「日本人はもともととてもすばらしい民族だった」「日本人は、もっと日本人であることに自信をもってよい」……そう語るのは、歴史学者の山本博文東京大学教授。江戸時代にくわしい教授は、著書『武士はなぜ腹を切るのか』で、義理固さ、我慢強さ、勤勉さといった、日本人ならではの美徳をとり上げながら、当時の武士や庶民の姿を活き活きと描いています。昔の人はカッコよかったんだな、と素直に思えるこの本。一部を抜粋してご紹介します。

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昔も「地方出身者」が多かった

 さて、江戸に住む武士以外の町人たちはどう暮らしていたのでしょう。武士以外ですから、農民、職人(工)、商人。とくに商人が、非常に多岐にわたっているのが、江戸という町のおもしろいところです。

 江戸に住む人間の身分は武士が五十万人、そのほかが五十万人といわれていましたが、ひょっとすると武士以外の人間のほうが多かったかもしれません。というのも、いまの東京と同じように、江戸も地方から出てきた人間が非常に多かったのです。

 ちなみに、江戸っ子というのは、「親の代から江戸市中に住み、水道の水で産湯をつかった者」を指します。その定義はさておき、それ以外の人も含め、江戸には人口、とくに男性が多かった。理由としては、この時代「江戸に出てくれば何とかなる」といった風潮があったからです。

 というのも、江戸にはいっぷう変わったものも含めて職業がたくさんありましたし、元手や道具がなくても始められる棒手振りなども重宝されていました。人ひとり、糊口をしのぐくらいなら何とかなったのです。

 ただし、この時代、もちろん年金もありませんし、火事も多かったため、江戸っ子たちに貯金の習慣はありませんでした。貯めてもすぐ焼けてしまうから、宵越しの金はもたない。その一方で定年もありませんから、生涯現役というのも間違いではありませんが、なかなか、老後は厳しかったでしょう。たいていの場合は、自分の子どもに面倒を見てもらったようです。

 そのほか、地方に住む農民なども、農閑期は出稼ぎに江戸へ出てきます。結果的に、江戸には成人男性があふれていたというわけです。

たくましかった江戸の女性たち

 では、江戸に住む女性はどうだったのでしょう。

 女性の場合、たいていは専業主婦で、夫と子どもの面倒を見て、家を守ります。が、ときおり、独り身の女性もいます。

 指南所や常磐津の師匠として身を立てているこういった女性たちは、いい家の生まれが多いのも特徴。家がいいからお茶やお琴、三味線などを習い、芸を身につけ、それがいつしか身過ぎ世過ぎの手段になるというわけです。

 このようにして芸を身につけた女性の最大の出世の登竜門は、大名の江戸屋敷に奉公に上がることでした。これは現代にたとえれば女子大に行くようなもので、箔がつき、良縁に恵まれる機会が生まれることから、女の子の親たちはこぞってお屋敷奉公をさせたがりました。

 あるいは女性の場合も、どこか商家などに雇われるということもあります。ただ、女性の場合は手代になるというわけにはいきませんから、下働きかあるいは茶屋に勤めるということになります。

 ちなみに宝暦から文政年間(一七五一~一八三〇)に生きた笠森お仙が、茶屋の看板娘として有名です。いまでいうブロマイドのようなものでしょうか、美人画にもなり、たいそう売れたといいます。

 そのほか、江戸時代には苦界ももちろんあって、公娼を置いているのは吉原、それ以外は岡場所といって区別されました。個人で客をとる遊女(私娼)もいて、幕府はたびたび取り締まりを強化しますが、あまり効果はないようでした。取り締まる側から復活していくのが実情だったようです。

 このように、たいへん人気があって、人口も多かった江戸ですが、実は当時は、いろいろな意味で、大坂のほうが住みやすかったのではないかと私は睨んでいます。「天下の台所」と呼ばれて商材も豊富でしたし、江戸に比べれば武士も多くはありません。

 それでも人々は江戸に出たがった──なぜなのか。

 それはおそらく、江戸が徳川将軍さまのお膝元だからなのだと思います。江戸っ子たちの自慢は、何だかんだいってもやっぱり将軍さまだったのです。

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山本博文『武士はなぜ腹を切るのか』

昔の日本を知れば、我々日本人の素晴らしさが見えてくる。時代劇のエピソードやヒーローに隠された日本人の日本人たる矜持とは? 歴史が好きな人も、あまり得意でない人も楽しめる、日本人であることに自信がつくエッセイ集。