毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2004.03.01

vol.88

第1回 紫式部 その1

酒井 順子

第1回 紫式部 その1

 人間は、意地悪な生き物です。動物も時には意地悪なことをするのかもしれませんが、彼等の場合は「自分が生き延びていくために他者のエサを奪う」的な、本能に近い部分における意地悪でありイジメであろう。生きていくのに何ら不足は無いのについついしてしまう意地悪というのは、人間独特の文化であり、サガなのです。
 意地悪性は、特に女性に多く見られる性質です。女性は、いけ好かない相手がいても、男性のように暴力に訴えることはありません。暴力を避けるために女性達は意地悪さを磨くのかもしれず、そう考えてみれば意地悪は、ずいぶんと平和的な手段ではありませんか。
 もちろん私も、意地悪な人間です。それも、相当に意地悪。なぜそうなってしまったかは自分でもわかりませんが、ほとんど物心ついた頃に意地悪道に入って以来、綿々と意地悪の糸を紬ぎ続けています。
 自分で言うのもナンですが、意地悪な人というのは、正直な人であると私は思うのです。
 たとえば、写真に写る時はいつも同じ顔をしている、という友達がいたとしましょう。その友達が写っている写真を見て、
「この子って写真に写る時、いっつも同じ顔してるわよね。この顔が一番イケてるって思ってるのよね、自分で」
 と言うA子さんと、
「本当にそうよね、ふふふ」
 と言うB子さんがいたとしたら、周囲の人から「意地悪な人」として認識されるのは確実にA子さんの方です。B子さんは「私はA子さんに同調しただけよ」という顔をすることができるのだから。
 が、しかし。「本当にそうよね、ふふふ」と笑うB子さんは、では意地悪ではないのか。笑うということは「自分でもそう思っている」ことの表れ。A子さんは、ただB子さんより先にそのネタを口にしただけなのであって、B子さんよりA子さんの方が意地悪だということにはならないのではないか。むしろ、口には出さずに心の中だけで意地悪なことを思っているB子さんの方が「ムッツリ意地悪」なのではないか。
 ……というのはまぁ、長年にわたってA子さん役をやり続けてきた私の言い訳なのかもしれません。今となっては、
「私は意地悪なのではない。ただ思ったことを正直に言わずにいられないだけだ」
 と、開き直り気味ではあるのです。
 意地悪な部分を全く持っていない人も、この世には存在します。私もその手の人に相対すると心を洗われるような気分になるのですが、同時にどこか居心地悪くもある。「天使みたいなこの人に比べて、私は……。ああ、この人の目に、私の意地悪はどう映るのか」と思ってしまうから。
 反対に、それまでは社交辞令的お付き合いしかしていなかった人が、ふとした瞬間にチラリと意地悪者の片鱗を見せたりすると、私はとても嬉しくなります。同じ秘密結社の仲間であったことがわかったかのように、「この人とは腹を割って話ができそうだ、よかった!」と思うことができるから。
 本を読んでいる時も、同じ感覚を味わうことがあるのです。最初から最後まで、洒落ていて美しくて繊細で心優しい文章が続いている本も、それはそれで良いのでしょう。しかし文章の端々に作者の意地悪さが滲み出る文章は、クサヤや納豆のように美味しく、癖になる味。共感の度合いも、深まろうというものです。
 中でも嬉しいのは、もうだいぶ前にこの世からいなくなっている人達、つまりは歴史上の作家の文章の中に、作者の意地悪性の発露を見ることができた瞬間です。既に死んでいる人達であるからして、私達は作者の顔を見ることも、リアルな生活ぶりを知ることもできませんが、意地悪の感覚は、どうやら古今を問わず女性の中に存在し続けているものらしいことがわかるのは、実に嬉しい。
「こんな昔の人も、私と同じ意地悪感覚を持っていたのだ!」
 と思うと、作品に対する理解も増してくるような気がするではありませんか。
 たとえば、紫式部。我が国最初にして最高の女性作家と言われる彼女もやっぱり、意地悪な人です。源氏物語のイメージからすると紫式部は、あくまでたおやかな才女という感じがするかもしれません。と言うより千年も前の人がどういう性格であったかなど、想像の範疇外かもしれない。
 しかし、源氏物語よりも後に書かれた「紫式部日記」というエッセイ風の読み物を読んでみると、彼女は相当に癖のある性格であったことが理解できるのです。源氏物語を書くような人であるだけに、一筋縄ではいかないであろうことは想像がつくのですが、紫式部日記に記される彼女の意地悪っぷりは、予想以上。思わず、
「そうこなくっちゃ!」
 と言いたくなる感じです。
 では紫式部日記の中では、どんな意地悪を見ることができるのか。その内容を詳述する前に、彼女の意地悪性をよりわかり易くするために、紫式部がどのような立場にある人であったのかという基本を少し説明した方がいいかもしれません。
 紫式部は、平安中期に京の貴族(と言ってもそう高い身分ではない)の娘として生まれ、夫と死別後、一条天皇の中宮であった彰子(ちなみにこの人は、栄華を誇ったことで有名な藤原道長の娘)の女房として宮仕えしました。彼女が宮仕え中に見聞きしたことや感じたことが、かなり正直な筆致で記してあるのが、紫式部日記です。
 平安時代の女主人とその女房達はよくサロンにたとえられていますが、美しく教養がある女房を侍らせておくことが、ひいては女主人の名声をも高めることになりました。紫式部は、彰子サロンの一員。一条天皇の皇后・定子(彰子が中宮になる前は、この方が中宮だった。彰子の父・道長が強力な権力者であったため、無理矢理自分の娘・彰子も一条天皇の妃としてしまったのです)のサロンの一員として清少納言がいたことを考えると、この時代がさらに面白いものに思えてくるでしょう。
 言わば平安セレブ達の只中に身を置いていた、紫式部。育ちの良い女性というのはえてして豊かな意地悪性をも備えているものであり、紫式部もその中で揉まれつつ、自らの意地悪性を育てていったものと思われるのです。
 意地悪な視線というものは、鋭い観察眼が無いと生まれてきませんが、紫式部も当然ながら「良い目」を持っていました。紫式部日記の中でも、彼女の目の良さがわかりやすく出ているのが、服装に関する表現。意地悪の初歩の初歩として、他者の容貌や服装をあげつらうという行為がありますが、その辺もちゃんと、紫式部日記の中では押さえてあるのです。
 日記を記していた頃、彰子の出産があったりしたために道長家も天皇家もイベント続きだったわけですが、イベントの度に女房達もそれぞれ「ここぞ」というお洒落をしています。紫式部は各人の装束の色や模様を日記に書き留めているわけですが、もちろんただ単に服装を誉めるだけには終わりません。
 たとえば、ある年の正月十五日。彰子の二人目の子の生後五十日のお祝いにおける女房達の服装を、
「中務の乳母(という女房)は、葡萄染の織物の袿、無紋の青色に、桜の唐衣姿。ゆったりと重々しく、才気が感じられる」
 といった調子で記しているのですが、そんな中に一人、変な色の組み合わせの装束を身につけていた女房がいたのです。
 紫式部が、その女房を見逃すはずがありません。その女房が帝に供する物を受け取る時、ダサい色合いの袖口を上流貴族男性達にジロジロ見られてしまったことを、
「宰相の君(上流の女房)なんかは、そのことを残念がってらしたようだ」
 などと紫式部は書いてはいるのですが、どう考えても最も激しく「ダッセー」とか「恥ずかしい」とか思っていたのは、紫式部本人であったに違いない。その文章に続いて、
「とはいっても、その女房の服装はそれほどひどくもなかったのだけれど。ただ配色がパッとしなかっただけで」
 と書いていますが、これは単なる彼女の言い訳というものでしょう。さらに続けて他の女房達の服装を記した後、
「公の場での失敗は非難されてもしょうがないが、服装の優劣は言うべきではない」
などとあるのですが、「そう言うあなたが一番優劣を考えているのでは……」と言いたくなってきます。
 この一文から考えて理解できるのは、紫式部はおそらく、自分のことを意地悪だとは自覚していない、もしくは自覚しようとしなかった意地悪者であった、ということです。「ダサい服の人がいた」ということをしっかりと書き残している彼女は、書き残すこと自体が意地悪だということを、自覚していない。
「私はね、色合わせがまずかっただけでそれほどひどい服装じゃなかったと思うの」
 とか、
「服装の優劣は言うべきじゃないわ」
 というのは、「自分は意地悪だとは思われたくない」という意識からくる、自己防衛フレーズでしょう。
 自覚の無い意地悪ほど、敵に回したら恐いものはありません。まだまだ続く紫式部の意地悪エピソードを次回からご紹介していく中で、平安時代のお嬢様芸の恐ろしさ、というものを理解していただければと思います。
(注…文中における紫式部日記の現代語訳は筆者訳、それもかなりの意訳です) 

★がついた記事は無料会員限定

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!