「若いんだから、たくさん食べて」と泉ピン子さんが私に仰いました。

 ある年、私が担当していた、正月放送用のスペシャル・ドラマの収録の最中でした。

 砧にあるスタジオの、ドラマ・セットの片隅に置かれた、細長い折り畳みテーブルの上に、ピン子さんからの差し入れの稲荷寿司の大きな折り詰めが積まれておりました。

 小ぶりのお稲荷さんが50個か、100個ほど、ぎっしりと詰まった折りが、その数、10折りほどはあったでしょうか。合計500個〜1000個という計算になります。

 「ここのお稲荷さんはね、油揚げが裏っ返しになってるの。だから、裏を返す、って言ってね、裏番組を潰す、って意味の縁起物なのよ」

 よく見ると確かに、普通のお稲荷さんのように、表面がてかっとしておりません。やや毛羽だったような見栄えの、裏返しの稲荷寿司でした。

 口に運ぶと、ほんのりと柚子の香る上品な味わいが、後を引き、ひとつひとつのサイズが小さめということもあり、何個でも食べられてしまうような美味しさです。

 六本木にあるお寿司屋さんの、名物のお稲荷さんなのだと、後から知りました。

 以来、私もピン子さんの真似をして、どなたかに差し入れをさせて頂く時、成功や勝利を祈念し、こちらの稲荷寿司をお届けするようになりました。


 人生には時折り、心に響く、人との出会いがあります。

 長く勤めた会社を辞めて、これからは自分のための人生を生きようと決めた時、私が最初に始めたのは、フラを習うことでした。

 麻布十番にある教室を選んだのは、男性の方の主宰で、カーネと呼ばれる男性クラスが充実しているという印象を受けたからです。

 フラというのは、ハワイ語で「踊る」という意味で、元々は男性にしか許されていなかった、神々へ捧げる祈りの行為だったのだそうです。

 幼少の頃よりご家庭の関係で、フラに親しんで育ち、アメリカ本土への留学を経て、ハワイに渡り、高名なクムフラ(フラ指導者)たちに師事したという、その教室の先生に初めてお会いした時、私は不思議な懐かしさと近しさを感じました。

 ハッピーでいること、ポジティブであること、オープンであること、尊敬と感謝を心がけ、生きること。

 私がかつて、彼の地での暮らしで触れた、アメリカやハワイの文化の素晴らしいエッセンスの部分を吸収し、呼吸しながら、生きている方だと感じました。

 考えてみれば、当たり前のことかもしれません。

 フラというのは、ハワイの心を表す文化です。

 人生を楽しむこと、感謝すること、敬うこと、ハッピーでいること、フラは、そんないろいろである、と私は理解しています。

 フラの名手であり、指導者である方が、その精神を呼吸するように生きているのは、ごく自然なことであるとも思えます。

 素晴らしいと私は感じ、そして同時に、そうやって生きることがどんなに困難であるか、について、思いを巡らせずにはいられませんでした。


 人生も、世界も、100パーセントのハッピーで出来上がっているものではありません。

 光も翳も、両方があって、この世は、成り立っています。

 ハッピーであろうと心がけるのは、しばしばハッピーではいられない状況に、人間が陥るからです。

 人は、悲しいから、苦しいから、笑おうと心がけるのです。


 先日、彼の主宰するフラ教室の創立5周年を記念して、初めての発表会が開かれました。

 諸般の事情から、長らくレッスンをお休みしている私は、せめてもの気持ちを込めて、先生と仲間たちに、裏返しの稲荷寿司を差し入れることにいたしました。

 ハッピーであるためには、闘う必要もあるのです。

 ハッピーは、ただ目の前に無造作に転がっているものではありません。闘い、勝って、それを手に入れなければならないのです。

 小さな、裏返しの稲荷寿司はいつも、私のささやかな応援と祈りのしるしです。

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