京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!


 冒険というのは、自分の体をどこかへ運んで行くこととは限らない。漢字では「危険を冒す」と書くわけで、「それ大丈夫か」という状況に、わざわざ身をさらすことを言う。例えば真夏に鍋に入れっぱなしで忘れていた一晩寝かせたカレー。例えばどう考えてもメーカーの黒歴史になりそうな新味のスナック菓子。そういったものを前に、我々は日々、冒険へと飛び込んで行く。

 2002年頃だったか。ある日、大学院(※編集部注:京都大学大学院理学研究科)の研究室に行ったらトロ箱が置いてあった。隣の研究室の人がにしている魚屋さんから届いたのだという。といっても京都の店ではない。東北の、その人の調査地にある店で、調査中は毎日のように魚を買いに行くらしい。京都に戻って、うまい魚が恋しくなると、「オバちゃん、何かみつくろって送って」と電話を入れれば届くのだとか。で、一人では食べきれないほど送ってくれるので、研究室に持って来てみんなで食べる、というわけだ。

 さて、その中に見たこともない切り身が入っていた。にしてこのサイズということは、かなり大きな魚だ。だがこんな豆腐みたいな身は見たこともない。

 正体は、マンボウであった。

 そこに、ドアからヒョイとアランが顔を覗かせた。アランはM先生の共同研究者のアメリカ人で、研究のためしばらく日本に滞在している。どうやら帰るところだったらしいが、M先生が「アラン、魚が届いたからビールでもどうだい」と声をかけると、「Why not?(うん、いいね)」と笑いながら入って来た。こういうところが、彼はノリノリなのである。そして、目ざとくマンボウを見つけた彼は「見るのは初めてだ。ぜひ食べてみよう。どうやって食べるんだ?」と言い出した。持って来てくれた人に食べ方を聞くと「刺身かなあ」とのこと。ならば刺身にするか。他の魚も適当に盛り合わせてしまおう。

 冷蔵庫を開けると大根が出て来たので、これを切って桂剥きにし、端から刻んでツマを作る。丸ごとの魚は三枚に下ろす。アランはこれに度を抜かれたらしく、「いつも思うんだが、君たちはなぜそんなに料理ができるんだ?」と真顔で聞かれた上、「アメリカの大学にも料理という科目を作った方がいいな」と呟いていた。アメリカではこういうことはないのかと聞くと、何かのパーティを除けば教官と学生が一緒に飲むことはないし、飲むとしても店に行く、むしろ大学生のアルコール依存症が問題視されているという。

 さて、出来上がった刺身の盛り合わせを皆でつまんでみたのだが、やはり話題の中心はマンボウである。白身の不思議な食感で、魚なんだか貝柱なんだかコンニャクなんだかよくわからない。味はあまりない。「加熱したらどうなるんだろう?」と誰かが言い出したので、刺身をフライパンで焼いてみた。すると水が出てすぐにボソボソと崩れて、軟らかいささみのようになってしまった。あまりうまくない。

 アランは興味津々でマンボウを口にすると、「魚であるとは思うが、何かに似ている」と真剣に考え込んだ後、「そうだフグだ。味の傾向が似ていると思う。筋肉の繊維の感じも似ているような気がする。だがフグほどchunkyではないね」と分析を始めた。chunkyは「カタマリ感」みたいな意味で、確かにフグのような、筋節ごとに身がコロンと取れる感じはない。そして、「自分はマンボウの分類を知らないのだが、もしかしてフグに近縁なのではないか?」と言い出した。

 え? マンボウって分類上はどのへんの魚だっけ? そういえば図鑑ではフグの次くらいに出て来たような? 魚類の系統図を探し、おおまかな分類をチェック……なんと、マンボウはフグに近縁! アランすごい!

 当のアランは「系統的に近いせいでタンパク質の構造やアミノ酸組成が似ていて、味や食感も似るということなんだろうね」と極めて冷静に論評した後、「ふむ、これを美食分類学ガストロタクソノミーと名付けて研究してもいいな。ビールも飲めるし」と付け加えたのである。

 

 こんな具合で、大学の研究室というところは、ちょいちょい、妙なものを食える。

 ある日、私たちは一乗寺の平野の部屋に集合した。テーマは「ちょっと変わったものを食べてみる夕べ」。食べるのは、ハシボソガラスとハクビシンである。

 
 

    
 

つづく(この連載は毎週水曜・土曜更新です)。マツバラ院生はどうやってカラス肉を調達したのか? そこには涙なしには語れない衝撃の事実が…! ご期待ください。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

松原始『カラス屋、カラスを食べる』

笑劇、開幕! 愛しつづけて25年。カラス博士が綴る爆笑の11篇!

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

・カラス専門の研究者は日本には5人しかいない(鳥類学会のオマケ!?)
・カラスは女子供をバカにするか
・カラスは新聞を読むか
・カラス屋、鳥天国・冠島(舞鶴湾に浮かぶ無人島)に降り立つ
・代々木公園はハシブトガラス(日本の2大カラスの1つ)の聖地
・鳥の生態を知るため古都(木津川)で一日中ウンコ拾い
・カラスの大好物はリンゴ。死因の大部分は餓死。 等