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 樹木希林さんの告別式が行われたとのこと。

 弔辞を含めてスピーチはとびっきりに素晴らしかった。お葬式とか、ああいう別れの場面で、お涙頂戴っていうよりも、むしろ淡々としたトーンで淡々としたスピーチを読むというのは、むしろずっと共感を呼ぶと、私は思う。そういう意味で、希林さんの一人娘の也哉子さんは絶妙だった。

 さて、樹木希林さんと内田裕也さんとの関係については、「凡人の我々には図り知れませんが……」と枕詞を置くのが定石になっている。二人の間の一粒種すら「ミステリー」と首をかしげる関係を、我々は理解してはならないのである。今の世の中は、知ったかぶりと上から目線が大嫌い。

 

1. ロックンロールと黄金水

 ところで、フジテレビの日曜日14時から「ザ・ノンフィクション」という番組がある。これは、人が嫌いな、しかし、その実好きで好きでたまらない、この「上から目線」を徹底的に逆手に取った番組らしい。家事を終えてゆったりとする日曜のこの時間に、これでもかというほど苦悩を抱えた人々を映し出す。そこで我々はふっと胸をなでおろす。

「この人に比べたら、ええ、私たちって幸せね」と。

 で、この番組がいつもとかなり趣向を変えて、内田裕也さんの密着をやってのけた。そして、私はこの放送で裕也さんなるものの存在感にはまってしまった。

 内田裕也さんのドキュメンタリーに樹木希林さんがナレーションをつけたことで話題になったが、とにかくナレーションが少ない。はじめは、ニューイヤーライブのリハーサルを重ねる内田裕也の老いが切々と描かれる。熱が出てベッドから起き上がれない。起き上がったと思ったら車いすに杖。なんとか座って歌いはじめたと思ったら声が出ない。

 途中から、インタビューの形で豪華な面々が、内田裕也の破天荒を語りはじめ、ここから一挙に惹きつけられる。

 竹中直人さんはこう語る。「裕也さんと麻布から渋谷に抜けるときに渋滞につかまってね。それで、裕也さんがさ、我慢できなくなったのか、ガードレールのところで、ほら、用を足すわけ」と。それでさ、そこからが衝撃なんだけど、「おーい、竹中、竹中」って呼ばれて窓から外を観たら、ご自身のその黄金の水をすくって飲んでるんだって。「最高だぜ」って。ねぇ、これってロックなの? よくわかんない。けど、すごくない? っていうか、やばくない?

 続いて、ビートたけしさんという超ビッグな登場人物は、裕也さんにライブに友情出演してほしいと頼まれた上に、ついでに「もう一個、お願い」と頼まれ、「会場を探してほしい」って言われたんだって。見つけてないんかいっていう。

 ねぇ、この人の存在感すごくない? 何をした人かわからないけど、ヒット曲がないっていう自虐はよく聞くけど、これを以てロックンロールというとはあんまし思ってないんだけど、とにかく、私は画面から目が離せなくなった。

 

2 「KIKI KIRIN氏に土下座」という裕也語録の破壊力(←これがロックかは不明)

 そして、ネットで検索しまくった結果、「Rolling Stone」誌の日本版の「教えて! Dr.裕也」なる記事にたどりついた。嘘が誠かわからないけれど、この内容がまた半端ない。

 浮気した夫が妻が家出しましたと相談してくれば、「結婚式の時、誓いの言葉を交わしたはずだ! もう一度よく思い出してみろ! 結婚は永エンダ! 妻に焼肉屋の社長のように公衆の面前で土下座して帰ってきてもらえ! 落ち着いたらノーマルな女の子を探して、仕事に元気が出るようなライフスタイルを作れ! 内田裕也でさえ、警察署を出たらまっすぐ家に向かい、あのKIKI KIRIN氏に土下座?! するつもりだーっ!」と。

 なにこれ。そもそも、このカタカナとローマ字との交錯とか、体裁から色々あるけど、ところで、焼肉屋の社長さんって土下座するの? しかも、妻に帰ってきてもらったら、ノーマルな女の子とまた浮気していいの? もういいや。いちいちツッコむのも野暮っていうか、単純に面倒というツッコミどころの多さ。

 さらに、おとなしい主婦を演じてましたが、男心をつかむことができずに、デリヘルで働きだしたという女性に対しては、「おとなしい主婦SAN、君は一度ヌードになって全身を『ミラー』で見るべきだ! 自信があるならオールヌードで町を歩き捕まることをオススメスル! 俺の経験では、刑事SANにはイケメンの独身が多い!」だって。

 私、この「SAN」の使い方にはまってしまったの。このところどころ無意味にローマ字っていうこの破壊力はバズーカを優に超える。

 

3 美学と現実の狭間に「ひとかけらの純なもの」

 だからこそ、内田裕也氏が44年前に樹木希林氏(当時の芸名・悠木千帆氏)に宛てたというラブレターには意外なものがあった。

「この1年、いろいろ迷惑をかけて反省しています。裕也に経済力があれば、もっとトラブルも少なくなるでしょう。オレの夢とギャンブルで高価な代償を払わせていることはよく自覚しています。突き詰めて考えると、自分自身の矛盾に大きくぶつかるのです。ロックをビジネスとして考えなければならないときに来たのでしょうか。…早くジレンマの回答が得られるように祈ってください。落ち着きと、ずるさの共存にならないようにも。メシ、この野郎、テメェ。でも本当に心から愛しています」だって。

 だって、都知事選に立候補して「公約及び政策」と題して、

「欠点:家庭生活に向かず別居中ガールフレンドとの交際を始め妻子やGFのご両親に多大なMEIWAKUをかける!」

「長所:借金の返済期日以外は『USO』をついていない!」と書いていた(ご本人HP)人ですよ?

 ねぇ、でもその人が、こんな意外なラブレターを書くなんて信じられます? このラブレターには「経済力」とか「ロックをビジネス」とかそういう言葉の数々。ねぇ、これって、自らの美学と現実との間になんとか折り合いをつけようと苦悩する、少し不器用で、至極まっとうな男の人じゃないですか? 自分の情熱と他人への愛情にできる限り誠実にあろうとした片鱗すらのぞく。もしそれを希林さんが、裕也さんの芯に宿る「ひとかけらの純なもの」として愛でたのだとしたら……

「ザ・ノンフィクション」の中で、希林さんのナレーションがこう響く。「この世の矛盾をどう説明できるのかと問われれば、私の答えは極めて簡単です。それは内田裕也さんです。」

 

4 海を渡る蝶か、蝶を渡す海か

 ねぇ、これを聞いて、こんなに現実をよくわきまえたはずの女たちは、それでも、奇跡を願いたくなる。

 希林さんが、その魂の中に潜むすさまじい衝動を、裕也さんとの間でさらしあい、ぶつけあったように。そして、娘の也哉子さんと本木雅弘さんが、つまり、どんなときにどこからどう見ても、立ち居振る舞いが画として完全に決まる男が、也哉子さんの言葉でいうところの「少し体裁の過ぎる夫」が、本音を深くえぐる母に育てられた娘と、ぴたりと一対として収まりがよいように。

 私たちはこの世のどこかに、まだ出会っていないかもだけれど、必ずどこかに、そうやってぴたりとはまる相手を定められて、生を受けたんじゃないだろうかと。

 海を渡る蝶のように。蝶を渡す海のように。海に挑む蝶は、必ずどこかで力尽きるという。それでも、吸い寄せられるように海に向かっていく蝶がいるんだって。力尽きて、深く深く海に沈んでいくときに、蝶は満ち足りた思いで永遠の眠りにつくのだろうか。私が蝶であなたが海なのか、それとも、あなたが蝶で私が海かと。お互いの中へと深く深く潜り、延々と探求し、そして相手の中で朽ちていくことを一瞬たりとも悔いることがない、それくらいの甲斐がある相手がどこかにいるはずじゃないかと。

 それを見つけた希林さんは「今日までの人生上出来でした。私はふっとおいとまするかもしれませんが、面白かったわねと裕也さんに伝えました」と、ドキュメンタリーを結び、静かに、そして満ち足りて、人生に幕を閉じることができたのではないかと。

 なんで、私、こんな感傷的なこと書いてるんだろう? もっくんと結婚した也哉子さんにあやかりたい的ななにか? 結婚した当初はさんざん何か言われたんだろうと想像しますけど、今は二人並ぶとぴたりと決まって、誰にも文句を言わせないもんね。

 っていうか、その魂の衝突の過程に、リアルに肉体的なDVがあるとか、私、絶対、無理。痛いのやだし。民法的には夫婦には同居義務があるから、同居1年半、別居40年以上とか、法律家としては気になっちゃうしね。

 規格外の夫婦を参照しようとしてグダグダと書いた、この3,000超の文字。結局、冒頭の枕詞に行きつくのでしょう。

「凡人の我々には図り知れませんが……」

 参考にしがたいケースというのもあるものですね。読んでいただいた方の骨折りに感謝と謝罪を。

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