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2004.04.01

vol.90

第3回 紫式部 その3

酒井 順子

第3回 紫式部 その3

「子供の頃、私はイジメられっ子だった」
 と告白する人は、よくいます。イジメを受けることによってできた心の傷がトラウマとなり、大人になっても苦しんだのです……などという告白を聞き、周囲の人は、
「まぁ、ひどい」
「何て可哀相な」
 と、同情の声を寄せるのです。
 しかし「ひどい」とか「可哀相」などと言う人の大半は、子供の頃にいじめる側と何らかのかかわりを持っていたのだと、私は思います。ていうか、少なくとも私はそうだった。
 言い訳をさせていただくとしたら、私はイジメの首謀者となって、
「家からカネ持ってこい」
 などと言い放っていたわけではありません。しかし、誰かがイジメられていたとしたら、
「やめなさいよ!」
 などとは決して言うタイプではなかった。
「○子ちゃんってフケツ!」
 と誰かが判定を下したとしら、
「ホント、フケツ!」
 と同意し、
「エーンガチョ!」
 とタッチされたら「フン、くだらない」と自分のところで断ち切ることをせず、キャーキャー言いながら誰か他の人にタッチしていたのです。
 この時、私のような者、つまりは周囲に流されてついイジメに加担するような者の心境は、複雑です。「こんなことしちゃって」という罪悪感が、一割。「自分がイジメられないようにしなくては」という保身の気持ちが、一割。そしてあとの八割は、他人が虐げられるのを見ることによってちょっと心が踊るという、嗜虐的な気持ちによって占められているのです。
 紫式部の中にも、この嗜虐性は存在していたようです。「紫式部日記」の中にも、自分がイジメの首謀者にならないまでも、ほとんどうきうき気分でイジメ行為に参加している彼女の様子が出てくる。
 それは、豊明節会という宮中行事が行なわれていた時のこと。この行事においては、上流貴族や受領の家から出された「五節の舞姫」達が、「五節の舞」を舞うことになっています。
 舞姫達は、それぞれの控所を宮中に与えられているわけですが、藤原実成という人が出した舞姫の控所を覗いた藤原兼隆(道長側の人)が、
「前に、弘徽殿の女御のところの女房だった左京馬とかいった人が、舞姫の介添え役としていたゼ! ずいぶんと物慣れた様子で交じっていた」
 と言うと、
「俺も見た!」
「面白いことがあるものだわねぇ」
 と、中宮彰子側の人々は途端に、色めきたつのです。
 なぜ、色めきたつのか。というと、その左京馬という女性は、かつては弘徽殿の女御の女房をやっていたほどの人、なわけです。女御というのは、皇后・中宮に次ぐ天皇の妃の地位のこと。つまり左京馬さんは、かつては宮中において天皇の妃に仕えるという、一流のキャリアウーマンだった。
 それなのに今、彼女は五節の舞姫のお世話係として、かつての仕事場であった宮中に顔を出しています。かつては大手商社で華やかなOLだった人が、結婚退職してから紆余曲折を経て、止むを得ない事情でお弁当屋さんにパートで勤めるようになり、以前の職場にお弁当を届けなくてはならなくなった時に昔の同僚にその姿を目撃されてしまった……といった感じでしでしょうか。
 お世話係に身をやつして宮中に来ていた左京馬を目撃した中宮彰子の周辺の人々は、どのような反応を示したかというと、これがまた非常に意地悪なのです。
「そりゃまた面白いわねぇ。これは……、知らん顔っていうわけにはいかないでしょう」「昔は上品ぶって自由に振る舞っていた宮中に、よくまぁ舞姫の世話係なんかでのこのこ来られたものねぇ」
「一応は人目を憚ってるらしいけど、ここはひとつすっぱぬいてやりましょう」
 なーんていう風に、相談はまとまったらしい。
 彼女達はそこで、他人の名を騙って、左京馬さんに対して、蓬莱山の絵が極彩色で描いてある扇と、うんと反らした櫛とを、届けることにしました。
 それのどこが意地悪なのか……というと、まず蓬莱山というのは、中国の伝説で不老不死の地といわれた場所。
「あーら、そんなにお歳を召してもまだ頑張ってらっしゃるのねぇ。お達者でよろしいわねぇ」
 というイヤミ全開の意味が込められていたのでしょう。また、ここで言う櫛というのは、童女の頭に飾りとしてつけるもの。反りが強いほど若向きであったらしいので、これもまた歳をとった左京馬に対しては、かなりのイヤミです。
 それはたとえば、お弁当の配達に来た元商社OLのパートさんに、彼女がかつてはディスコの女王だったということを知っている元同僚が、
「こういうの……、お好きだったでしょう?」
 と、かつてジュリアナのお立ち台で盛んに振られていた派手な羽の扇とボディコンのワンピースをプレゼントする、ようなものでしょうか。
 贈り物だけではありません。「豊明の節会に奉仕する女房達はたくさんいたけれど、とりわけあなたのお姿を、感慨深く拝見しましたよ……」という意味の歌を書いて、そこに添えたりもしているのです。つまり、贈り物全体としての意味は、
「昔は宮中でブイブイ言わせていたあなたが、バレないように振る舞ってるつもりかもしれないけど今やすっかり歳もとって落ちぶれてここに来ているってことは、ちゃんとわかってるんだからね」
 ということなわけですね。ああ、落ちぶれた人をそんなにいたぶらなくてもいいじゃないの、お互いもう大人なんだし……と、言いたくなる。
 ではなぜ、中宮彰子側の人々は左京馬という人に対してこんな意地悪をするのかというと、それは左京馬が、彰子のライバルである義子にかつて仕えていたから、なのでしょう。
 彰子の最大のライバルであった定子は、この時既に世を去っていました。彰子サイドとしては我が世の春だったわけですが、女御・義子は依然存在した。左京馬がその義子に仕え、そして今となっては義子の弟・藤原実成が出した舞姫のお付きになり下がってがていたからこそ、彰子側の人々の意地悪欲求に火がついたのです。
 しかしこのイヤミは、義子サイドにはあまりよく伝わっていなかったようです。豊明節会が終ってから、義子サイドから彰子サイドに、左京馬へ贈った歌への返歌が蓋の裏に打ち出してある白銀の筥が、贈られました。どうやら義子サイドでは、扇と櫛の贈り主が彰子であると勘違いし、「であるならばちゃんとお返しをせねば」と、急いで素敵な品を作ったようなのです。これに対して紫式部が、
「ほんのつまらない冗談だったのに、勘違いしてこんな大仰にお返しなさって、お気の毒にねぇ」
 などと書いているのもまた、いじめている側のイヤったらしさ、というものでしょう。 さて、ここで問題になってくるのは、この左京馬イジメ事件における紫式部の関与度、です。「紫式部日記」の中では、彼女はあくまで「こういうことがありました」的に事件のことを記しています。つまり、彼女が率先してやったとはなっていない。
 しかしそれは同時に、紫式部も皆と一緒になってイジメを楽しんでいたことを、示しているのです。彼女は決して、「私は可哀相だからやめろと言ったのですが」とか「そんなことをする心ない人もいたのです」といったことを書いているのではありません。むしろ非常に生き生きとした筆致で、事件のことを記している。それどころか、贈り物に添えた和歌を書かせたのは紫式部である、という読み方もできるくらいです。
 この感覚、私もわからないではありません。「本当はいけないことなんだけど」などと思いつつイジメ行為に参加しているうちに、行為自体がどんどん楽しくなってしまうもの。同じ悪事に参加することによって、いじめている側の仲間意識は強まり、つい新たなイジメのアイデアまで出してしまったりもする。……こんな経験を、日和見的に生きてきた人であれば誰しも持っているのではないでしょうか。
 紫式部が反省の気持ちを表している部分があるとしたら、それはイジメ事件の少しあとに記してある一文でしょう。
 ある夜、紫式部は参内途中に、「そういえば初めて参内したのは、二年前の今日のことだった。あの頃は本当に無我夢中でいたっけなぁ」と思い出しつつも、宮仕えがすっかり堂に入ってしまった自分に「情けない身の上だわ……」と感じているのです。この時に彼女は、皆と一緒になって左京馬をいじめて楽しむまでにスレてしまった自分、というものをふと冷静に見つめたのではないでしょうか。 紫式部ほどの人ですから、ただのうのうといじめを楽しんでいたわけでは、ないのです。彼女はおそらく、年老いて落ちぶれてしまった左京馬を見て、「自分が将来、ああならないとは限らない」とも思ったのではないか。だからこそ彼女は、近親憎悪的気分をももって左京馬をいじめた。
 感受性は尋常ではなかったであろう彼女のこと、左京馬をいじめた後は自分をいじめたような気分になったことでしょう。それでも意地悪をせずにはいられない、そしてそれを書き残さずにはいられない彼女に、私はちょっとした同情を、抱くのです。 

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