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2002.04.01

2002年4月1日 だらしなマンション購入記 第2回

藤田 香織

2002年4月1日 だらしなマンション購入記 第2回

◎その気にさせないで <気がつけば申し込み宣言>

「買います!」
 と高らかに宣言した私を目の前に、担当の松竹さんは明らかに一瞬「え!?」という表情を浮かべた。
 そりゃそうだろう。フラっと自転車でやってきて(しかも裸足で)、「これ買うわ~」と私が言ってる品物は、120円の大根じゃないのだ。
 3700万のマンションなのだ。
 昔、飲み屋でバイトしていたときに、ヤナセで働いているお客さんがいて
「今日店の近くで事故あってさー、車おしゃかにしたおばさんが店に来て、これ頂くわ~っつって1300万のヤツ(ベンツですな)買ってたよー。いつもこんなんだと楽なんだけどねー」と言うのを聞いたことがあるが、それよりまだ2400万も高いのだ。
 どこぞのマダムか、私は。
 買物女王・中村うさぎ氏でさえ、マンションの衝動買いは危うく思いとどまったと読んだ記憶があるというのに……。 

 ともあれ、松竹さんに「買いたいと思うんですが、具体的にはどうしたらいいですか?」
 と聞くと、「こちらの物件は先着順申込受付物件となっておりますので、申込金をお支払い頂いて、売買契約が終了した時点で、お部屋の確保が保証されることになります」との答えが返ってきた。
「申込金っていくらなんでしょうか」
「こちらのお部屋タイプになりますと、物件価格が3670万円ですから……158万円になります」
「それって、例えば仮抑えみたいなことってできないんですか?」
「そうですね、例えば明日の朝一番でご契約いただく、というのであれば、今日はもうこの時間ですし、上と相談しましてなんとかブロックすることも可能かと思いますが、なにぶん明日は日曜日ですので……」
「明日中押さえるのは難しいと」
「申し訳ございませんが……」
「なるほど……で、このモデルルームタイプはあと一部屋しか残ってないんですよね?」
「ええ」
「つまりそれは、明日になると売れてしまう可能性が高い?」
「まぁそれは何とも言えませんが。可能性はあると思います」
「うーん……」
 このとき私が何を悩んでいたかと言うと、マンションを買うかどうか、ではなく、どうしたら今日契約できるか、ということだった。マンションを買うということに迷いはなかった(迷えよ少しは!)のだが、何しろ契約しようにも、158万の現金どころか、印鑑も、財布すら持っていなかったのだ。
さらにさらに、私はこのとき、暢気にも「明日は昼からテニスだしなぁ。午前中ここまでまた自転車で来るのはツライなぁ」と思っていたのだ。暢気と言うより能天気である。
 とにかく、しょうがないので、正直に松竹さんに打ち明けてみた。
「すみません、手付金はコンビニのCD機でおろせばいいと思うんですけど、私そのキャッシュカードが入ってる財布を持って来てないんです。あと、印鑑も。で、ここまで自転車で来たので、今から家に戻ってまた今日中に出直してくるのはちょっとシンドイなぁと思ってて」
 と、松竹さんは、人のいい笑顔をますますくしゃくしゃにさせて、
「そんなことでしたら、私がご自宅までお送りさせて頂きます!」と言うではないか!
(私が松竹さんの立場でも、間違いなくそう言うだろうけど)
「失礼ですが、お申込金の方は、ご自宅に現金のご用意がおありになるのでしょうか」
「いえ、それはコンビニでおろせばいいかな、と」
「そうですか。ではコンビニにも寄りましょう! こちらのモデルルームの営業は8時までですが、これからご契約、ということであれば、もちろんお時間の方は大丈夫ですので」
(私が販売所長の立場でも、間違いなくそうするだろうけど)
 かくして私は松竹さんの車に乗せられ家に戻り、ハンコとデジカメを用意しつつ、片手でテレフォンバンキングに電話し、口座間で預金を調整し、近所のローソンへ行き、一回につき引き出し限度額が10万円のCD機を16回操作し、158万を下ろし、再び運命のモデルルームに戻った。
 160枚の1万円冊を手づかみにするのも初めてだったし、16回連続でCD機を操作するのだって初めてだ。その待ち時間は結構長く、「今ここでコンビニ強盗が来たらどうしよう!」とか「このCD機のお金全部引き出しちゃったらどうなるんだろう」などと、あれこれと心を乱していたことを覚えている。
 そんな心配をするぐらいなら、もっと根本的な心配をしろ! と今なら強く激しく思うのだけど。

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