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2011.10.01

その63

僕らが映画になったなら

望月 昭/細川 貂々

僕らが映画になったなら

 映画『ツレがうつになりまして。』の公開がいよいよやって来る。
 本年2011年、10月8日(土)が封切りの日です。佐々部清監督、東映配給です。
 蛇足ながら付け加えると、僕ことツレの役を堺雅人さん、相棒ことハルさんの役を宮﨑あおいさんが演じられます。音楽は加羽沢美濃さん。その他おおぜいのスタッフの方たちの努力によって、この映画が完成しました。
 僕は6月に試写会で一度観たきりなのだが、そのときの気持ちは今でも忘れません。たぶん一生忘れない。ゆったりとしたテンポ感、静謐な音楽、ユーモラスでありながら抱きしめたいくらい愛らしい二人の登場人物。それが僕たちと何の関わりのない映画であったとしても、大好きなお気に入りの映画になっただろう。しかし、それは僕たちのことを描いた映画なのだ。本当に、なんというか、ビックリしたなあ。

 オドロキの連続は、もちろん、相棒が奇跡的に僕の闘病のことを本にまとめてしまった日からずっと連なっていて、それらの日々を走馬灯のように回顧することもできる。
 デザイナーの守先さんが「どうしても表紙が作れん」と悩んでしまって、相棒と当時の担当さんが雨の中で待ち合わせて守先さんの自宅に伺った日のこととか。相棒と担当さんが待ち合わせたお店が火事で焼失してしまっていて、二人は落ち合えなくて途方にくれたそうです。その日を境に、我が家に携帯電話というものがやって来ました。
 本が発売されて、少しずつ売れ始め、千部二千部という小規模の増刷を重ねていった日々のこと。取材も飛び込んできたし、テレビへの出演依頼もあった。僕らはペットのイグアナと一緒にテレビに出演して、イグちゃんはコメンテーターさんに「あれこわいよ」みたいな発言をされてしまったこともあったけど、でもある局では「このイグアナは二人にとって大事なコドモです」とナレーションをつけてくれて、それがとっても嬉しかったりした。テレビのワイドショーなんかでは、視聴者にわかりやすいように「再現ドラマ」が作られるのだが、役者さんは一生懸命演じているのだけど、どうも自分たちのことではないように見えたりもした。

 続編の『その後のツレがうつになりまして。』が出版された頃には、僕の病気もほとんど治っていて、たいていのことにはオタオタしなくなっていた。「映画化を考えています」という話がやってきて、脚本を示されたのはその頃。そのときの脚本が、何年もかかって、ようやく今回の映画になって公開されることになったのだけど。
 そう、映画の話は脚本からなかなか進まなくて、その間にまたいろいろなことがあった。僕たちは奇跡的に子宝に恵まれ、たくさんの爬虫類たちに加えて、人間のコドモを一人育てていく生活に突入する。会社を辞めてマイペースで家事を続けていた僕が、コドモを育てる立場になって、ずっと息子の面倒をみることになった。息子が一歳になる頃、テレビドラマ化の話が持ち上がった。ドラマは短期間で撮影され、NHKで放映された。それなりに話題になったと記憶している。原田泰造さんの演技が素晴らしかったのだが、その存在感のある演技により、このドラマの主役はツレになってしまった……ということを、あとから映画の試写を観たとき気づいた。いや、僕としてはツレ主人公で嬉しかったんだけど。

 脚本だけ完成していて、その後進まなかった映画化の話は、突然進展が見られた。ドラマ化からさらに二年が経っていて、僕らも半ば諦めていたのだった。映画化決定の連絡をいただいたのは昨年12月。狭い僕らの自宅にたくさんの関係者が溢れた。映画化決定まではとても時間がかかったのに、決定してしまうと制作スケジュールは怒涛のよう。 俳優さんの日程に合わせるため、翌月の1月中に撮影を開始し、およそ一ヵ月で済ませてしまうと聞かされた。
 そんなわけで、2011年が始まるとお正月気分というものはほとんど味わえなかった。その前の年末から、小道具の作製が始まっていて、相棒は昔自分が描いた原稿を「下書き」「下書きに少しペンが入ったもの」「ペン入れ完了で消しゴムをかけていないもの」「完成して仕上げ前」というような形に複製して準備していた。映画の中での相棒役ハルさんが、漫画を描いているシーンに使うのだ。相棒の古くからのファンの方なら『東京アイスクリン』という作品が画面に出てくるのにお気づきになれると思います。
 新年に入ると大泉の東映撮影所でスタジオ撮りが始まり、相棒はスタジオに通うことになった。僕と息子も見学に行った。撮影は順調に進み、予定通り2月の頭までに完了し、編集作業に入った。その編集も3月頭にはほぼ完成していたと聞く。

 映画の公開は、当初から秋と聞かされていたのだけど、それまでずいぶん間があるなあと思っていたものだ。今の時代、半年先のことはけっこうわからない。そんなことを危惧していたら、本当にすぐに大変なことが起こってしまった。3月11日、東日本大震災が起こった。その日を境に、いろいろなことがすっかり変わってしまった。原発事故があり、計画停電があった。東映のスタッフからは「映画の編集はもう終わっているので、停電も関係ありませんよ」という連絡が来たが、商業映画の公開スケジュールに変更がある可能性については「まあ秋なんでなんとも」ということだった。実際、公開を延期されてしまった映画も幾つもあると聞く。僕らも、映画が公開されるかどうかということも気がかりではあったのだけど、それ以前に日々の生活を続けていくことに精一杯だった。水や電気といったインフラが止まってしまったり、放射性物質の話が聞こえてきたりもした。そして何より、正確な情報が入って来ないということに苛立った。余震に怯え、取り残された感覚を味わい、そして関西への避難を決めた。避難は継続し、結局今も関西を本拠地とする生活に切り替わっていくことになるんだけど。ともかく、大震災とそれに連なる事故があって、日々生活していくことについて、大幅な修正と変更を迫られることになってしまったのだった。

 相棒の仕事も、出るはずだった本がずいぶん保留になった。そのうち何冊かは、今回の映画の公開に合わせて急遽出版されている。震災後、相棒の仕事もずいぶん減ったりもしたんだけど、映画の公開は延期にならなかった。あの災害を経験した後でも、いや、災害の後の世界だからこそ、佐々部監督の描いた『ツレがうつになりまして。』が響いてくる。
 今回の映画の主人公は、相棒だ。映画の中では「ハルさん」という名前を与えられている。ハルさんの可愛さけなげさと、成長ぶりがこの映画の見所だ。ツレのほうは本当に頼りないんだけど、頼りないなりにその世界での存在感がたっぷりある。そして、僕らが本当に嬉しかったのは、もう一人の家族、グリーンイグアナのイグが大活躍するところだ。このイグアナ、本当に可愛くて、端整な顔立ちをしている。うちにいたイグはもっとごつかったし、コワモテで威張っていた。相棒いわく「ツレが堺さんになったのと同じくらい、イグとこのイグッチ(映画に出演していたタレントイグアナの愛称)は隔たりがあるなあ」とのことだ。

 まもなく公開される映画。ぜひ劇場で観ていただきたいと思います。映画って圧倒的で迫力があるものだと思っていたけど、この映画はなかなか静かでポツポツとした感じです。加羽沢美濃さんの音楽も心に沁みてきます。他にクラシックの佳曲が随所にちりばめられている。オープニングはマーラーの交響曲第五番のアダージェット。画面にはドイチェ・グラモフォンの黄色いLPレコードが映っているので、僕は「この演奏はいったい誰のものだ?」と動揺してしまいました。該当するLPは、カラヤンかクーベリックかアバドだろうと思ったんだけど、この演奏はそのどれとも違うから。
 監督さんに確認したところ「演奏は著作権の関係で有名な指揮者ではありません。ヴィスコンティの『ベニスに死す』を意識してこれやってみたかったのです」と回答をいただきました。

 

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