「長く付き合う秘訣は、相手を変えようと思わないこと」。

 

 

 タイムラインには、今日もいいことが書かれている。余裕がある時は、わたしだってそう思える。心の距離が離れていれば「みんなちがって、みんないい」と微笑んでもいられる。けれど真剣に向き合えば向き合うほど、理解できない出来事は増える。絶望的な気持ちに満ちている時。些細なことが気になって、苦しくなってしまった時。「どうしてこうなんだろう」と思わずにはいられない。

 

 

「変わってよ!」というほど子どもではないが、「変わらない」ということを覚悟できるほど大人でもない。そして、それ以上に厄介なのが、「かといって嫌いにもならない」ということだ。本当に離れたいくらい嫌なことが起こればまだ楽なものだ。一緒にいるつもりの人に文句を言いつづけたところで、明るい道は待っていない。もう受け入れるしか、道は無い。

 

 

 

 深夜0時を回ったころ、冷たくなった夜の中で自転車を引き出した。

 

 

 最寄り駅の自転車置き場は、日が高いうちはいつも満車だ。それも、前に大きなカゴ、後ろには子ども用の大きな椅子を携えている、根を張った木のようにどっしりとした物ばかり。けれど仕事を終えて帰ってくると、それらはすっかり無くなって、カゴすら付いていないシュッとシャープな自転車だけが残る。わたしは、漕ぐのに非常に力がいる小さな水色の自転車にまたがった。

 

 

 風で煽られるスカートを押さえながら漕ぎ出すと、冷気が火照っていた頭をゆっくりと冷やしてくれる。夜のなかで、「苛立ち」が熱を失い、やがて「落ち込み」へと変化していく。

 

 

「うまくいかない」

 ぶつぶつとつぶやいた。

 

 

「なんか、いやだ」

 子どものように、口も尖らせた。

 

 

 ささくれだった心は様々なことに引っかかり、調子がいい時には気にならないような些細なことにも痛みを感じる。こんな風に何もかもうまく行かないとき、感情の矛先が向かうのは、たいてい身近な人。つまり、(とても気の毒なのだが)一緒に暮らす彼だ。

 

 

 わたしたちは付き合って1年を超えたが、変わらず仲がいい(と思う)。休みの日はたいてい一緒にいるし、仕事の日もできる限り一緒に食事をとる。1日に何度も笑い、助け合い、お菓子などのささやかなプレゼントも日常的に贈りあう。

 

 

 けどそれでも当然、時にはぶつかる。彼のおかげで深刻な事態にはなかなかならないが、わたし一人が絶望的な気持ちで過ごしている時もある。まさに、今のように。

 

 

 わたしは寝る前に腹立たしい気持ちを抱えていると、翌朝には2倍に膨らんでいる。そのまま放置し続ければ、「ふえるわかめ」が如く、ぶくぶくぶよぶよとむやみやたらに膨らむ。寝れば忘れる、という人が羨ましい。

 

 

 さらに時間をかけて冷静さを取り戻せば、今度は「問題点」が明らかになってしまう。恋人間の些細な出来事が、時に「別れ」などを導くのは、こうやっていちいち「問題点」を明らかにし、二人の関係性や性格にまで考察が及ぶからだ。問題はいちいち分解せず、勢いでうやむやにして芽を摘んでいくことも大事ではないか?

 

 

 そうわかっていても、増幅or整理 すなわち話し合い という道ばかりにたどり着くわたしは本当に不幸で、それに付き合わされる彼にも本当に同情する。けれど一度気になってしまった出来事はきちんと咀嚼し、消化していかなければ前へ進めなくなってしまう。これが、わたしだ(いやになる)。

 

 

 今抱えている気持ちも、いずれ言葉となってしまうだろう。そのことにまた、嫌気がさす。ああ本当に、(わたしの立場から見ても、彼の立場から見ても)他人と暮らすのは、大変なことだ。

 

 

 

「他人だもんね」

 

 

 そう声に出してみる。「わたしと彼は、違う人間だから尊重しないと」。

 

 

 でもそれはすなわち、「望むのをやめなさい」ということだ。

 

 

 こういう過程に耐えられなければ恋は枯れる。が、こういう過程に耐えて愛に変われば、夢見る気持ちは失われる。まったく、恋と愛は、混在しているくらいがちょうどいいのではないかという気持ちになる。こんなとき「遅いから」と彼が迎えに来てくれたら、勝手に絶望を膨張させずに済んだのに。一人で再びそれを願い、望みすぎだ、と打ち消した。

 

 

 電柱の明かりが増え、耳元で鳴る風の音も大きくなる。思考が散らかる。あちらへ、こちらへ。どこかで車のクラクションが叫び、酔っ払いが不規則に歩む、高めの段差を降りる瞬間に、脳みそがガンと揺れる。昨日の不満を思い出す、半年前のデートを思い出す、終わらない原稿が頭をかすめる、恋ってなんですか、愛ってなんですか、望んではダメですか、相手を受け入れるってどういうことですか。

 

 

 夜が足元まで迫ってきて、今にも飲み込まれる……というところでキィッと耳障りな音を立てながら自転車を止めた。赤信号だった。

 

 

「なあ、そもそも。恋とか愛とか考えて、どうするんだよ」。

 混沌の奥から、またひとつ思考が浮かび、パチンとはじけた。

 

 

 世界はあなたのために在るのではなく、誰かもまたわたしのために在るのではない。そして同じように、わたしも誰かのために在るわけではない。誰も教えてくれなかった当たり前のことは、誰かのそばにいてはじめてわかるようになった。けれど誰かのそばにいてはじめて、一人ではない幸せも知った。

 

 

 振り子は、あっちへ行ったらこっちへ戻ってくる。それと同じようにわたしも揺れることでバランスをとって、暮らしていくのだろう。

 

 

 考えはまとまらないままだが、変わらず風は冷たい。再び漕ぎ出すと、スカートを押さえるのももどかしく立ち上がった。冷たい風をさっきよりも強く振り切る。どれだけ考えようと結局、帰りたい場所は、彼の待つあの家なのだから。

 

 

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