人生はそうそううまく運んで行くものでもなく、私たちは皆、あちらこちらに穴や石が転がっている悪路を、息を切らせて進む旅人です。

 幼い頃、「ぐりとぐら」や「ちびくろサンボ」の絵本が好きでした。

 ぐりとぐらの焼く大きなカステラや、虎が溶けて出来たバターでサンボが作るホットケーキに憧れたものです。

 心が騒ぐ宵に、気晴らしに思いついて、クレーム・ブリュレを焼いてみました。


 卵黄3個にグラニュー糖30gをよく混ぜます。

 生クリーム200ccに牛乳100ccを加えて、40度ほどに温め、卵黄とグラニュー糖を混ぜたところに注ぎ、バニラ・エッセンスを数滴垂らし、更に混ぜます。

 出来上がった液体を、茶漉しなどで濃し、お好みの器に張ります。

 器を並べた天板に、溢れない程度に湯を張って、150度に予熱したオーヴンで20分ほど蒸し焼きにいたします。

 粗熱を取ってから、ラップをかけ、冷蔵庫で冷やします。

 召し上がる直前に、ブラウン・シュガーを振り、バーナーで焦げ目を付ければ、出来上がりです。


 夜更けのキッチンに、バニラの甘い香りが漂い始めると、肩に入った力が少し抜けて来るのを感じます。

 焼き上がったブリュレの器が並んでいるさまを眺めながら、私は思いました。

 卵の黄色は幸せの色だなあ、と。


 母が読み聞かせてくれた絵本、焼いてくれたケーキやクッキー。

 幼い自分を守ってくれていた、無条件に温かい環境は、もう既にありません。

 大人になった私たちは、自分の脚でしっかりと地を踏みしめ、人生を歩いて行かなければならないのです。


 挫けそうになる時、卵の黄色を思い出しましょう。

 ぐりとぐらや、サンボの笑顔を思い出しましょう。

 絵本を読み聞かせてくれた懐かしい声や、その温もりを思い出し、歩いて行きましょう。
 

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矢吹透『美しい暮らし』

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