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特別企画

2014.02.04 公開 ツイート

加藤ミリヤ恋愛小説集『神様』収録作
「ピンクトライアングル」試し読み 加藤ミリヤ

1月29日に発売された、シンガーソングライター加藤ミリヤさんの3作目となる小説作品『神様』。
帯には“埋まらないさみしさに寄り添う恋愛小説集”とあり、装丁はパープルがかったピンクの背景に“恋の矢が刺さって死んでしまっている天使”が描かれ、ロマンティックなムードが漂う。
けれどページをめくって最初の1行を見てみると、そこには「ファック、ファック、ファック、ファック……」と刺激的な文字の羅列が。
短編集の冒頭を飾る「ピンクトライアングル」は、文章を追うだけで歌ってしまいそうなくらい、リズミカルに物語の幕を開ける。

 

 ファック、ファック、ファック、ファック、ファック、ファック、ファック、ファック、ファックユー、ユー、ファックミー。

 あたしの自慢の小部屋もこうなってしまえば宝の持ち腐れ。どんなものでも使ってないと埃(ほこり)がかぶるから、それと同じ。埃かぶってるどころかもう既(すで)に蜘蛛(くも)の巣まで張ってるかも知れない。君だけに捧げるためにずっとぴかぴかに磨いて傷ひとつつかないようにしてきたあたしのたいせつな小部屋。
 粘膜のようなでこぼこの壁に包まれた、とてもきれいな薄いピンク色の小部屋なんだよ。まだ誰にも見せたことはないんだけど、あたしは絶対に君だけに見せたいんだよ。いつからか、どこかから隙間風(すきまかぜ)が入ってくるようになった。それはとても冷たくて、身体の芯から冷えるくらいで凍えて死んでしまいそうになる。君はこの小部屋に遊びに来たいと思ったことがあるのかな。あたしは知りたいんだよ。君があたしの小部屋に来た時に、ここがどんな空気に変わるのか。あたしにはわかるんだよ。君が薄いピンク色の小部屋に来てくれたら、やっとほんとうに二人の心がひとつになれることを。

 だからそれが叶わないってわかった時、あたしは生まれながらにしてこの小部屋をお母さんから貰って、自分の身体の成長とともに少しずつ自分の空間にしてきたことが何の意味もなかったってことを知って絶望した。君はこの部屋への入り方を知っているのに、あいにく鍵を持ってない。ドアもノックできないんだって。

『ロンリーハーツ』という可愛らしい名前を自分につけ、外国の女の子の絵を描くことを仕事にしている君。セクシーなロリータばかり描いているから、あたしはてっきり描いてる人もさぞかし可愛い女の子なんだろうなと、勝手に推測していた。でも、男の人がこの可愛い絵を描いていると知ったら、もっと君の絵が好きになった。
 なんで自分にロンリーハーツっていう名前をつけたのかな。寂しがりやさん。ロンリーハーツはあたしの彼氏。しつこくあとを付け回してたらあたしと付き合ってくれることになった。
「ロンリーハーツって名前、可愛い」
 あたしはいつも彼を褒める。褒めてばかりいる。いつも右の口角が上がって、喜んでるのがわかる。あたしはそれを見たくて何度も褒める。おだてるみたいに褒めるのがくせになった。
「それ褒めてくれるの、たぶん22回目くらいだよ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「なんでロンリーハーツなの?」
「ひみつ」
「いつも教えてくれないじゃん」
「理由なんてないんだよ」
「ねえ」
「どうしたの」
「あたしのこと好き?」
「うん」
「ならいいよ」
「なにがいいの?」
 なにがいいんだろう。

 君がいつまでも来ないから、仕方なく深夜1時頃に一人で薄いピンクの小部屋に行ってみたら、やっぱり君のことを想った。ロンリーハーツ。今頃ひとり自分のベッドですやすや眠ってるんだろう。柔らかい壁に触ってみたら、あたしの赤い爪が長く伸びていることに気がついて、ぞわっとした後で胸がひりっと痛んだ。でも暫(しばら)く小部屋にいると、気分がよくなってくる。すっごく気持ちがよくなって気分が高まってくる。盛り上がったその瞬間、ほんのすこしだけ嫌なことを忘れられた。だけどその後にすぐに哀(かな)しみが込み上げる。最初から小部屋なんか、欲しくなかったのに。
 ベッドに寝転んでいる。この部屋に君は来ないから。ふてくされている間に、突然に黙ってノックもせずに君があたしの小部屋に侵入してきてくれたらいいのに。
 あたしは君に裸を見せたい。部屋の灯(あか)りをいっぱいにして、この脚を大きく君に向かって広げてみせたい。これを野卑だとは言わないで。肌と肌を触れ合わせてこの世の絶頂を感じたら天国にいけるんだよ。君にとっての天国こそ、あたしのピンクの小部屋なんだよ。


性的不能の彼氏との愛を願う女の子、彼女のことが好きだけれど親友といることに安らぎを覚える男の子、恋する相手に“親友”と言われ奈落の底に落ちるゲイの男の子。
“ロンリーハーツ”は“彼女”を“親友”に紹介したいと言い、3人の秘めた想いはいびつな三角形を浮かび上がらせる。
短編集『神様』には、「ピンクトライアングル」「シナモン・シュガー」「今夜一枚残らず脱ぐ準備をしている」「羽のない天使、空を飛ぶ王子。」「神様」の5作品を収録。

 

Lonely Hearts Music Video

 

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加藤ミリヤ

1988年6月生まれ。シンガーソングライター。14歳から作詞・作曲を始める。2011年9月、初めての小説『生まれたままの私を』(幻冬舎)を発表、ベストセラーに。音楽活動のかたわら執筆を続け、最新作『神様』が三作目となる。他の著書に長編小説『UGLY』(幻冬舎)、文庫版『生まれたままの私を』(幻冬舎文庫)がある。

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