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脳内麻薬

2018.12.11 公開 ツイート

お酒がやめられないのは「脳内麻薬」のせいだった! 中野信子

セックス、ギャンブル、アルコール、オンラインゲーム……人間はなぜ、これらをやめることができないのか? 鍵を握るのが、脳内物質「ドーパミン」だ。テレビなどでもおなじみの脳科学者、中野信子先生の『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』は、そんな不思議な脳のしくみに迫った一冊。ドーパミンの働きから、そのコントロール法まで、知的好奇心をくすぐる本書の一部を公開します。

「アルコール依存症」の恐怖

 日本のアルコール依存症は230万人とも300万人ともいわれていますが、その中で入院して治療を受けているのは年間1万数千人にすぎません。つまりほとんどの依存症患者が何の治療も受けていないのです。

iStock.com/Studio_Serge_Aubert

 アルコール依存症は、その依存対象が麻薬や覚醒剤のように法律で規制されていないだけであって、薬物依存の一種であり、患者数から見て最大の依存症なのです。

 この病気は「慢性(一度かかると治りにくい)」で「進行性(症状が次第に重篤になる)」の疾患であって、一度かかると完治することがほとんどなく、時には死を招くこともあります

 また、人格の変化を伴いますから家族や周囲の人々に強いストレスを与えます。治療には長期間の断酒が必要で、一見正常に回復したとしても一度の再飲酒ですぐに再発してしまう病気なのです。

 アルコールすなわちエタノールの直接の作用は中枢神経に対する抑制作用です。神経の働きを弱くするわけです。なぜアルコールで酔っ払って暴れる人が多いかというと、抑制性の神経に対して抑制作用が起こるからです。つまり、アルコールは、脳のブレーキの働きをゆるめてしまうのです。

 お酒を飲み始めて、血中のアルコール濃度が少しずつ上がると、衝動的な行為や、感情の抑制が利かなくなっていきます。このときうっかり、気になっている異性に過剰にベタベタしてしまったり、普段抱えているうっぷんを、上司に面と向かって言い放ってしまったりすることがあります。この時期の状態を発揚期といいます。

 やがてもう少し濃度が上がると、意識や運動をコントロールしている神経も抑制され、刺激に対して反応しにくくなります。これを酩酊期といいます。

 さらに濃度が上がると呼吸を含めた生命維持活動までが抑制され、ひどい場合には死に至ります(昏睡期)。

遺伝子が大きく関係していた

 さて、この説明では、アルコールが脳の機能を麻痺させる、麻酔に似たような作用を持っていることはわかりますが、なぜ極端な依存症を引き起こしやすいのかについてはわかりませんね。

iStock.com/Pablo_K

 ジュース、紅茶、コーヒーなど、ほかにも美味しい飲み物はたくさんあります。産地名の付いた名産品や、高価な贈答品などとして売られているものもあり、中にはお酒より高価なものもあるようです。しかし紅茶やジュースの依存症というのはあまり聞きません。

 お酒にも「美味しさ」があり、ワインや日本酒などの銘柄にうるさい人はたくさんいます。またビールなどでは「喉越し」の快感を訴える人も多いですね。

 しかし、美味しいお酒ほど依存症になりやすいかというと、そうではありません。アルコールが依存症を招く原因は、味のせいではなく、アルコールという物質そのものの働きにあります

 実は、アルコールは味や喉越しを通して快感を与えるだけではなく、報酬系をじかに活動させるのです。

 報酬系が活性化されると、ヒトが快感を覚えることはすでに述べた通りですが、前述したようにこの報酬系には、普段、GABA神経というブレーキが掛かっています。

 アルコールには、このGABAを分泌するGABA神経を抑制する働きがあるのです。

 つまりアルコールがほかの飲み物に比べて特に好まれるのは、味がいいからではなく「ご褒美」のブレーキを弱らせて、ドーパミンをたっぷり分泌させるからなのです。

 ところで、アルコールには強い人と弱い人がいます。それはアルコールを処理する酵素を持っているか持っていないかの違いです。日本人の45パーセントほどが遺伝的にアルコールに弱く、ほとんど受け付けない人もいます。

 それでは、アルコール依存症にもなりやすい人となりにくい人がいるのでしょうか。

 最近、RASGRF2という遺伝子が、アルコールによるドーパミンの放出をコントロールしていることがわかってきました。

 マウスの実験では、この遺伝子がないマウスはアルコールが切れても再度求めることはありませんでした。

 またヒトの少年の例では、RASGRF2に変異がある少年はそうでない少年より、習慣的に飲酒をしているという事実が明らかになりました。今後、この遺伝子はアルコール依存症になりやすい遺伝子として研究が続けられていくでしょう。

 

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』をご覧ください。

関連書籍

中野信子『脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』

セックス、ギャンブル、アルコール、オンラインゲーム--人間はなぜ、これらをやめることができないのか。それは中脳から放出される“脳内麻薬”ドーパミンが「快感」を司る脳の各部位を巧みに刺激しているからである。コカインや覚醒剤はこの脳内回路「報酬系」を誤動作させて過剰な快楽を与え、依存症を招くものだ。だがこのドーパミンは他人に褒められたり、難易度の高い目標を達成するなど、「真っ当な喜び」を感じる時にも大量に放出されている。なぜ人間の脳はこんなしくみになっているのか。話題の美人脳科学者が人体の深遠なる謎に迫る。

二村ヒトシ/アルテイシア/仲俣暁生/中野信子『恋愛で暴走しないための技術』

「恋は盲目」とはいえ、「好き」という感情をコントロールできずに、暴走した苦い経験は誰しもあるでしょう。 そんな失敗が必要な時期もあります。 しかし、好きなゆえに、暴走して終わり、ではあまりにも悲しい――。 本書は、現代の男女の機微に精通するAV監督の二村ヒトシさんが、三人の恋愛賢者たちとさまざまな角度からその秘訣を探ります。

中野信子『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』

「シャーデンフロイデ」とは、他人を引きずり下ろしたときに生まれる快感のこと。成功者のちょっとした失敗をネット上で糾弾し、喜びに浸る。実はこの行動の根幹には、脳内物質「オキシトシン」が深く関わっている。オキシトシンは、母子間など、人と人との愛着を形成するために欠かせない脳内ホルモンだが、最新の研究では「妬み」感情も高めてしまうことがわかってきた。なぜ人間は一見、非生産的に思える「妬み」という感情を他人に覚え、その不幸を喜ぶのか。現代社会が抱える病理の象徴「シャーデンフロイデ」の正体を解き明かす。

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中野信子 脳科学者

一九七五年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。現在、東日本国際大学教授。著書に『脳内麻薬』、『ヒトは「いじめ」をやめられない』『サイコパス』などがある。テレビ番組のコメンテーターとしても活動中。

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