「秘密結社イルミナティが国民の家畜化を行っている」とか「フリーメイソンが地球の人口削減のために疫病や人工地震を引き起こしている」とか、これまで数々の陰謀論を耳にしてきた。そのほとんどは権力者や富裕層を巨悪の根源と見なすものだったが、現代では、逆に権力と結びつき、擁護するための陰謀論がトレンドらしい。

 

「QAnonとは何か?」フロリダ州でのトランプ大統領の支持イベントに参加した「Q」の信者と、その陰謀論を報じるニューヨークタイムズの記事(2018年8月1日)

観る人たちの生活の不安と不満をかきたてる煽動ビデオ

 アメリカには、トランプ大統領を「反体制の闘士」「救世主」と崇めたて、超誇大妄想化した陰謀論をネット上にばらまく「QAnon(キューアノン)」と呼ばれる匿名投稿者らと、その投稿を信じ込んで支持する人々が、いま波紋を呼んでいる。

「自分は政府の内部情報を知っている、トランプ大統領とともにアメリカを牛耳る闇の組織を追放するために活動している」と自称する「Q」なる人物が、日本でいう『5ちゃんねる』に相当する匿名掲示板サイト『4chan』『8chan』に登場し、トランプに批判的な議員や著名人などを誹謗中傷する陰謀論を投稿。これが増殖して、現在は荒唐無稽な世界観を映像化したトランプ支持者向けの扇動ビデオまで登場し、その「信者」は集会に出ておそろいのTシャツやプラカードを掲げてアピールしたり、既存メディアを敵とみなして罵声を浴びせ、中継を妨害するなどしているという。

 QAnonの基本的な主張はこうだ。

「世界は、大企業や超富裕層と癒着した一部のエリートらによる秘密結社が支配する闇政府『ディープ・ステート』に掌握されており、バラク・オバマ、ヒラリー・クリントンらもそこから輩出された悪の存在である。罪なき米国民は、ディープ・ステートが巻き起こす厄災に晒されてきたが、トランプ大統領はその魔の手から人々を救うために立ち上がった救世主なのだ!」

 QAnonによるビデオは、CGを駆使したまるでハリウッド映画の予告編のような作りだ。ドラマチックなBGMを背景に、印象的な映像がつながれ、心の底に潜在的な不安や不満を抱えた人々に対して共感を呼びかけ、訴えかけるような陰謀シナリオが語られていく。

 

QAnonによるビデオ「The Plan To Save The World」より

 

 《なぜボクたちは戦争に行ったり、借金地獄に陥ったりしなければならないのか? なぜ貧困地区や犯罪地区が存在するのか? それは、資本主義による格差が起こす問題だとか、はたまた共産主義が諸悪の根源だとか教わってきた。でもそれは違ったんだ。争ったり差別したりするのは、人間の本質なんかじゃない。ボクたちはただ生きていくだけで精一杯の世界にいる。この世界の裏側は、ずっと「犯罪者」に牛耳られていたんだ! 》

 

「心正しい愛国者」がいる。あなたもそうだろう?

 《金融トップなどの少数エリート、既存メディア、ホワイトハウス、EU、バチカン、英国王室などに入り込んだ秘密結社の人間が、闇政府『ディープ・ステート』を組織して世界を掌握した。心正しい愛国者たちは世界を取り戻そうとしたが、ディープ・ステートと闘うために立ち上がったJFKは暗殺されてしまった。レーガンも暗殺未遂だ。ほかの大統領は、みんな秘密結社が調達した「犯罪者」だった。バラク・オバマ、ヒラリー・クリントンらはもちろん、彼らを支持する著名人――スティーブン・スピルバーグ、トム・ハンクスらハリウッドセレブも「犯罪者」なんだ》

 《心正しい愛国者たちは計画を考えた。ひとつは、軍事クーデターによってディープ・ステートから政権を奪還すること。だけどクーデターはなかなか理解が得られない。もうひとつの計画は、米国民の通信を傍受し監視するNSA(アメリカ国家安全保障局)を正しい愛国者の手に取り戻し、秘密結社を一掃すること。NSAによってボクたちは電話もメールも監視されているが、秘密結社の奴らだって監視されているわけだ。そこでアメリカ軍の心正しい愛国者たちとその協力者は、ある人物に出馬を要請した。そう、ボクたちのドナルド・トランプだ!

 《するとどうだ。トランプ大統領が就任するや、イスラム国は解散! ディープ・ステートから解放された北朝鮮の金正恩は平和宣言! しかし、まだのさばっている奴らがいる。敵は資本主義でも共産主義でも人種でも宗教でもない。ディープ・ステートのボスである、オバマ、ヒラリー、ブッシュたちだ!》

 

根拠がない部分はすべて「闇政府ディープ・ステート」の仕業

 いろいろやばい。北朝鮮ひとつとっても千手観音並みのツッコミが飛びそうだが、これを鵜呑みにする人々が大勢いるというのだから驚く。「ボクらはただ生きていくだけで精一杯」という弱者認識から入り、客観的がまったくないファンタジーのまま突き進み、そして根拠がないため簡単に崩壊してしまう部分は「闇政府ディープ・ステートの仕業」というよくわからないものでトロッとなんとなく繋げてまとめられている。最後にトランプ大統領が持ち上げられる理屈も根拠も完全不明状態だ。

 国家による国民の通信傍受・監視についても、2013年に元CIA・NSA局員だったエドワード・スノーデンの暴露によって世界中が驚愕し、また最近もFacebookの情報漏洩などが大問題になったばかりだが、QAnonの世界では、「トランプ政権がやるならいいんじゃない?」となぜか無条件にその危うさをスルーして受け入れているところが不気味だ。このビデオのシナリオって、トランプ政権のアイデアなんじゃないか? とすら疑いたくなる。

トランプ賛美シーンに登場する数々の魅惑ショットの1枚。なぜこれなのかは不明。(QAnonによるビデオ「The Plan To Save The World」より)

 

「JFKジュニアが生きている」といった無理のある話が「希望」になる

 さらに、これらまったく根拠のない陰謀論に背びれ尾びれがついてさらに大きく羽ばたき、「1990年に飛行機事故で亡くなったJFKジュニアが実は生きていて、ディープ・ステートと闘っている」というトンデモ説まで語られている。その内容とは、こうだ。

 《闇政府ディープ・ステートから世界を取り戻すために戦う「Q」は、かつて、ジョン・F・ケネディを大統領に抜擢したが、彼は闇の勢力により暗殺されてしまった。そこで、その息子JFKジュニアに接触し、政界入りを促したが、1999年、彼はヒラリー陣営が送り込んだCIAの暗殺部隊によって飛行機事故に見せかけて暗殺されてしまった!

 ところが、この暗殺計画は筒抜けだったのだ。実はJFKジュニアは事前に避難しており、飛行機には乗っていなかったため無事。ヒラリーたちディープ・ステートを油断させるために、死んだことにしてひっそりと生きていたのだ。そしていま、JFKジュニアは亡き父の遺志を継ぎ、ディープ・ステートと闘う彼の「真の友人」の補佐役として秘密裏に暗躍している。その真の友人とは……そう、ドナルド・トランプだ!》

 いやはや。としか言いようがないが、JFKジュニア暗躍説は信者の間で根強く、ある演説会では、トランプ大統領の演説会で特等席に座ってプラカードを掲げていた男性の顔が、「JFKジュニアに似ているのではないか?」と囁かれ、そこから発展して、かなり無理のある合成検証写真まで作られている。

JFKジュニアとトランプ支持者の男の顔が「Perfect fit」しているという、かなり無理のある検証

 

 

「あなたの知らない真実があるんだよ」という強力な仕上げ

 ほかにも、《バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン、スティーブン・スピルバーグ、トム・ハンクスらは小児性愛者組織のメンバーで、人身売買に加担している》とか《オバマら小児性愛者組織の犯罪者たちは、すでにトランプ政権から足のくるぶしにGPSモニターを取り付けられており、NSAにとって常に居場所が監視されている》とか、果ては、《やがて、トランプ大統領は腐ったエリートどもを一掃する「ザ・ストーム(一大決戦)」を開始し、その時には全員刑務所に収監されることになっている》とか、まるでドラクエですごい呪文を使って最終ステージをクリアするぞ、みたいなまったく子供じみた話がQAnon信者の間では信じられているようだ。

 この子供じみた陰謀論者たちはネットを通じて増殖し、トランプ支持者の岩盤を強化しているという。陰謀論はそもそも根拠や論理性がない。真実のありかがわからないから「陰謀」なのであり、真実を見なくてよいから自分の好きな妄想に浸って楽しむだけになるわけだが、その矛盾と欠陥を指摘しても「あなたの知らないところに真実があるんだよ」という答えにしかならない。ただ楽しむための私的な妄想ならかまわないが、公的な議論をしようとして「信じるか、信じないかはあなた次第」では話にならないし、それが権力者の支持基盤になってしまったら、民主主義の完全崩壊だ。権力と結びついた陰謀論、どうか、日本では蔓延しませんように――。

 

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