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宇宙は何でできているのか

2018.11.12 公開 ツイート

「暗黒エネルギー」によって宇宙の膨張が加速している 村山斉

 宇宙はどう始まったのか、私たちはなぜ存在するのか、宇宙はこれからどうなるのか――。そんな人類永遠の疑問にやさしく答えてくれる本が、物理学者、村山斉さんの『宇宙は何でできているのか』です。発売たちまち話題となり、2011年には、1年間に刊行されたすべての新書から最高の一冊を選ぶ「新書大賞」を受賞。現在もロングセラーとなっています。今回は、本書の一部を公開します。

ビッグバンの「残り火」とは

 膨張する空間の内部では、ある変化が起こります。たとえばヘリウムで膨らませた風船を空に飛ばしたとしましょう。上昇するにつれてまわりの気圧が下がるので風船は膨張しますが、そのとき、風船内部がどうなるかおわかりでしょうか。

iStock.com/verikanu

 答えは、「温度が下がる」です。膨張すると内部のエネルギーが「薄まる」ために、温度が下がっていくわけですね。

 宇宙もそれと同様、膨張するにつれて温度が下がっていきます。現在の宇宙の温度は、摂氏マイナス270度(絶対温度で約3度)。きわめて冷たい世界ですが、宇宙は昔からそうだったのではありません。ビデオを逆回転させて歴史を遡れば、宇宙はどんどん収縮していきます。それが極限まで小さくなった瞬間が、「ビッグバン」にほかなりません。そのときの宇宙は、ものすごく熱かったはずです。

 とはいえ、それは銀河が遠ざかっているという事実から類推されたにすぎません。本当に宇宙は「小さくて熱い状態」から膨張した──つまり「ビッグバン」は本当にあった──と考えるには、それを示す証拠が必要です。

 その証拠を発見した功績によって2006年にノーベル賞を受賞したのが、アメリカのジョージ・スムートとジョン・マザーでした。彼らがCOBEという人工衛星を使って見つけたビッグバンの証拠は、「マイクロ波宇宙背景放射の異方性」です。

 やけに難しそうな専門用語が出てきましたが、「マイクロ波」とは、電子レンジや携帯電話などで使われているのと同じような電波のことです。その電波が宇宙のあらゆるところから飛んでくるのが、「宇宙背景放射」です。

 それがどうしてビッグバンの証拠になるかと言えば、これはもともと、宇宙が熱かった時代に出た「光」だったからです。現在の温度から逆算すると、宇宙はビッグバンから40万年後に摂氏約3000度となり、そこで初めて光が自由に飛べるようになったということが、理論的に予想されていました。

 だとすれば、その光の波長は宇宙の膨張によって引き伸ばされ、現在はマイクロ波として観測されるはずだ──そう主張したのは、1946年にビッグバン理論の基礎となるモデルを発表したジョージ・ガモフです。

宇宙の膨張は「加速」している

 その予測にピタリと当てはまる「ビッグバンの残り火」が発見されたのは、1965年のことでした。その発見者(アーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソン)には、1978年にノーベル賞が与えられましたが、予言者のガモフは残念ながらアルコール依存症で故人となっていたので受賞していません。

http://iStock.com/pixelparticle

 しかし、マイクロ波宇宙背景放射の存在だけでは、ビッグバンの証拠として万全ではありませんでした。宇宙背景放射は、全天からほぼ均等に降り注いでいるのですが、ビッグバン理論からはそこにほんのわずかな「ムラ」があることが予想されていたのです。

 先ほど出てきた「異方性」とは、この「ムラ」のことです。それをCOBEによる観測で発見したのが、スムートとマザーの2人でした。見つけたのは10万分の1というわずかな異方性ですから、これも科学技術の進歩なしにはあり得ない発見です。

 この「マイクロ波宇宙背景放射の異方性」の発見によって、宇宙がビッグバンから始まり、137億年かけて現在の大きさまで膨張したことが完全に裏付けられました。ここでようやく、話は「暗黒エネルギー」に戻ります。

 宇宙の「始まり」がビッグバンだったことは確実になりましたが、すると次に問題になるのは、その膨張がいつまで続くのかということです。

 それについては、これまで大きく分けて2つの可能性が考えられていました。永遠に膨張し続けるか、極限まで膨張してから収縮に転じるかの、いずれかです。どちらにしても、そこでは膨張のスピードが徐々に「減速」することが前提となっていました。

 それはそうでしょう。ビッグバンで始まった宇宙の膨張というのは、いわばボールを思い切り真上に放り投げたようなものです。最初に加えたエネルギーがすべてなのですから、少しずつスピードが落ちていくのが当然です。徐々に減速しながらも止まらずに動き続けるか、上に放り投げたボールが落下するように途中で反転するか、どちらかしか考えられません。

 ところが(詳しくはのちほどお話ししますが)つい最近になって、宇宙の膨張が「加速」していることがわかりました。これも、私たちの宇宙観を根底から変えてしまった事実の1つです。

 そうだとすると、「投げたボール」を透明人間のような何者かが後ろから押しているとしか考えられません。その「何者か」が、暗黒エネルギーだと考えられています。宇宙という「箱」がいくら大きくなっても薄まらずに、その膨張をぐいぐい後押しする謎のエネルギー。そんな得体の知れないものが、宇宙の7割以上を占めているのです。

村山斉『宇宙は何でできているのか』

すべての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。 では残り96%は何なのか? 物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、限りなく小さくて大きな物語。

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村山斉

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)教授、カリフォルニア大学バークレー校マックアダムス冠教授。1964年東京都生まれ。91年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東北大学助手等を経て2000年よりカリフォルニア大学バークレー校教授。02年、西宮湯川記念賞受賞。07年から18年10月までカブリIPMUの初代機構長。専門は素粒子論・宇宙論。世界の科学者と協調して研究を進めるとともに、市民講座などでも積極的に活動。『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)、『宇宙は本当にひとつなのか』(ブルーバックス)、『宇宙を創る実験』(編著、集英社新書)、翻訳絵本『そうたいせいりろん for babies』(サンマーク出版)など著書多数。

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