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脳内麻薬

2018.12.12 公開 ツイート

太りやすい人は、脳内物質が人より少ない? 中野信子

セックス、ギャンブル、アルコール、オンラインゲーム……人間はなぜ、これらをやめることができないのか? 鍵を握るのが、脳内物質「ドーパミン」だ。テレビなどでもおなじみの脳科学者、中野信子先生の『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』は、そんな不思議な脳のしくみに迫った一冊。ドーパミンの働きから、そのコントロール法まで、知的好奇心をくすぐる本書の一部を公開します。

食欲をコントロールする脳内物質

 肥満しやすいラットの側坐核を測定したところ、放出されるドーパミンの量が少ないことがわかりました。この傾向はそのラットの子の代でも同じであり、遺伝することがわかっています。つまり肥満体質のラットはドーパミンの出が悪いので十分な量になるまで食べ続けるのでしょう。

iStock.com/Tomwang112

 人間の体重は、後天的な要素(育った環境など)にかなり影響を受けます。ただし、仮に後天的な要素に変わりがなければ、その8割が遺伝子によって左右されます。ただ、遺伝といっても、体重を決める遺伝子は一つではありません。多くの遺伝子が相互作用することで決まると考えられています。

 食事中に脳をスキャンしてドーパミン放出量をモニターしてみると、食事中にはドーパミンの量が増え、しかもその量は食事のメニューによって変化しています

 さらに、空腹の人が最初の一口を食べるときに、ドーパミンの量が最大になり、食事が進むにつれて減っていくこともわかりました。

 また脳内のドーパミンの量を薬によって増やすと人の食欲は減り、ドーパミン量を減らすと食欲は増します。やはり人の食欲は報酬系によってコントロールされているのです。

 次に、肥満体型の人と痩せた人のドーパミン受容体の数を調べてみると、肥満体型の人のほうが少なくなっています。また、肥満した人と痩せた人がミルクセーキを飲んだときについても調べてみると、肥満した人のほうのドーパミンそのものも、少なくなっていたのです。

 この傾向を持つ人の多くは、ドーパミン受容体の一つであるD2という受容体を作る遺伝子が、ある変異型になっていて、ドーパミン受容体が少ないことがわかっています。

 つまり、肥満の人はドーパミンの放出量が少なく、しかも受容体も少ないために、ドーパミンの刺激がいつも少ない状態=いつも満足できない状態にあるのです。そして、ドーパミンが満足できる量になるまで食べ物を食べると、カロリーの取りすぎになってしまうから太るのだ、ということになります。

肥満の原因がわかってきた

 しかし、もともとドーパミンの量が少ないのに、どうやってその人は食べることの快感を覚えたのでしょうか?

iStock.com/monsitj

 これは「ご褒美」としての快楽物質の本質に関わる問題です。つまりご褒美が少ないとそもそもやる気が出ない。しかし多すぎると少ししか働かないという矛盾です。

 人の脳はこの矛盾を巧妙な方法で解決しています。肥満の人の脳の活動を注意深く見ると、ミルクセーキを飲む前や、まさに飲もうとするときに報酬系が大きく活動しているのです。

 つまりこの人の脳は、眼前に大きな報酬をちらつかされながら、実際に飲むという行動をとったときには少しのご褒美しかもらえないのです。なんと残酷なのでしょう。

 ドーパミン受容体の少ない人は肥満傾向だけではなく、ほかの依存症にもかかりやすいことがわかっています。このことには、実は、同じ「見かけ倒しのご褒美」システムが関係しているのです。

 過食の起こるしくみがドーパミンの分泌異常だとすると、そうなる原因はなんなのでしょうか。

 それは、おもにストレスだと考えられています。特に、過食症の場合は「美しく見られたい」「痩せないといけない」という強迫観念がストレスとなることが多いようです。そのような人が極端なダイエットを行うと、過食を誘発しやすいのです。

 このことは第二次世界大戦中にアメリカ軍がミネソタ大学に依頼した有名な実験で明らかになりました。その実験は、被験者の健康な若者36人を、半年間の食事制限(カロリーを半分にする)で飢餓状態にした後に、食事制限を解く、というものです。

 食事制限中に、被験者たちはイライラや抑うつをはじめとする精神病的症状を示しました。なんと、残飯あさりや食品の窃盗など、それまで見られなかったような行動をとる被験者もいました。

 食事制限解除後、彼らは飢餓状態から来るストレスの解消に最長5ヶ月かかり、その間はコントロール不能の過食や食べ物への極端な執着を示したといいます。

 動物実験でも、ストレスを与えられた動物は、食事の量が増えたり糖や脂肪分の多い食事を好んだりするようになることがわかっています。そのしくみは次のようなものです。

 まず間脳視床下部がCRH(満腹ホルモン)を出し、脳下垂体がそれを受け取ります。そこから副腎皮質刺激ホルモンが放出され、全身に広がりその刺激を受けた副腎からコルチコステロンというホルモンが分泌されます。

 この物質が脳に戻ってきて脳のストレス反応を引き起こします。このストレス反応の中には、報酬系に変化を起こすものがあり、それが原因で摂食障害が起こっていくのです。

 

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』をご覧ください。

関連書籍

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中野信子 脳科学者

一九七五年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。現在、東日本国際大学教授。著書に『脳内麻薬』、『ヒトは「いじめ」をやめられない』『サイコパス』などがある。テレビ番組のコメンテーターとしても活動中。

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