世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、衝動や思考を聞き出してきたノンフィクション作家の小野一光氏。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。そんな殺人犯の放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録が、幻冬舎新書『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』である。

 発売6日で即重版となった大反響の本書から今回は第1章「事件記事の裏側」を公開。他社より速く、正確で、センセーショナルな情報を得るために記者の間ではどのような攻防があるのだろうか?

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まずは現場の住所を推理する

 殺人事件の現場へ取材に向かう──。

 その言葉だけを聞くと、ハードボイルドな展開を思い浮かべるかもしれない。しかし私が仕事をしている雑誌メディアでの事件取材には、それに続く言葉がある。

「で、現場ってどこ?」

 つまり、駆けつけようにも行き先がわからない。そんな、まったくハードボイルドではない始まり方をするのが現実である。

 新聞やテレビなどは記者クラブに加盟しているため、事件が発生した場合に警察からの広報がある。配布される広報文には事件の概要、発生日時、犯行現場の住所、被害者の住所、職業、年齢などが書かれている。さらに犯人が逮捕された事案であれば、加害者の住所、職業、年齢なども加わる。なお、最近は警察の意向により広報される事件の数は減ってきており、各警察本部によって異なるが、被害者や加害者について匿名で発表されるケースが増えていることを付記しておく。

 これに対して、記者クラブに非加盟の出版社から仕事を請け負う私は、そういった恩恵を受けることはない。そのため現場の住所を割り出すために、新聞記事に記載された枝番のない住所を参考にしたりする。たとえば××市△△区〇〇町という大まかなところしかわからない段階で現場に向かう。事前にテレビのニュースなどを見る機会があれば、画面に住所のヒントが映り込んでいないか目を凝らす。電柱の住所表示が出れば最高だが、そうでなくても商店や会社の看板などが出てくれば、そこから辿ったりする。

 映像でのヒントがない場合は、おおよその住所の近くの駅にあるタクシー乗り場に行き、客待ち中の運転手に尋ねてまわり、現場を知っている車があれば、連れていってもらう。たまに知り合いの新聞やテレビの記者に情報の横流しをしてもらうこともあるが、そのためには普段からの交流が必要であり、やっと仲良くなって情報を貰えるようになった途端、相手が異動で担当を外れるという笑えない話もよくある。

雑誌メディアが追う“腐らないネタ”とは

 そのように、犯行現場などの住所探しですら苦労する雑誌メディアの事件取材だが、ほかにもハンディとなる事柄は数多い。

 たとえば事件については、新聞やテレビの記者と、雑誌で仕事をする者とでは、取材開始のタイミングからして明らかな差がある。

 週刊誌の記者や私のようなフリーライターが、発生直後に事件の現場へ到着するということは滅多にない。まず新聞やテレビ、さらにはネットニュースが事件を大々的に報じ、事件の内容に編集部が興味を持てば、それから動き出すということがほとんどだ。

 しかも週刊誌には、原稿が完成してから発売までの間にタイムラグがある。たとえば木曜日発売の週刊誌は、入稿日が月曜日で、ギリギリまで情報の追加が可能な校了日は火曜日だ。しかしこれが月曜日発売の週刊誌となると、タイムラグの幅は広がり、入稿日は前週の水曜日で、校了日は木曜日となる。

 つまり木曜日発売の週刊誌の場合、事件が水曜日に起きてしまうと、その翌週の木曜日までは記事を出せない。月曜日発売の週刊誌についていえば、事件発生が金曜日だったりすると、その記事を掲載できるのは翌々週の月曜日と、さらに間隔が開く。

 この間にも速報性を売りにしたほかのメディアは続報を出し続けているわけで、それらと対抗するためには、切り口の異なる、いわゆる“腐らないネタ”が求められる。それはたとえば、加害者や被害者に近しい人物による「独占告白」といった種類のものだ。

 だが、そうであるにもかかわらず、現場に入ることができるのは、明らかに遅れを取ったタイミングだということは、すでに記した通りだ。

取材に辟易している人から話を聞く技術

 現場に到着してからは、地道に周辺を歩き、被害者や加害者に通じる情報を聞いてまわるのだが、その時点で現場のまわりは、たいてい“荒らされて”いる。大事件の場合、新聞やテレビは記者を大量に投入するローラー作戦で話を聞いてまわる。彼らが通り過ぎたあとの現場は、日に何度もインターフォンを押されて辟易とした人々だらけだ。「いいかげんにしろ」と怒鳴られることもある。

 ここまで書いていて身につまされるが、スタートの段階で有利なことはなにもない。いつも始まりは周回遅れ。しかも荒らされまくった現場で、さてどうしたものかと思案するのは毎度のことだ。

 こうした不利な状況を逆転するために私が実践しているのは、飲食店では実際に食べて飲むということ。もちろん、一般住宅への聞き込みを酔った状態でするわけにはいかないため、飲酒についてはそれらを終えたあとということになるが、食事やコーヒーを出している店であれば、かならずなにかを頼むようにしている。

 これはじつは、新聞やテレビといった時間に追われるメディアの逆手を取った、締め切りまでにいささか余裕のある雑誌メディアだからできる手法である。飲食を商売にしている店にとって、なにも頼まずに話だけを聞きに来る記者は、往々にして商売の邪魔になるだけだ。しかし、そこで商品を頼んで実際に口にする相手の場合、やはり対応に変化が現れてくる。

飲食店で“客”になることのメリット

 2012年12月12日に兵庫県警本部内の留置施設で自殺した角田(すみだ)美代子や、その周辺の者によって、十人以上の死者・行方不明者を出した“尼崎連続変死事件”の取材をしていたときのことだ。私は角田美代子が通っていたというお好み焼き屋に立ち寄った。

 店の引き戸を開けると、小型ビデオカメラを持ったテレビ局の記者が二人いて、店主の女性にレンズを向けてなんとか話を聞き出そうとしていた。二人は私を見ると、なんだこいつはといった不快感を露わにした表情を浮かべた。

「おばちゃん、ビールと豚玉ちょうだい」

 私は構わずに店主の正面に位置するカウンターに座り、注文した。

「はいよ」

 店主は表情を変えずに注文を聞き、ビールを出して豚玉焼きを作り始めた。私は無言でビールを飲む。立ったまま店内にいる二人の記者は、目の前の“一般客”の存在に居たたまれなくなったのか、「すいません、また来ます」と帰っていった。

 店主と二人きりになったところで、彼女は顔を上げ、私に笑顔を向けて言った。

「お兄ちゃんも報道の人やろ?」

「はい、そうです」

 二人で笑った。そして店主は口にした。

「さっきの二人みたいなんばっか来んねん。なーんも頼みもせんと、営業妨害やっちゅう話やねん。お兄ちゃんはちゃんと頼んでくれたからな。これまで誰にも話してないこと教えたるわ。あんな……」

 このように、飲食店は客として訪れると、どこかに入り込む余地が生まれるのである。さらに、いったん商品を出して、こちらが食べたり飲んだりしていると、すぐに「帰れ」とは言い出せない状況になりやすい。

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小野一光『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー

「腕に蚊がとまって血ぃ吸おうとしたらパシンて打つやろ。蚊も人も俺にとっては変わりない」(大牟田四人殺人事件・北村孝紘)

「私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」(近畿連続青酸死事件・筧千佐子)

世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、その衝動や思考を聞き出してきた著者。一見普通の人と変わらない彼らだが、口をついて出る論理は常軌を逸している。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。彼らの放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録。

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