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2004.05.01

vol.92

第5回 清少納言 その1

酒井 順子

第5回 清少納言 その1

 前回は、清少納言に対する紫式部の、歴史に残る痛烈な悪口をご紹介しました。では紫式部からあれほどまでに憎まれた清少納言とは、一体どのような意地悪さを持つ人であったのか。今回からは清少納言シリーズをお届けしていきたいと思います。
 以前も記しましたが、紫式部の意地悪というのは、「自分が意地悪だとは思ってない意地悪さ」です。対して清少納言の意地悪さとは、「自分が意地悪だということを理解している上での意地悪」なのです。
 その辺がよくわかるのは、たとえば「枕草子」の第五段。清少納言が仕えていた中宮定子が、出産のために平生昌という人の家に行った時のお話です。
 まず背景からざっと説明しておきましょう。定子というのは藤原道隆の娘であり、一条天皇の中宮。天皇の寵愛を一身に受けて夫婦仲はとても睦まじく、この時に懐妊されていたのは、一子・修子に次ぐ第二子。
 この時代(まぁ今でも出産ってそういうものではありますが)、出産の時には実家に戻ることが通例でした。が、この時定子には、帰る実家はなかったのです。父・道隆は既に病で死に、兄・伊周は道長(政権の座を狙う道隆の弟。伊周とは仲が悪かった)によって都から追放されたりして政治生命は危ういものとなり、あげくの果てに実家の二条邸は火事で焼失。戻る「家」だけでなく、戻る「家族」も、定子にはありませんでした。
 生昌は、中宮のお世話をする役割の「中宮職」という役所の役人でした。実家が無いので、定子は仕方なく生昌の家で出産をすることになったのです。
 さらには定子が生昌の家に移るこの日を狙って、道長は大勢の殿上人を率いて宇治の別荘に出向いたため、本来であればお供の者がたくさんついてくるはずの定子の行啓は、非常に寂しいものとなったことも、道長の底意地の悪さを表す例として、忘れてはならない逸話でしょう。
 定子にとって、決して心踊るわけでもホッとするわけでもなかった、この行啓。お供していた清少納言も、「私の大切な定子様が、どうしてこんなみじめな思いをせねばならんのかっ!」という心理状態であったに違いありません。
 その思いは、生昌邸に着いた時から、昂ぶりました。生昌邸では、定子様がいらっしゃるということで東門を造り変えたりしていたのですが、女房達が入った北門(通用門)は狭かったため、車を建物入り口に横付けすることができず、清少納言達はやむなく車を降りて建物まで歩く羽目になりました。この時代、貴族女性が歩くということ自体がはしたないとされていた上に、髪がボサボサなのを人に見られる女房もいて、
「いとにくく腹立たし」
 と、清少納言はムカッ腹。邸内で定子の御前に行ってから、
「中宮様をお迎えする家で、車が通れない門なんて、あるんでしょうかねぇっ。生昌が顔を出したら、嗤ってやりますっ!」
 と、いきなり生昌をコケにします。
 そこにタイミング悪く顔を出してしまったのが、当の生昌。清少納言は早速、

「ずいぶんと狭い門ですこと」
 とイヤミを言います。
「身のほどに合わせて作ったもので」
 とか何とか言い訳をする生昌に、
「中国の故事によれば、いつかは息子が出世するに違いないと、門だけを高く作った人もいるっていうのに」
 と、漢学の知識を動員して切り返す清少納言。生昌が何か言い返しても、清少納言の機知と教養によって言い負かされてしまい、生昌は逃げ戻るしかないのです。
 しかし生昌は、よほど懲りない性分の人と見えます。夜になって、清少納言が同僚の若い女房達と一緒に寝ていると、
「入ってもいいですかねぇ……」
 などと言いつつ、忍び込んでこようとするではありませんか。
「誰なの、あれ? 図々しい」
 などと女房達が言い合う声が聞こえてきたので生昌は、
「若い方がいるとは思わなかった」
 と、またもや退散。清少納言達は大笑いをします。
「『開ける』というのなら、最初から入ってくればいいのに。『入ってもいいですかねぇ』なんて案内を乞う人に、『どうぞ』なんて言うわけがないじゃないの」
 と、及び腰なのだか大胆なのだかよくわからない生昌を、清少納言はあざけるのでした。
 すっかり生昌を馬鹿にしきっている、清少納言。一緒に生昌邸に滞在している修子内親王の装束を新調するという時に生昌が、
「うわっぱりは、何色にしましょうか」
 とか、
「姫君の食器類は、普通の大きさでなく、ちいせぇものがいいでしょう」
 などと訛りを丸出しにして話すのがまた、可笑しくてたまらない。心の中で
「“うわっぱり”? “ちいせぇ”? 何語じゃそりゃ」と大笑いしつつ、
「それでこそ、“うわっぱり”を着た子供達も、お膳を運びやすいでしょうよ」
 と、おそらくは生昌には通じないであろうイヤミを言い返すのです。
 生昌の訛りは、備中つまり今で言う岡山辺りの訛りであったらしいのですが、都生まれの都育ちである清少納言には、都以外は全て辺境。なぜ訛りが抜けないような男の家に滞在せねばならんのだ……と、定子様をいたわしく思う気持ちが、さらに彼女の意地悪心を燃え上がらせるのでしょう。
 清少納言はもともと、田舎びた人や物が嫌いなタチの人なのでした。第二十二段では、「地方から来た手紙で土産物がついてないのは、興醒め! ま、京からの手紙でもそうだけど、面白い噂話とか出来事とかが書いてあるのだから、そっちは土産物がついてなくてもまだマシ」
 などという記述がある。つまり「田舎の話なんて面白くも何ともないのだから、せめて土産物でもつけて寄越せ」というわけです。 あくまで洗練された都会の文化を愛した、清少納言。しかし彼女が最も憎むのは、根っからの田舎者ではなく、洗練されているフリをしていても実は根が田舎者であるがためにボロが出てしまうような人なのです。田舎者らしい田舎者に対しては、
「都会に出てきたばかりの田舎者がぞんざいな口をきくのは、滑稽でむしろ結構」
 などと思っているのですから(第二百四十四段)。
 ということは清少納言が本当に嫌いなのは、生昌のような人であると言えましょう。一応は都で貴族をやっているのに訛りが抜けず、女性へのアプローチの仕方も、全くスマートではない。さらに言うならば生昌は、定子に仕えつつも、定子をいじめている張本人である道長側にすりよっていくような人間でもある。男気の強い清少納言からしてみたらそれこそ、
「“ちいせぇ”野郎だなぁ!」
 と言いたいような気分が募ったのではないでしょうか。
 対して定子様は、さすがに高貴なお方だけあります。生昌の訛りを馬鹿にしている清少納言に対して、
「まぁまぁ、普通の人間みたいに生昌をそう笑い者にしないで。とてもよく仕えてくれているじゃないの」
 と、たしなめるのです。
 ああ、これぞ真の“お嬢様性”でありましょう。生昌の家において、最もつらい思いをしていたのは、本当は定子のはずなのです。実家も後ろ盾も無くし、生昌のような者の家で出産をしなくてはならない自分。この三ヵ月後には、道長の娘である彰子が自分の夫である一条天皇に入内するということも、知っていたかもしれません。自分は、そして子供達の運命は……?という不安を抱えながらも定子は、生昌の悪口を清少納言と一緒になって言ったりはしないのです。
 歯に衣を着せない清少納言の存在は、そんな定子にとっては救いになっていたのかもしれません。誰かの悪口を言いたくても言うことはできないし、弱音を吐きたくても吐けない定子の立場。そのお側についている清少納言は、これ以上無いほど絶妙で的確なイヤミや悪口を、気持ちがいいほどにぽんぽん言ってくれる。
「まぁまぁ」
 と言いながらも、定子の心も少しは晴れたのではないかと、私は思うのです。
 実を言えば、この「大進生昌が家に」の段が書かれたのは、定子の死後なのです(定子は、第三子を産んだ直後、二十四歳で死去)。そのことを考えると、清少納言はほとんど供養感覚で、生昌に対する意地悪(イジメ?)の数々を記していたように思えるのです。彼女は、
「ええ、私は意地悪ですとも。だって私は、下品だったり田舎臭かったり知ったかぶりだったりズルかったりっていう人を見ると、その事実を本人にわからせてあげたくてたまらなくなるんですっ。文句あっか」
 という腹の座った自覚を持っていた。
 紫式部日記に記された清少納言の悪口を、清少納言本人が読んだかどとうかは、定かではありません。が、もし清少納言が読んでいたとしても、彼女は割と平然としていたのではないかと思うのです。
「まぁね、あれだけ意地悪なことを言ったりしたり書いたりしたんだから、お返しされるのもしょうがないんじゃないの? 元々リスク覚悟の行動でしたから、ええ」
 と。
 千年も残る筆誅を清少納言に与えた紫式部と、それに対する反論は残さずにフェイド・アウトした清少納言。さて平安女流文学界の両巨頭、どちらが上手なのかということは……、読む側の性格によって、意見の分かれるところでありましょう。 

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