男と青年は、復帰アルバムを作るにあたり、その再起にふさわしいタイトル『誕生 BIRTH』をもって市場に殴り込みをかけた。4年間の沈黙のなかで眠っていたものが、ダムが決壊したように2枚組のアルバムのなかですべて噴出した。ほとばしるように音を作り、詩を書くときだけが唯一青年が救われる瞬間ではないかと男は感じていた。
 青年には、頼れる人間がほとんどいなくなっていた。事務所のアルバイトの人間が郵便局にまとまった封書を出しに行くときにも、青年は同行した。「そんなのアルバイトに任せておけばいいじゃないか」と男が言うと、「郵便切手代を誤魔化すかもしれない」そう真顔で答えた。そんなとき男は、裏切られつづけた青年の哀しい歴史を見た気がした。
「みんな上手いこと言って結局は自分を騙したという被害妄想だけがどんどん膨らんでいく。自分に接触する人は全員自分を騙すってね。彼は『BIRTH』を作りながら、その道をどんどん走った。とにかくスタジオの中で暴れたり、バックミュージシャンと大喧嘩したり、それが毎日ですよ。スタジオを出ていきなり自動販売機に殴りかかって拳を血だらけにしたりね。そうやって『BIRTH』はできていった。そういう中で俺たちは、このアルバムが1位をとらなければ意味がないとお互いに復活を約束しあった。そして発表の2、3日前にオリコン1位が判ったときには、二人で抱き合って泣いたね。俺だってほとんど尾崎としか関わっていない日々だったから、他のアーティストや他の作家のことはおろそかにしていたんですよ。でも、それでいいと思っていた。そして約束通り1位になった。筆舌に尽くしがたい感動だよ。尾崎に震えながら電話したら、彼も電話口で震えている。はっきり息遣いでわかるんだよね。<下のバーで待っている>と告げるとやがてホテルの部屋から尾崎が降りてくる。バーから見えるんです、エレベーターが。彼がバーに入ってくる。入ってくるなり泣いて俺に抱きつく。俺も彼を抱きしめて無言で喜び合う。復活を実感しながら……。それからしばらくして『BIRTH』のツアーが始まるわけですよ」
 四〇数本という復活ライブ・ツアーが始まった。すると青年は男にこういう要求を突きつけてきた。「全部、来てくれ」と。リハーサルが終わる前に会場を出て帰宅すれば、翌朝にこんな電話が入る。「見城さん、あなたとはもう仕事ができないかも知れない」と。

「それは彼の、自分だけを愛してくれという甘えだと思うから、こっちもガマンする。連載もあるから、止めるわけにはいかないじゃないですか。今さらというのもあるし、それにやっぱり彼には1位を獲るだけの底力があるわけで、こっちとしても商売を考えたって今別れるわけにはいかないと思ったんだよね……。本来は、復活劇がなった時点できれいに撤退しているのが俺は一番美しいと思うんだけど、尾崎の場合はそれができない状況になっていた。横浜アリーナで4日間ライブをやって、次は大阪へ行くわけですよ。俺も当然行くんだけど、どうしても仕事の都合で二日目に帰らなくてはならない。会社に戻って、席に着いた瞬間に尾崎からの電話が鳴るんです。電話に出ると、<どうして帰ったんだ>と言う。<俺は見城さんの愛情が俺ひとりに向くまで、もう1回俺に向くまで、『黄昏ゆく街で』の連載を書かない>とね。その連載は、あと1回で最終回だったんですよ。ところが、書かないっていうんだよ。<最終回を人質にとります>と言ってガチャンと切るわけ。結局、連載は途中で終わるわけだけど……。そういうことの連続ですよ。コンサート後の打ち上げなんかでも、店にあったギターを叩き割ったり、イスを投げたり、一緒にやっているツアーミュージシャンたちも、終いにはやってられないわけですよ。できるだけ早く帰りたいとみんなが思っていた。何を見ても、尾崎が破滅に向かって走っているのが分かる。彼はそのままの精神状態で、復活第2弾の『放熱への証』の制作に入っていきましたね……。尾崎豊って、自分がこの人とは切り結んだと思えた人に対しては猛烈にワガママ。猛烈に自分勝手なんですよ。ところが、初めて会った人に対してはもう、ウソみたいに低姿勢なんです。たとえば、<あ、どうも尾崎です。どうもありがとうございます>なんて言いながらインタビューが始まる。で、そのうちに自分がこの野郎許せないと思い始めると、その場でテーブルを全部ひっくり返して終わりにする。常に尾崎には、軒先で傷ついた羽を休めながら小刻みに震えている繊細な自分と、一度切れるとどんなものにも殴りかかり食いついていく凶暴で獰猛な異物を背負った自分がいた。それが交互に現れる。傷ついた羽を休めながら小刻みに震えている尾崎というのも、また逆の意味でどうしようもなく相手を拒絶している。どっちにしても彼が心休まる場所なんか、ほとんどない。陰の部分も陽の部分も、静の部分も動の部分も常に相手を拒絶している。信じられないわけですよ、相手を。善意にとれないわけですよ、すべてを。『放熱への証』を作っていく過程で、デビュー以来連れ添った音楽プロデューサーになんくせをつけて訣別する。今度は、長年、常に味方でいてくれたアート・ディレクターに対しても、ジャケット写真のことで絡んで、サングラスをかけたままチンピラみたいな台詞を吐いて、全部ゼロにしちゃうわけ。最後には俺にもつっかかってきたんです。こっちもギリギリの所でやってるから、地獄の道行きはこれくらいにしたいと半分は思っていたわけで、それを彼は分かるから、ますます逆に出てくるわけだよね。見城さん俺を見放さないで、という方向には出ないんです。攻撃に出てくる。だから俺も耐えきれずに<お前とは二度と付き合わない>という形で訣別した……。その3人を失くした時点で、彼には信用できる人は誰もいなくなったんですよ。その3人が最期の砦。バックミュージシャンも次々と変わる。事務所の副社長も次々に変わっていく。そのうちお母さんが急死する……。3人もいなくなった。そういう中で彼は何を思ったかというと、自分が死ぬ、そのパフォーマンスを見せれば3人が戻ってきてくれると思ったんだよ。俺はそう思う。意識が混濁した中でそう思いながら、本当に死んじゃったんだよね」

 

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