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2004.04.15

vol.91

第4回 紫式部 その4

酒井 順子

第4回 紫式部 その4

 和泉式部、赤染衛門、清少納言。
 この三人の共通点は何かといえば、まずは三人とも、平安女流文学界における才能豊かな有名人である、ということがあげられます。平安女流文学の担い手というのは貴人に仕えていた女房達ですから、三人とも女房生活を経験しているキャリア女性ということもできる。和泉式部は紫式部と同じ中宮彰子に仕え、赤染衛門は藤原道長の妻・倫子に仕え、そして清少納言は彰子とライバルであった中宮定子に仕えていたのです。
 そしてもう一つの共通点。それは、「紫式部日記の中に、人物評を書かれている」ということです。多少の年令の違いはあれど、この三人+紫式部は、同時期に生きていたことがある人達なのです。
 日記の中で紫式部は、和泉式部、赤染衛門、清少納言の順に評しているのですが、その評し方は順に、「けなす、誉める、ボロクソけなす」というもの。和泉式部のことは、少し誉め言葉を混じえつつも基本的にはけなし、赤染衛門のことは持ち上げ、清少納言のことは完膚なきまでにけなしているのです。
 紫式部日記中、ある意味最もエキサイティングで最も有名かと思われるこの辺りの文章を、まずは読んでいただいた方がわかり易いかと思われますので、和泉式部の部分から、拙訳でご紹介してみましょう。
「和泉式部という人は、実に洒落た手紙のやりとりをした人です。彼女は感心できないような所がある人だけれど、気楽に手紙をサラッと書いた時に才能が見える人で、さりげない言葉の美しさが感じられるようです。歌は、とても趣があります。古い歌の知識や歌の理論の点では本物の歌の詠みぶりとは言えないでしょうが、自然と口から出てくる歌などに必ず洒落た一点が詠まれているのが、目にとまります。それでも、他人さまの詠んだ歌を非難したり評論するとなると、まぁそれほどわかってはいなさそうだし、ともかく口まかせに歌を詠むのだろうと思われるタイプなのです。ま、こちらが恥ずかしくなるほど立派な歌人ではない、ということです」
 ……と、こんな感じ。つまり、「ちょっと面白い歌は詠むかもしれないけど、本当に才能があるって感じじゃないわね。小賢しいタイプっていうの?」という言いぶりなのです。
 最初の方に「感心できないような所がある人だけれど」とありますが、この部分は意外と深い意味を持っています。原文では「けしからぬかたこそあれ」となっていますが、もっと意訳するなら「けっこうふしだらな所がある人だけれど」、ということになるのではないか。
 和泉式部は、恋多き女です。最初の結婚に破れた後、冷泉天皇の息子である為尊親王と付き合うも早死にされ、ほどなくその弟である敦道親王と付き合うも敦道親王も早死にし、再び別の男性と結婚する……という、今風に言うならば魔性系の恋愛体質であった彼女。遺された歌も、奔放で情熱的なものが多く見られます。
 紫式部としては、その恋愛体質なところが、おそらくは気に入らなかったのでしょう。前回書きましたが、彰子のサロンは地味目な女房が多いとされていたのに、その中で和泉式部は一人、モテモテ。ほぼ同年代であった紫式部がイラつくのは、非常によくわかる心理ではあるのです。
 では、次に出てくる赤染衛門についてはどのように書いてあるのか、見てみましょう。
「赤染衛門は、特別に優れた歌人というわけではないけれど、実に風格があり、歌人ぶって何かにつけて歌を詠みちらすようなことはしないのに、ちょっとした折節の歌も、それこそ立派な詠みぶりなのです。それに比べて、上の句と下の句のつながりが悪いような歌を詠んだり、何とも言えず気取った歌を詠みながら、我こそはと思っているような人は、憎らしくも可哀相にも思われることです。」
 ……ということで、さすがの紫式部も赤染衛門には、一目置いている様子。
 それというのも赤染衛門は、紫式部よりもかなり年長であり、女房としてのキャリアも長い。和泉式部のような浮ついた色恋沙汰はなく、結婚生活をきちんと送った上に立派に子育てもしたという、言わば「家庭も仕事も」という完璧な女性だったのです。そんな女性に対しても「特別に優れた歌人というわけでもないけれど」といちいち書いてしまうところが紫式部の紫式部たる所以、ではあるのですが。
 しかし紫式部が赤染衛門についてここで記すというのは、純粋に「赤染衛門を誉めたい」という動機からではないのではないか、とも思うのです。紫式部は、誉めるためというよれはむしろ、前後の二人すなわち和泉式部と清少納言と、赤染衛門とを対比させたかった、のではないか。つまりその二人に対する非難をよりクッキリと浮き上がらせるために、赤染衛門を間に挟んだのではないか。
 三人のトリを勤める清少納言に対する非難は、それだけ激烈です。
「清少納言こそ、得意顔のはなはだしい人です。あれだけ利口ぶって漢字を書きまくっているけれど、その知識もよく見ればまだまだ不十分。このように、人とは違うところを見せたがる人は必ず見劣りし、将来はロクなことが無いのです。気取り癖のある人は、ひどく殺風景なつまらない時も、しんみり感動しているように振る舞い、情緒あることを見逃さないようにしているうちに、自然と見当はずれの軽薄なふるまいになるのでしょう。その軽薄になってしまった人が、どうして良い人生の終りを迎えられるはずがありましょうか」
 ……と、こうきたもんだ。
 ここには、どう考えても個人的な憎しみの感情が存在しています。清少納言は紫式部よりも七歳前後年上だったので、紫式部がこの日記を書いた時、当時の感覚で言えば彼女は既に老境に入っていたことでしょう。そんな老いた清少納言に鞭打つようなこの文は、なぜ書かれることになったのか……?
 これは、単に紫式部が意地悪だから、とばかりは言えない問題なのです。つまり、清少納言にも悪いところは、ある。
 清少納言に対する悪口雑言の原因は、枕草子の中にあります。枕草子の中で清少納言は、色々な男の人を馬鹿にしているわけですが、藤原宣孝という人のことも、
「質素な格好でするのが普通の御獄参りを、宣孝ったらド派手な格好でして、皆があきれていた!」
 などと笑い者にしている。
 そしてこの宣孝という人、実は紫式部の夫なのです。それも、この文が書かれたのは、宣孝が亡くなったばかりの時のこと。未亡人・紫式部としては、亡き夫をコケにされて、怒りの炎がメラメラと燃えあがったに違いありません。
 亡夫・宣孝のことだけでなく、実は従兄のことも枕草子の中で馬鹿にされている紫式部。かくして、清少納言は紫式部の天敵となったのです。
 夫や従兄の悪口を書かれたのが悔しかっただけではなく、清少納言に対して紫式部は、相当のライバル心を持っていたものと思われます。まずそもそも、女房として仕える相手が、ライバル同士。結果的に、紫式部が仕えていた彰子は、清少納言が仕えていた定子を追い落とす形になったわけですが(実行したのはそれぞれの父親ですけれど)、最初は定子がバリバリの中宮として一条天皇の寵愛を受けていたのを、彰子サイドとしては歯噛みをして見つめていたのです。
 もちろん、平安女流文壇においても二人はライバルでした。まずは定子プロダクションの一員である清少納言がリリースした「枕草子」が大ヒット。彰子プロダクション所属の紫式部はそのヒットを見て、「清少納言なんかには決して負けまい!」という決意を胸に、あの大部の著・源氏物語を書いたのではないか。
 清少納言に対する、
「得意顔で漢字なんか書きまくってるけど、そういう人に限ってニセの教養しか持ってないのよッ!」
 という言いっぷりも、ライバル心のあらわれでしょう。当時、外国の文字である漢字は男の領域で、女性はかなを書くものだった。女性が漢字を書いたりすると、「女だてらに」と、ほとんど下品とも受け取られかねなかったらしいのです。
 そんな時代において、清少納言も紫式部も、女性としては異例なほど、漢字の教養を持っていました。清少納言は、おそらくは歌人として高名だった父・清原元輔からの薫陶を受けたことでしょうし、紫式部も、父である藤原為時をして
「この子が男だったらなぁ」と言わせるほどの漢籍の知識を、幼い頃から身につけていたようです。
 あの時代の貴族女性にとっての漢籍を理解する能力は、今の時代における帰国子女の英語力のようなものだったのかもしれません。皆の前で自慢気にペラペラやってしまうと、きっと「ナマイキ!」と思われたのです。
 自らが持つ漢籍の知識の取り扱い方は、清少納言と紫式部とでは全く異なります。清少納言が枕草子において、漢籍の知識を活用して男性貴族と気のきいたやりとりをした、ということをごく素直に、ほとんど自慢気に記しているのに対して、紫式部は日記の中で、「私は漢字の『一』すらまともに書けないフリをするし、屏風に書いてある文句すら読めないような顔で、漢籍の知識は隠している」
 としている。そんな紫式部にとって清少納言の「私ってこんなことも知ってるの」的な態度は、さぞや鼻持ちならないものだったに違いありません。
 しかし、ほとんど無邪気なほどに自らの博識ぶりを自慢する清少納言と、漢字など読めないフリをしつつも、自らの日記の中で「私は漢字が読めないわけじゃなくて、読めるけど隠してるだけなの。自慢気に漢字を書きちらす清少納言なんて、私に比べたらぜーんぜん駄目!」と記す紫式部と、どちらと友達になりたいかと言ったら……、私の場合は圧倒的に前者。そして、紫式部だけには、嫌われたくないと思う。
 紫式部の夫の悪口をも、つい素直に記してしまったのであろう清少納言に対しては、
「地雷、踏んじゃったね」
 と、言いたい私。人の悪口を書く時はとことん気をつけなくては千年残るという教訓を、ここからは知ることができるのです。……ああ、くわばらくわばら。 

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