが怖い。が、招待客にこうも飲む気満々でいられてしまうひろみちゃんの懐の深さは、やはり特筆ものだと思う。
 そう、あの家は、心から寛げる数少ない家のひとつなのだ。
 ひろみちゃんの家に着くと、まずはベンチタイプのローテーブルを囲んだソファの方へ通される。そこでまず出てきたものが、素敵なグラスに入ったロゼと、見たことがないぐらい大きなグリーンオリーヴだった。一口かんでみて、そのあまりの瑞々しさ、フレッシュでまろやかなオリーヴ自体の風味にノックアウトされる。まるで果実みたい。

 プーリアで採れたこの特大グリーンオリーヴは“チェリニョーラ”といって、シチリアとか、南イタリアに多いらしい。今までの私の食の歴史の中で、突き出しのオリーヴといえば、「オテル・クリヨン」で食べたものが最高だったのだけれど、その地位は今この瞬間、プーリアのチェリニョーラにとって代わられたのだった。

 続いて、ズッキーニの花のフリットと、タコの唐揚げという、私がこのブログにも書いたことのある大好物の二連投。もちろん、ひろみちゃんがプーリアからわざわざ持ち帰った食材たちだ。ズッキーニの花は、春の置き土産のような苦みがしっかりと利いていて、味は力強く、濃い。そしてタコの旨味が凝縮したような唐揚げ!! 水揚げされたばかりのタコが、かの地ではかなり安く売っているという羨ましい話を聞きながら、どんどん手が伸びてしまう。
「タコはもっと買ってきたかったんだけど、今回は飛行機で行ったからちょっとしか持ち帰れなかったのよ──」

 車のトランクに巨大なアイスボックスをいくつも詰め込んでいる自分の姿が浮かび、我ながらそのあさましさにビビる。でも、車でイタリアに渡るのは不可能なことではない。実際、二度ほど国境を通ったこともある。

 

 アペリティフで調子づいたところで、テーブルへ移動する。テーブルにはプチトマトとモッツァレラの燻製のお皿と、色合いのばらつきがかえって食欲をそそられるトマト、バジリコの葉、「ブラータ」という、乳牛のモッツァレラの中に生クリームが入っているプーリア名産のフロマージュが、イタリア国旗の色どりよろしく並んでいる。
 このブラータというフロマージュが絶品だった。モッツァレラよりとろっとろで、クリーミーだけどフレッシュ。ひろみちゃんによると、このブラータは最近イタリア中で人気が出てきて、ミラノあたりのレストランでも出合えるそう。時間をおくとどんどん固くなってモッツァレラみたいになるので、フレッシュさが大事なのだそうだ。どうやら3日間しかもたない食材とは、とくにこのブラータを指すらしい。
 クリーミーなブラータと、トマトらしい味のする、固めの食感のトマト、それに、こちらのものより柔らかくて繊細な感がするバジルの葉という黄金の組み合わせの妙に、今さらながら感動する。イタリアンレストランでは、当たり前すぎて敬遠していたこの組み合わせの前菜は、実は今では一番好きなもののひとつになっている。ただし、なにせ素材勝負な一皿ゆえに、本当に素材選びを大切にする店でしか頼まないけれど。毎年ヴァカンスにはイタリアを目指す、イタリア通なひろみちゃんの目利きにかなった素材たちは、そうしたレストランで出されるものをも凌ぐものだった。

 一転して、お肉づくしのお皿が二皿出てきた。さまざまな生ハムの盛り合わせだ。
「俺はさぁ、これが一番うまいと思うんだよ」
 ひろみちゃんの旦那さま、ツトムさんがそれぞれの生ハムを説明してくれる。こんな風にさりげなく食べ較べる機会を与えてくれるのがひろみちゃんカップルのもてなし方だ。続いて、これまた色々買ってみたというオリーヴオイルがワインのデギュスタシィオン(試飲)会場のように並べられた。一瓶ずつ小皿に垂らし、パンにつけたりしてその風味を較べてみる。オリーヴオイルにもそれぞれに歴然とした個性があるのにハッとする。樹齢100年を超えるオリーヴの大木があちこちにあり、イタリアのオヤジ曰く「オリーヴの親分」というオストゥーニ産のもので、“DOP”(原産地統制名称)の称号が与えられているオリーヴオイルがあれば、プーリアの海辺の街、ビシェーリエ産で、国際オリーヴオイル品評会でグランプリを受賞したオイルもある。

 すべて良質なオイルで甲・乙つけがたいのだけれど、チャンピオンは満場一致でビシェーリエの“Gran Cru”に決まった。石臼ですり潰したペースト状の上澄みだけを手ですくう“Affiorato技法”という古来のやり方で作っているというそれは、ベルベットのようななめらかな舌触り。オリーヴの芳香を、そのベルベットが優しく包んでいるようなイメージの品の良さがあって、どんな食材とも馴染むのだった。

 ひろみちゃんの野菜使いもいつも楽しみのひとつ。今夜はスカモルツァ ビアンカというフロマージュをのせてオーブンで焼いたトマトと、インゲンよりだいぶ長く、その名も“Fagioli serpenti ファジョーリ セルペンティ”(蛇みたいな長インゲン)という長インゲンをシンプルな調理法でいただく。こんなに長いインゲンは初めて食べた。インゲンよりも風味が強く、しっかりしていて美味。

 締めに、パスタをいただく。パスタはツトムさんも十八番にしていて、以前田舎のジト(宿泊所)でナスのピュレのパスタを披露してくれたことは、このブログにも書いたことがある(昨年の11月3日、第20回)。が、今夜はひろみちゃんが腕を振るってくれるのだそう。そういえば、プーリアはどのようなパスタが主流なのだろう?
 じゃ~ん、やってきましたっ、これは何!? ボロネーズかしら? さっそく一口食べてみる。うまっ。噛むごとに味わい深いひき肉は、牛と仔牛を合わせてあるという。パスタソースというと圧倒的にオリーヴオイルベース派で、トマトソース系は自分では選ばないのだけれど、このボロネーズはトマトソースっぽさを微塵も感じさせない。でも、ジューシーなこの旨味はなんだろう?

「トマトソースにバルサミコとしょう油をからめてあるの」
 なるほど。バルサミコとしょう油のひと垂らしマジックで、こうも自分好みの味になるのなら、今度ぜったい真似てみよう。
 プーリア地方のコシのある太目の手打ちパスタに負けていない、奥深く、かつ上品にまとめ上げられたボロネーズ、これに、時折シャキシャキとしたゴボウが全体のテクスチャーに変化をつけ、さらに味わいの様相を深めている。実はゴボウとパスタの組み合わせは好きで、新ゴボウのペペロンチーノなどはチャレンジしたことがあるのだけれど、こうしてボロネーズに合わせるなんて、思いも及ばなかった。このアイデアも、いただいちゃおう。それにしても、このゴボウはパリでは手に入らないはず……。
「ヴァカンスの初めに(日本の)実家に帰った時、母がものすごい量のゴボウをささがきにして、干して乾かしておいてくれたの」
 料理好きは血筋かも……。パリで使う時は水で少し戻してあげると、風味が簡単に蘇るのだそうだ。
 う──ん、真似したいことが多すぎて、ワインをガンガン飲みつつも、記憶細胞をフル活動させているために、“知恵熱”が出そうだ。ひろみちゃん、いつもありがとう。こんなに美味しくて、楽しいのに、「食への好奇心」という手土産まで毎回いただいてしまう私です。

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