秋が来た。

 春には桜の花が満開だった自由が丘の緑道も、葉が茶色くなって一枚、二枚とハラハラ落ちてきてしっとりとした雰囲気になっている。

 ベンチに座っている人たちを見ながらゆっくりと歩いていたら、ベレー帽をかぶった若い女性が、赤ワインのような色の毛糸で棒針編みをしていた。編み物をしている人を、久しぶりに見たような気がした。

 そういえば、編み物王子の広瀬光治先生も最近見ない。

 私が、初めて人のために編み物をしたのは、高校生の頃だった。同じ市内の男子高の生徒で、男で一番仲良しの友人だった。「おい、オレにマフラーを編んでくれよ」と言うので、「いいよ。編むよ。その代わり、色とか形とか絶対に口を出さないで、私の思う通りに編ませてよ」と約束した。

 早速、私は、手芸屋さんに行き、たくさんの毛糸を手に取り、デザインを考え、最高の3色を選んだ。

 それらは、イタリア製の毛糸でとても高かったが、私の趣味を形にするには、致し方ないことだと思い買ってしまった。

 その日から、編んだ、編んだ。出来上がりを想像しながら編むのは、楽しくて楽しくてたまらなかった。家にいるときも、学校の休み時間も、物理の時間も机の下で存分に編んだ。

 首に巻く長いメリヤス編みの部分は、青にグレーが混じったような青灰色(せいかいいろ)。両端につける直径10センチのボンボンは、片方が鮮やかな辛子色、もう片方は、赤に近い濃いピンクにした。

 女子高の友達みんなが、「すっごく可愛いよ」とか、「ざんしーん」とか「山本寛斎みたい」と、マフラーを褒めてくれるので、すっかり私は、いい気分になっていた。

 出来上がったマフラーを紙袋に入れて、待ち合わせ場所に行くと、友人男子が待っていた。「すっごくいいの編んだよ」と紙袋を渡すと、ガサガサとマフラーを取り出すなり、友人男子は大声で、「ばかかー、こんなマフラーできるか。なんだこの派手な色。このでっかい丸いのはなんなんだよ」と怒っている。

「そんなこと言うなら、私がするからいいよ。持って帰る」「いいよ、もらっておくよ」と、二人で、びんびんマフラーを引っ張り合い、お互いのセンスを大声でけなし合った後、結局、友人男子が持って帰った。

 翌年の冬、その男子から電話があり、彼女だか何だか知らない、短大生の女性が、自分の部屋に遊びに来て、私の編んだマフラーを「かわいい」と絶賛し、「欲しい」と言うので、あげてもいいかと言う。「もちろんだめだ。私は、知らないおねえさんのために、一生懸命編んだんじゃないからね」と言ったら、黙った。

 私が楽しく編んだ、あのマフラー。たぶん、知らないおねえさんにあげられちゃったあのマフラー。今でも思い出すとちょっと寂しい。

 近年、手編みのセーターを着ている人を見ないが、最近の女の子は、好きな人にプレゼントするために、編み物をしなくなったのだろうか。

 私の小学校の同級生だったモテ男は、誕生日やクリスマスになると、女の子からどっさり、手編みのマフラーやセーターをもらったそうだ。でも、そのモテ男が言うには、「1針1針編んだセーターなんて、女の執念がこもってそうで、重くて怖くて着られない」

 しかも、そのうち1枚のセーターから、髪の毛が出ていたから、つまんで引っ張ったら、長い髪の毛が、つーっと出てきたそうだ。そのセーターをよく見ると、長い髪の毛が毛糸と一緒に編みこまれていたらしい。その話を聞きながら、私も背筋がゾクゾクした。

 私は、大学の頃つき合っていた人に、セーターを8枚編み、一回目の夫に2枚編んだ。それなのに一番長く暮らした2番目の夫には一枚も編んであげなかった。

 黙々と針を動かすのは、精神安定にとても良かった。瞑想みたいだった。

 そんなことを思い出しながらスーパーで買い物をし、帰り道にある、インテリアショップのIDEEに寄ったら、パウル・クレーのレプリカが飾ってあった。ただいろんな色の四角をつなげた絵だ。でも四角の色が全部温かい。

 高校生のときに編んだ「山本寛斎風」ではなく、今度は、自分のために、パウル・クレーの色合いで、大きなボンボンがついたマフラーを編んでみよう。

 それができたら、マーク・ロスコの色合いのものも編んでみようと、ほうじ茶を飲んでいる今日この頃だ。

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