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2002.10.15

第10回 安息の地からの脱出

見城 徹

第10回 安息の地からの脱出

 20代の頃は、折り合いのつかない自分自身のエネルギーをいつも場末の酒場で吐き出していた。新宿ゴールデン街とは、当時の見城徹にとって「女のなかに入りきれなかった精液が全て店の壁に飛び散っている」そんな場所だった。4、5回に一度はかならず店の客と喧嘩になった。何をやっても満たされない。殴り合いにならないと気が済まない。新しく知り合った作家や、ひりついた関係がつづくミュージシャンたちと、朝の7時、8時まで酒を飲み交わし、2、3時間寝てまた会社に戻る。そんな毎日が五年以上もつづいた。いつ本を読み、いつ原稿を見ていたのか、いまではもうよく覚えていない――。

「当時から、僕は『角川だったらやりましょう』という作家とは、ぜったいに仕事をしなかった。もっと言えば、僕は、角川書店という看板が不利にしか働かない人たちとしか仕事をしなかったんです。先輩や同僚や上司が、どんなにアタックしても叶わなかった人だけと仕事をしてきた……」

 25歳の頃から約10年間、見城は週に2度ほどのペースでアンダーグランド系の芝居を見ていた。当時は、おそらくアンダーグランド系の劇団で見城の名を知らない人間はいなかった。つかこうへいや野田秀樹に初めて小説やエッセイを書かせたのも彼である。

「これは面白いと思った連中に肩入れするわけですよね。こんなに面白い芝居が知られていないのが悔しい。俺が世に広めたいと思い始める。そのために、あらゆる協力を惜しまなかった。そうやってアンダーグラウンドから出ていった連中が、どんどん有名になっていくわけです。彼らの芝居の動員がどんどん増えて行く。そのプロセスを見るのも心地よかったし、そんな連中との仕事はすべて角川の売上げにつながった。コンサートも同じだった。これはと思ったら、新人の頃から入り込んで行く。誰も眼をつけていない人間を大きくする。こいつといっしょに走りたいと思って、会社に内緒で事務所を作ったりもする。無名のものを見つけ、それを大きくして、初めて編集者だと言える。そう思ってずっとやってきたんですよ、僕は」

 やがて角川書店のなかで、見城の地位も上がっていく。35歳を過ぎた頃からだった。次第に、見城自身、「雨が降ると面倒くさいと感じたり、コンサートや芝居よりも女との食事の約束のほうを取る」ようになっていく。ひりついた関係の作家と会う機会も自然に減っていく。週に二度の芝居小屋通いも、気がつけばひと月に一度も行かなくなってしまっている。この時期に、ふと振り返ると、仕事の現場から離れ、編集者としての情熱すら薄らいでいく自分に気づく瞬間があった。それを否定しようとする自分はいる。だが、否定しなくてもいい環境ができあがってしまっている。42歳のとき、「角川コカイン事件」を機に退職するまで、約7年間、見城は辞表を抱えながら仕事をしていた。

「角川という仮住まいの家に住まわせてもらっているんだけど、このままじゃ自分がダメになってしまう、腐ってしまうと思ったんです。ゼロから始めたい。その気持ちだけで常に辞表を胸のポケットに入れていた。社長室の前に行き、辞表を出そうと思う。しかし、どうしても出せない。角川書店という家を捨てることは、どこかで社長の角川春樹に対する裏切りになる。角川春樹という人は、入社以来、最も愛情を注いだ人だったし、最も尊敬できる人でもあった。コンコンと社長室のドアをたたいた瞬間に、辞表を出せない自分がいるんです。角川春樹が悲しんだり、動揺したり、俺を引きとめたりする姿を見ることはできないと思った。35歳くらいから辞めるまでの7年間は、辞めたい、でも辞められない、その繰り返しでしたよ」

 見城は、常に最年少で社の新しいポストに就いた。毎年一番の稼ぎ頭だった彼は、最年少で取締役にもなった。しかし、取締役編集部長のポストが与えられる直前にも、いつ辞表を渡そうかと迷っていた。そのまま社に残っていれば、45、6歳の若さで副社長のポストまで上り詰めたはずだ。そんな折、「角川コカイン事件」が起きる。角川春樹は逮捕され、失脚した。役員として、見城自身、角川春樹の社長辞任要求に賛成票を投じ、そして自らも社を去った。

「結局、僕にとって17年間過ごした仮の宿は、角川春樹という人間一人によっていたということだったんです。だから辞めるときは、とてもクリアーだった。雲ひとつない青空を感じた。辞めても何のあてもなかったのに、あんなに清々しく感じたことはない。それは、角川春樹の呪縛から逃れたということでもあったのかもしれない……」

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