毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2004.06.15

vol.95

第8回 清少納言 その4

酒井 順子

第8回 清少納言 その4

 清少納言のどんな所が好きか、と聞かれた時、私は手っ取りばやく、
「意地悪なところ」
 と答えることがあります。
 確かに「枕草子」の中には、ところどころに小意地悪な文章がちりばめられているのです。たとえば、
「ないがしろなるもの。
   女官どもの髪上げ姿。」
 という一文。「ないがしろ」とは無造作で雑でいい加減、みたい意味を持つ言葉であり、また「女官」とは、宮中で働く下っ端の女性のこと。身分がそう高くない女官達は、礼装をする時も安物の櫛などで飾って何だか貧乏臭いですよね……、みたいな意味の文なわけです。これを現代に置き換えるとしたら、「今日は合コン」という日に、気張って買ったと思われるが明らかに安手のニットなど着ている派遣の女の子を見て、正社員の女性が「ふん、貧乏臭い!」と思っているようなものか。
 また、「さかしき(漢字だと「賢しき」と書くが、小利口で生意気、といった意味を持つ)もの。」と題された段には、
「下種の家の女主人」
 とか、
「馬鹿なヤツ。それでも変に小利口だったりするから、本当に賢い人に対して教えがましくしたりする」
 といった記述が。
 「にくきもの」と題された段には、読んでいる方がスカッとするほど、「イラつく人間」の実例が並べられています。
「急ぎの用事がある時に来て、長居する客」
 とか、
「何のとりえも無いような人間が、にやにや笑いながら、ぺらぺら話しているの」
 とか、
「何でも羨ましがり、不満ばかり言い、他人の噂をし、ちょっとしたことでも興味を持って聞きたがり、そのことを話してやらない人を逆恨みしたりして、少し聞きかじったようなことは、まるで前から知っていたかのように誰かに語ってみせる人」
 とか、
「話をしている横から口をはさんで、話の先々をしゃべる人。でしゃばりは、子供も大人も、いとにくし!」
 とか、
「ちょっと遊びに来た子供を可愛がって、何かをあげたりしているうちに、癖になっていつも来るようになって、座り込んで道具や何かをちらかしたりするの」
 とか……。子供だろうと容赦はしない意地悪光線が、ここでは炸裂しています。
 この手の記述を読んだ時、人間が生来持っている意地悪性というものに自覚的でない人というのは、
「清少納言って何だか意地悪でこわーい」
 などと言うわけです。が、「紫式部」の回でも書いた通り、本当に意地悪な人というのは、自分が意地悪であることを自覚していない人。その手の人達というのは、清少納言的な人に対して、
「こわーい」
 などと言いつつ、なかなか帰らない客に対する陰口は激烈だし、馴れ馴れしく遊びにきてはちらかしていくような子供に対しても、
「子供って無邪気でいいわねぇ」
 などとその場ではニコニコしながら、
「全く、親はどういう教育をししてるのかしらねッ」
 という悪口を未来永劫、言いふらし続けたりするのです。
 清少納言のように、自分の意地悪性を理解している人というのは、意地悪な人というよりは、馬鹿がつくほど正直な人なのだと私は思います。保身に走る人であれば「私はそんなこと、思ってもいません」という顔をしてしまうような感情をもそのまま枕草子に綴る清少納言は、かなりの蛮勇を持つ人とも言えるのではないか。
 実際、彼女は本当に正直な人なのです。第二百四十四段では、人の言葉遣いについて記してあるのですが、彼女は言葉遣いがなっていない人に対して、容赦はしない。
「手紙の文章が失礼な人といったら、本当に嫌だ。世間をなめたように書き流す言葉遣いが、イラつく! それほどでもない人に馬鹿丁寧な文章で書くのもよくないことだけれど、でも失礼な手紙っていうのは、自分のところに来たのはもちろん、他人のところに来たのだって、腹が立つ!」
 と、まずは手紙の文章に対してひとくさり。さらには、
「田舎者がぞんざいな口をきくのはまぁ馬鹿なんだからしょうがない。けど、自分の主人に対して同じような口をきくのは、最悪!」
 とか、
「召し使ってる者達の敬語の使い方が間違っていて、イラつくったらない。『ございます』なんて言葉を使わせたいものだ!」
 とか、言いたい放題なのです。
 彼女は何せ正直者なので、言葉遣いの悪い人を見ると、
「どうしてあなたの言葉遣いはこう無礼なの」
 などと、注意せずにはいられなかったようです。すると、その場にいた人から、
「あなたはあんまりよく観察しすぎなのよ」
 なんて言われたりしたらしい。
 その言葉は、原文では、
「あまり、見そす」
 となるわけですが、しかし細かいところまで隅々に気がついてしまうという性質を持っていたからそ、清少納言は随筆を書く人となった。さらに言えば、
「あなた、その言葉遣いはどうなのよ」
 とつい言わずにいられない正直な人であるからこそ、枕草子はグッと面白くなったと言うこともできましょう。
「あまり、見そす」
 と言われた後、「そんな風に言われるのも、私が他人の言葉遣いを注意したりするのが、傍目には良くは見えないからなんでしょうねぇ」なんていうところまで理解しているところもまた、実に清少納言らしいのです。
 彼女がこのように言葉遣いに対してうるさく言うのは、身分制度の存在のせいも、あるのでしょう。はっきりとした身分の差が制度として存在していた、この時代。大きく分ければ、一握りの貴族の下には一般の人々つまりは「下種」がいたし、貴族の中でも身分の高低差は分かれていた。
 身分が下の者は、身分が高い者と話す時は敬語だの謙譲語だのを使わなければなりません。今よりずっと複雑な言語上のルールが、そこには存在していたのです。
 清少納言は教養のある女性でしたから、その複雑なルールをきちんと理解していました。だからこそ、他人の言葉遣いの間違いには敏感で、イライラすることも多かったのだと思います。
 貴族として一流とは言い難い家に生まれた彼女は、帝や中宮といった身分の高い人たちのことが大好きで、溢れるほどの尊敬の念を示していたのでした。もちろん、その時の言葉遣いはきちんとした敬語を使用していたことでしょう。
 同じようにして彼女は、下種のことは嫌っていました。
「下種の言葉って、必ず余計な文字数を使っているのよねー」
 と、言葉遣いの何たるかを知らない下種には、軽蔑の念を隠さない。身分の低い者は、ちゃんと身分の低い者として扱われねばならないとも思っていたので、
「若くてまぁいい感じの感じの男が、下種女の名前を気やすく呼ぶのは、すごくイラつく。たとえ名前を知っていても、『ナントカ』とかって、半分くらい憶えていない感じで呼ぶのがいいのに」
 という不満も、タレている。下種は下種の「分際」の中だけにおさまっているべき存在なのだという信念を、ここからは感じることができます。
 清少納言が嘆くのは、しかし身分の低い者の言葉遣いだけではありません。
「そんな筋合いでもないのに、老人や男性などが、わざと田舎びた言葉遣いをするのは、ムカつく」
 といった記述も、枕草子にはある。つまり、別にそんな言葉遣いをする必要性が全く無い都の貴族男性が、
「ナントカたべさ」
 なんて言ってみせるプレイにも、清少納言は腹を立てているのです。
 つまり彼女は、その身分に合わないことをしてしまう人のことが、好きではないのです。それは何も身分という問題に限ったことではなく、その時の自分の立場というものをわきまえないで行動する人に対して、彼女は常に腹を立てている。いつまでも帰らない客に対しては、
「客なら客として、迎える側の状況にも気を遣え」
 と言いたいのだし、ちょっと可愛がられたからといってしたい放題の子供に対しては、
「子供だからといってつけあがるな」
 と言いたくなる、わけです。
 自らの意地悪性に蓋をしている“意地悪カマトト”の人達にとっては、清少納言の行動や書きっぷりは、十二分に意地悪なものとして写ることでしょう。が、そうでない人にとってそれらは、
「そうそう。本当にその通り!」
 と、快哉を叫びたくなるもの。
 それを「意地悪」と思うか、「正直」と思うか。清少納言の性格をどう捉えるかによって、読み手の意地悪性が、判断されるように私は思うのです。 

★がついた記事は無料会員限定

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
朝礼ざんまい詳細・購入ページへ(Amazon)
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!