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2014.02.27

第8回

素数のふしぎ 後編

大栗 博司

素数のふしぎ 後編

公開カギ暗号

 自然数、特に素数の性質は、暗号通信の方法と深いかかわりがある。通信の内容を一定の規則で他の記号に置き換えることを暗号化、暗号化されたデータを元の状態に戻して読めるようにすることを復号化と呼ぶ。たとえば、電信で使われるモールス符号は、アルファベットの$26$文字と、数字や記号の各々について、短点(・)と長点(-)の組み合わせが決まっている。そこで、短点を数字の$0$、長点を数字の$1$とし、また文字と文字の間の間隔は$2$で表すことにすると、$0$、$1$、$2$が並んだ数字として表すこともできる。たとえば、“mathematics”は、「1120121200002021120121200210102000」となる。この場合には、暗号化とは$0$、$1$、$2$が並んだ数字を別の数字に対応させる「関数」のことであり、復号化とはその「逆関数」のことに他ならない。

 紀元前$1$世紀のジュリアス・シーザーが使ったとされる暗号は、アルファベットの文字を決まった数だけずらしたものだという。$1970$年代まで使われていた暗号では、暗号化の規則を知っていると、それを逆にたどって復号化ができた。たとえば、シーザー暗号では、アルファベットの文字を逆方向にずらせば復号化ができる。そのため、暗号化の規則が敵対者の手に渡ると、通信の秘密も漏れてしまう。暗号化の規則を記録したものが盗まれることもあるし、また、通信のパターンから規則が見破られてしまうこともある。

 たとえば、$1925$年ごろから第$2$次世界大戦にかけてドイツ軍が使用していた暗号機「エニグマ(謎)」は、歯車を複雑に組み合わせてアルファベットを変換するものだった。しかも、使用するごとに変換の規則が変わる仕組みになっていたので、解読は不可能と考えられていた。しかし、律儀なドイツ軍は、毎朝歯車の初期設定を変える方法を暗号化して送るときに、間違いが起きないように、同じメッセージをきっちり$2$回繰り返していた。ポーランドの暗号局の若き数学者マリアン・レジェフスキーは、毎朝の通信で最初に$2$回繰り返されるメッセージのパターンを、群論と呼ばれる数学理論を使って見破り、歯車の配置を解明した。$1939$年にドイツ軍のポーランド侵攻が近づくと、祖国の防衛が不可能だと悟ったポーランド暗号局長官は、英国とフランスの情報将校をワルシャワに招いて、「エニグマ」の秘密を伝えた。英国の政府暗号学校は、この情報をもとにドイツ軍の暗号通信の解読に成功し、ヨーロッパにおける連合国の勝利に大きく貢献した。

 暗号化の規則が露見すると復号化が可能になるということは、暗号では避けることのできない問題だと思われていた。しかし、これには解決策があった。それを思いついたのが、米国のウィットフィールド・デフィーとマーティン・ヘルマンだ。$1976$年のことだった。彼らのアイデアを説明するために、南京錠を思い浮かべてみよう。

 南京錠は、掛け金を本体に押し込めば動かなくなる。これは誰にでもできる。しかし、いったん南京錠を閉じると、カギを持っている人か、カギ開けの特殊技能を持っている人でない限り、錠前を開けることはできない。錠前を閉じる方法を知っていても、錠前を開けることはできないんだ。南京錠では、閉じる方法の知識が、開けることに役に立たない。普通の暗号では、そうはなっていない。暗号化の規則を知っていると、それを逆にたどれば復号化もできてしまう。これが暗号の弱点だった。

 デフィーとヘルマンは、南京錠のような暗号はできないものかと考えた。暗号化の規則を知っていても、復号化が容易ではない暗号があったとすると、暗号化の規則は秘密にしておく必要はない。規則を一般に公開して、誰でも通信内容を暗号化できるようにしておく。これは、南京錠を世界中にばらまいて、だれでも錠前で守られた手紙を送ってこれるようにしておくようなものだ。錠前は公開しているけれど、それを開けるカギは手元に持っていれば、通信中は誰にも開けることはできない。同じように、暗号化の規則は公開しても、復号化の規則を公開しなければ、通信の秘密が守られるというのが、デフィーとヘルマンのアイデアだった。

 これは、「公開カギ暗号」と呼ばれている。公開されているのは暗号化の規則で、それを開けるカギに対応する復号化の規則は公開しないので、日本語では「公開錠前暗号」と呼んだほうが正確かもしれない。

 この公開カギ暗号の考え方を実現したのが、現在インターネット取引に使われているRSA暗号だ。

 

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