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2004.05.15

vol.93

第6回 清少納言 その2

酒井 順子

第6回 清少納言 その2

 この世には、「ブス」という言葉に対して二種類の接し方をする人が、存在します。すなわち「りんご」とか「赤い」といった言葉と同等に「ブス」という言葉をも自然に使う人と、「ブス」という言葉に非常な忌避感を抱き、「言ってはいけない言葉」として認識している人と。
 ちなみに私は、当然ながら前者。ついつい自分のことは完全な棚に上げた上で、ブスのことはブスと言い、ついでにブス批判までしてしまう。
 そんな私の発言を聞いて、激しく驚く人も、いるのです。
「そんな……ブスなんて言葉、言っちゃっていいの?」
 と、戦時中に天皇批判をした人をとがめるかのような口調で、その手の人はアドバイスしてくださる。
 私は、「ブス」程度の言葉を口にすることにそんなに驚く人がいる、ということ自体に驚きます。その手の、「ブス」という単語を忌避する人自身がブスなのかというとそうではなく、むしろ十人並み以上の顔。それなのになぜ、「ブス」を避ける?
 そこで私は、理解するのです。「この人は、本当はとても強いブスに対する哀れみを持っているのだな。ブスを自分よりずっと下に見ているからこそ、『ブス』と口にすることすらできないのだ」と。その手の人は、「ブス」と平気で口に出す私のような者を「キツい人」と見なしますが、本当は彼女の方がよっぽど激しくブスのことをブスだと認識している。ブスの話をしないのは、「他人のことを、ブスだなんて思ったこともありません」というフリをしたいから、なのでしょう。
 清少納言は、この手の人のことを嫌います。何せ彼女は、「容姿なんて、イイ方がイイに決まってるじゃないねーぇ。自分がブスだってことを自覚していないブスほどイラつくものはないわねーぇ」というタイプの人だから。さらには人の悪口なんか言うのも大好きなのであって、いい人ぶって悪口を言わないような人のことは、「つまんないヤツ!」と思っている。
 彼女が容姿差別をする対象は、老若男女を問いません。
 たとえば、枕草子の「かたはらいたきもの」という段には、
「ブスな赤ちゃんを、それでも親は大切にし、可愛がって、赤ちゃんが言った言葉なんかを人に話したりする」
 のがかたはらいたい、としている。「かたはらいたし」というのは、今の意味と少し違って、漢字で書くと「傍ら痛し」。その場にいたたまれないようなイラつきを感じる、といった意味を持ちます。つまり彼女は、ブスな赤ちゃんを可愛がってる親を見ていると、「なんでそんなブスな子、可愛がってるのォー?」と、イラついてしょうがないのです。
 また「あぢきなきもの(困ったもの)」の段には、
「養女の、顔憎げなる。」
 という一文が。よりにもよってブスを養女にするこたぁないじゃないか、ということなのでしょう。
「親になったことがないから、親の愛というものを理解できないのでは?」
 と思われる方もいるかもしれません。が、彼女は出産経験を持つ、レッキとした人の親。さらに言えば子供が嫌いというわけでは全くなく、
「粗末な弓とか棒っきれみたいなものを振り上げて遊んでいる子供は、すごく可愛い。抱きとってみたくなるし、もらっていきたくもなってしまう」
 とか、
「何であっても、小さいものはみーんな可愛い!」
 などと書くほどに、実は子供好きではあるのです。
 が、枕草子をよく読んでみると「小さいものはみーんな可愛い!」というのは実は嘘。本当に好きなのは「容姿が可愛い子供」であることが、何となくわかってきます。
 たとえば「貴なるもの」という段では、
「すごく可愛い子供が、苺なんかを食べているの」
 が「貴」なのだ、としてある。また、「なまめかしきもの」の段では、
「きれいな女の子が、あまり堅苦しくない格好で、扇で顔を隠している姿」
 はちょっとイイわねぇ、という記述が。
 ここでのポイントは、清少納言が「すごく可愛い子供」とか「きれいな女の子」とかいちいち書いている、という部分です。もしも苺を食べているのが可愛くない子供だったら、清少納言は「貴、だわねぇ……」とは絶対に思わなかっただろうし、扇で顔を隠しているのがブス子だったとしたら、
「一生隠してる方がいいと思うわ」
 くらいのことは言いかねないような気がする。別の箇所には、
「見た目の良い子供は、もちろん『親はこの子を可愛がらないわけはない』と思われるものです。でも取り柄の無い子も、それはそれで可愛く思うらしいのは、親なればこそなのだろうなぁと、哀れに思う」
 などと書いてあったりするのを見ると、「子供こそ、顔」とハッキリ信じている彼女の性質を、知ることができるでしょう。
 容姿に対する容赦ない筆致は、子供以外にも向けられます。「卑しげなるもの」の段には、
「太ったお坊さん」
 と。「暑げなるもの」の段には、
「すごいデブで、髪が多い人」
 と。その他、
「ブス同士のカップルが昼間から一緒に寝るな!」
「痩せて色黒の人が薄い絹の単衣を着るのは見苦しい!」
「仏教イベントで説経するお坊さんは、顔がいい人に限る。ブス男のお坊さんでは、集中して説経が聞けないからダメ!」
 ……等々、「ブスをブスと言ってどこが悪い」とばかりの書きっぷりは、私のような者からすれば気持ちの良いほど。
 清少納言自身は、特に美人でもなければドブスでもない、という感じの容姿であったようです。だからこそ彼女は美人に憧れ、美人という存在に大きな価値を見いだしたのでしょう。
 同時に彼女は、美意識が非常に発達していた上に非常に素直な性質でした。さらには、男性的な視線をも持っていましたから、変に美人を嫉妬したりすることもなく、
「女は美しくてナンボ!」
 と、当たり前のように思っていた。
 ところが世の中においては、美人が必ずしも幸せになるわけではありません。美人なのに憂き目を見る人は平安の世も平成の世も、存在するもの。
 清少納言が美人に嫉妬するようなごく当たり前な女であったら、不幸な美人を見て「ふふん、いい気味!」と楽しむのでしょう。が、あいにく彼女は無類の美人好きなので、あくまで美人の肩を持つ。
「美人を捨てて、ブス女と住むような男は理解できない」
 とか、
「美人で気立ても良い妻が、きれいな字で歌を詠んで男の不実を恨む手紙をよこしたりするのに、男は適当に返事だけはするものの妻がいる家には寄りつかず、妻が嘆いているのを見捨てて他の女のところに行ったりするのには、あきれて腹が立って不愉快だけれど、当の男にしてみたら女の苦悩なんてわからないのでしょうねぇ」
 と、美人に同情を寄せるのです。
 ほんとほんと、男ってそうなのよねぇ……と同調してはみるものの、その後で私はまた、ハタと気付くのです。清少納言は、おそらく男に捨てられたのが「美人」だから、ムカッ腹をたてている。もし、ブスな妻を捨てて美人の浮気相手のところに行く男の話が題材になっていたとしたら、結論は「腹が立って不愉快」とはならず、
「まぁそれも世の中の道理というものです」
 などとシレッと書くに違いありません。
「男は理解できない」という意味のことを書こうとする時、凡百の女であれば、
「ブスでも心のきれいな女性の魅力を理解しようとしない男というものは、本当にしょうがない」
 みたいなことを書くはずなのです。ところが清少納言は、自分が美人ではないにもかかわらずそんなことは書かない。つくづくブスが嫌いだったのだな、と思うと同時に、「ブスも美人も同じ人間。容貌で差別してはいけません」という考えも、当時の世の中にはまだ普及していなかったのであろうなぁということが、理解できるのです。
 彼女が唯一、ブスを認めているのは「めでたき(=非常に素晴らしい)もの」の段においてです。
「学識ある博士(学者)は、『めでたし』などと言うもおろかというものでしょう。顔が悪かろうと官位が低かろうと、博士が高貴なお方の御前で進講したりしているのは、羨ましいし素晴らしいと思えます」
 としている。つまり、彼女にとって「ブス」というマイナスが帳消しになる条件とは、「豊かな学識」及び「高貴なお方に講義ができる」ということのみ。現代においても、確かに学者という職業は、変に容貌が良すぎない方が何となく「頭良さそう!」と信頼性が増したりするものです。
 清少納言はブス男の博士を眺めつつ、「もし私が男だったらなぁ」と、思っていたのかもしれません。彼女は非常に学識豊かな女性であったわけですが、当時は女性が漢字を書くことすら下品と言われかねない時代。
「男は外見が悪くても博士になって勉強を頑張ればいいけど、女で外見がイマイチな私みたいな人間は、いくら勉強を頑張っても、ねぇ……」
 という虚しさを、感じていたのではないか。
 しかし彼女は、きっと男ではなかったからこそ、その学識の吐き出し口として枕草子というエッセイを書くことができたのです。外見がイマイチなのも男ではなかったのも結果オーライというところなのではないかと、私としては思うのですが。 

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