盛り上がりに盛り上がった質問コーナー。
最後の30分が、ここまでアツくなるとは!
意外な質問も続々。

話題の人気トークショーリポート。最終回です。

戦国武将の末裔が会場に? そしてビックリした質問とは!?

伊藤 ではここからは質問コーナーを。

房野 幕末の質問じゃなくてもいいですよ!(笑)

質問者1 いつ、何歳で歴史を好きになったのですか?そして、一番最初に歴史を好きになったのは、何時代ですか?

伊藤 10歳の女子から良い質問来ましたね。

房野 あなたぐらいの年齢のときに、「信長の野望」ってゲームがあって、それにハマったことと、あと、家にじいちゃんの歴史の本があったこと。それで、それを読んでたら、面白くて。だから、最初に好きになったのは戦国時代ですね。

伊藤 僕はやっぱり生まれた場所が京都だったっていうこともありましたね。あとは、ひとつ上の兄が取っていた学研の『学習』を読んでいたので、歴史の授業が始まった時、僕はすでに知ってることが多かったんです。そしたら、教室中が褒めてくれるわけですよ。それで気持ちよくなっちゃって(笑)。
やっぱり京都の人間なので、地元の話題だからっていうのが大きいんですけど、好きだった時代は源平合戦ですね。

房野 ええっ、そうなんですか!

伊藤 そうそう。源義経(みなもとのよしつね)と静御前(しずかごぜん)が出てくる。『ドラえもん』のしずかちゃん(源静香)は、あそこから名前取ってるんですよね。
静御前は白拍子(※)で、身分が低くて奥さんにも側室にもなれないから、愛人扱いだったんですけど、藤子・F・不二雄先生が可哀想だと思ったんですかね、だから源って名字をつけてあげたんじゃないかなって。でもしずかちゃん、昼間っからお風呂ばっかり入ってる。
(※しらびょうし。平安末期~鎌倉時代にかけて流行した歌舞「白拍子」を歌い舞う遊女のこと)

房野 しずかちゃんをそんなふうに言わないでくださいよ!(笑)

質問者2 徳川幕府の中で、好きな将軍はいますか?

房野 僕は、ぶっちぎりで家康ですね。パイオニアって、やっぱ、カッコイイじゃないですか。でも家康がシステム作りしてるってことは、この年齢になるまでピンとこなかったんですけどね。

伊藤 僕は十一代将軍の家斉(いえなり)の気持ちがすごくよく分かるんですよ。彼、14歳で将軍になったんですけど、家柄が一番良いわけではなかったんです。
将軍家の本家は、七代将軍家継(いえつぐ)で途絶えて、次の八代将軍吉宗(よしむね)は尾張、紀伊、水戸の「御三家」の紀伊藩から来たことで、それが本家になっていくわけです。そこから本家を取り返されないよう、さらに田安、一橋、清水という3つの分家「御三卿」ができた。
家斉はこの一橋家の出身で、政治経験も何もない14歳のときにポーンと将軍になったんです。ところが、メチャクチャ鬱陶しいことに、15歳年上で田安家出身、お父さんの従兄弟で、白河藩の藩主としての実績もある松平定信(まつだいらさだのぶ)が、将軍補佐兼老中首座につくわけです。
もうね、目の上のたんこぶどころの騒ぎじゃないわけですよ。
で、20歳になるまでの6年間、ずっと上から抑え込まれていたわけです。

房野 キツイな~。

伊藤 でね、そこからハジけるんですよ。そこから69歳で亡くなるまでの約50年間、すべての改革を放棄しまして、子どもを55人作ってね。メチャクチャ(笑)。

房野 家斉、ハジけすぎ!

伊藤 みんなボロクソ言うんですけどね、もう大奥にいるしかないんですよ。今で言うと引きこもり、自宅警備員みたいなもんです。だから、その14歳からの6年間をわかってやってほしい、ということで家斉です。

房野 そう考えると、家康も好きですけど、14代の家茂(いえもち)も好きですね。能力はあったと思うんですけど、環境が悪くて、21歳で死ぬじゃないですか。その悲運な感じと、和宮さんとの恋愛模様が。

伊藤 そう、あの純愛、いいですね。お互い大好きなんですよね。和宮さんって、亡くなったとき、虫歯だらけだったことで有名なんです。でも家茂もすごい虫歯だらけで、虫歯菌が脳髄に行って死んだんじゃないかって話も出るくらいで。それは「口吸い」でうつし合っていた、つまりチューばっかりしてたから、お互い虫歯だらけになったって言われるくらいで。

房野 やっぱメッチャいい。家茂が長州征伐に行くときに「お土産何がいい?」と和宮に聞いたら「西陣織」と言ったんです。そしたら家茂が、大阪で病気で倒れて死んじゃうんですよ。それで江戸に遺品が戻ってくるのですが、その中に、西陣織があったんですよ!

伊藤 素敵ですね。

房野 もう泣くしかないじゃないですか! 切なすぎる!

伊藤 そうですね、切ない。エモいのは、彼ですよね。

質問者3 歴史の話で、「これをお子さんに言ったら覚えやすいんじゃないか」「いいことを見つけた」みたいに思われたとき、どのくらいまで裏を取りにいかれますか?

房野 面白い質問ですね。僕は専門家じゃないんで、話したあとで「よくわかんないけどね!」と言えますね(笑)。でもここの一行だけはウソは書けない、というところは絶対あるんですよ。そういうときは国立国会図書館へ行って調べて、「ここにあったよ」と書きます。

伊藤 僕は今、早稲田大学の教育学部生涯教育学専修っていうところで、生涯教育学を学んでいるんですけど、正確な情報なのか、剽窃したりパクってないかの審議が厳しいんですよ。そこで、僕が使っているのが「グーグル・スカラー」「e-Stat」です。「グーグル・スカラー」は、検索をかけると、論文が出てくる。「e-Stat」は政府統計のデータが出てくるんですよ。これは大学の授業で学んだんですが。

房野 おー、すごいなー。

伊藤 まぁでも、言うたら歴史って、後で誰かが何か発見したら変わるから、けっこう言いたい放題なんですよ。いくら史料にこう書いてあるって言ったって、ひっくり返すことはいくらでもできるわけです。だから、結構“無責任でいいタイプ”の学問の種類の方ではあるんですけど、最近は調べるようにしていますね。さっき話したサイトで簡単に裏が取れますし。もし裏が取れなければ「推測なんだけれど」とエクスキューズをつけておけばいい。

房野 なるほどー。僕もそれ使ってみます!

質問者4 『信長を殺した男~本能寺の変 431年目の真実~』という漫画があって、信長は光秀に殺されたけど、光秀はそんなに悪くないんじゃないか、みたいな内容なんですけど、お二方は信長が殺された真相はどう考えていますか?

伊藤 明智光秀がすごい年上で、っていう漫画ですよね。僕はね、漫画の影響じゃないですけど、黒幕はやっぱり秀吉や千利休じゃないかなと思っています。

房野 僕は黒幕一切ない派ですね。光秀が、自分でやった。
「四国説」っていうのがあるんですよ。信長と長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が「仲良くしよう」ということで仲良くやってたのに、急に信長が、理由はわかんないんですけど「四国で勝手にやってくれって言ったけど、もうダメだよ。ここの領地とここの領地以外は、お前ら勝手にやっちゃダメ」って言って、元親は「なんで俺が自分で手に入れた領地までお前に言われなきゃダメなんだよ!」ってブチ切れるわけですよ。その間を取り持ってたのが、光秀なわけです。

伊藤 はいはい。

房野 もう最悪じゃないですか。現場で頑張ってるサラリーマンが、上司の「あれ、ナシな」の一声で、「築き上げた関係、全部なしにするのかい!」ってなっちゃった状態ですよ。
その1年くらい前までは、光秀って、信長から茶器や掛け軸をもらって、それを部屋に飾ったりして、大尊敬してるんですよ。だから光秀にとって、四国のことは大きかったんじゃないかな。そう思うと、やっぱ殺したのは光秀かな~って。もちろん、黒幕が家康とか秀吉だったりする方が面白いと思うんですけど、僕は「光秀ちゃんとやった説」ですね(笑)。

伊藤 2020年の大河ドラマ、光秀ですからね。

房野 『麒麟がくる』ですよね。楽しみです!

質問者5 幕末の出来事があった場所で、ここは行っといたほうがいいよ、というマニアックな場所をおしえてください。

伊藤 幕末に「生麦事件」がありますよね。薩摩藩の行列が、イギリス人を斬ったという。京急線に生麦駅っていうのがあります。東海道沿いなんですけど、特別に何もないん駅です。でも調べに行ったらビックリ仰天なことがあって……。なぜか、猫よけのペットボトルが40本くらい置いてある場所があったんですよ。

房野 なんだそれ!

伊藤 そこ、生麦事件のストライクな場所なんです。

房野 面白い!
僕は、憲政記念館(※)から桜田門へ行くところですかね。そこを通るとき「ああ、ここを通って井伊直弼は桜田門に行って、その後斬られるんだ」って気分に浸ろうとするんですけど、横をマラソンランナーが(笑)。
(※国会議事堂近くにある日本の議会政治に関する展示施設。江戸時代には井伊直弼の上屋敷があった)

伊藤 (笑)

房野 「当時はこんなヤツ、いねぇもんな~」と(笑)。でも歩いてみると、このくらいの距離なんだなって思いますよね。

伊藤 500メートルくらいですよね。
そうそう、これはご存知の方も多いと思うんですけど、ホテルニューオータニがある「紀尾井町」とか、大久保利通が暗殺された「紀尾井坂」という地名がありますが、これは、紀州藩と尾張藩と井伊家の彦根藩の藩邸があったから、「紀・尾・井」なんです。

房野 そう。これですよ、まさに。

伊藤 でも野口英世の話じゃないですけど、ブラックジョークなのかな、と思うこともあって。
「桜田門外の変」って、日本で一番有名な暗殺事件ですよね。大老って、今でいうと内閣総理大臣レベルの人間ですよ。その人が江戸城の入り口で殺られるって、もう恥じゃないですか、守れなかった側の。にもかかわらず、今その眼の前にあるのが警視庁っていうのがね(笑)。

房野 良いネタ!(笑) 何ででしょうね……反省の意味込めて、ですかね?

伊藤 そうかな、と思うくらいですよね(笑)。

質問者6 受験勉強で日本史をやってるんですが、戦国時代がややこしくて、そんなに好きになれないので、徳川家康、織田信長、豊臣秀吉以外の武将の、戦国時代が好きになりそうなエピソードを聞きたいです。

房野 シンプルに……上杉謙信とか武田信玄、メッチャすげぇっすよ! 信玄だと、あのBL(ボーイズ・ラブ)の手紙とかってご存知ですか?

伊藤 高坂弾正(こうさかだんじょう)に出したやつね。
(※戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣で、武田四天王の一人。春日虎綱、高坂[香坂]昌信の名でも知られる)

房野 戦国時代って、家臣にBLの仲間がいるんですよ。
信玄が好きだったのが、その高坂ってヤツなんだけど、彼が会議に来なかったことがあって。なんでかと言うと、信玄が浮気したからなんですよ。で、高坂がすねちゃった。それに対して「ごめん」って長ぇ手紙を書いてるんですよ。「あれは違うんだ。確かに俺は浮気しようと思った、でも断られてるんだ」っていう言い訳を長々書いて、最後にムチャクチャいろんな神様の名前を書いて、「~に誓う」って書いてあるの(笑)。

伊藤 (笑)

房野 武田信玄って、徳川家康が「あの人はすごすぎる」と言って、騎馬隊から戦略まで全部吸収したくらいのすげぇ人なんだですよ。その人が、そんな手紙書いてるんすよ。親近感しかないじゃないですか。

伊藤 徳川家康って、生涯で一度しか戦いに負けてないんですけど、その相手が武田信玄なんですよね。家康30歳の時の「三方ヶ原の戦い」というので、家康は負けて、逃げるときに脱糞した、ウンチを漏らしてしまったというのはすごく有名な話なんですが(笑)。

房野 (笑)

伊藤 家康は、三方ヶ原の戦いのために浜松城にいたんですけど、天保の改革のときの水野忠邦(みずのただくに)も浜松城主をやったことがあるように、浜松城は「出世城」という風に言われているんです。
で、浜松には「出世大名家康くん」というゆるキャラがいるんですけど、徳川家康が一番嫌いな場所は浜松なんです、実は。

房野 えっ!

伊藤 良い思い出がない、思い出したくもないんですよ。
家康が大御所になって隠居するとき、浜松で良くないですか? 同じ東海道沿いの城下町だし、町の規模的に言っても。確かに、人質に取られていた今川家ゆかりの場所かもしれないですけども。
でも、江戸があって、京都に伏見城があって、その間には名古屋に義直(よしなお)っていう息子を置いてる。「東海道」は非常に大事なので、拠点を作っていかないといけない。それで名古屋の次の拠点として静岡に拠点を作るわけですけど、やっぱり浜松が大嫌いで、結局駿府(すんぷ)にしたんです。
そこまで家康に嫌われているのにもかかわらず、ゆるキャラを「出世大名家康くん」して、浜松市は喜んでいるという。すごい鈍感力だなと思うんです(笑)。徳川家にとって黒歴史なんですよね、浜松は。

質問者7 来年、修学旅行で京都・奈良に行くんですが、ここは絶対行った方がいいという場所があればおしえてください。

伊藤 はい、あります、あります。

房野 メッチャ聞きたいですね!

伊藤 僕、京都で一番好きな所は「等持院」なんです。龍安寺とか金閣寺に行くついでに、是非行ってほしいんです。「等持院殿」といえば誰のことなのかって言うと、これは足利幕府の初代将軍足利尊氏(あしかがたかうじ)のことなんです。ここには、室町幕府歴代将軍の木像があります。写真で見たことあるんじゃないかな?

房野 あるある! あれか!

伊藤 すごく雰囲気も良いし、静かなんで。けっこうみんな等持院は飛ばして、すぐ龍安寺とか行っちゃうんですよね。すぐ隣の駅なのでぜひ。

房野 うわ、メッチャ行きたい。メモります!

伊藤 奈良は定番の所がいろいろとあるので、ちょっと視点を変えるといいですよ。例えば東大寺の大仏は高さ15メートルだから、たいして高いわけじゃないじゃないですか。牛久の大仏とか、最近は大きな大仏がありますしね。でも奈良の大仏がもし立ち上がったら、50メートルあるんです。

房野 そういう視点ですか!

伊藤 はい、あとは東大寺ってみんな南大門から入って行くわけですけど、南大門は鎌倉時代、大仏は江戸時代の建築物なんですよね。東大寺=奈良時代だと思ってる人がいるんですけど、実は何度も焼けてるんです。平清盛の息子の重衡に焼かれ、松永久秀にも焼かれてる。

房野 やってますね。

伊藤 でも東大寺の大仏殿へ歩いているときに気にして欲しいのは、ここに一個だけ奈良時代の物があるんですよ。何かって言うと、東大寺大仏殿の前にポンとある「八角燈籠」だけが奈良時代からあの場所にずーっと建ってるんです。

房野 シャレてる! それ、すごいですね。

伊藤 東大寺の写真撮るときに必ず写り込む、あの小っちゃい緑色のやつですけど、アイツだけは奈良時代から建ってる。すごくないですか? “彼”は平重衡(たいらのしげひら)の焼き討ちのシーンでも、ジーっと黙って見てたわけですね。松永久秀(まつながひさひで)が焼いてる時も、ジーっと立ってたわけですよ。

房野 すごい! 奈良時代からずっとってすごいですね。

伊藤 あと奈良の鹿は、飼われているわけではなくて、実は野生なんです。野生のシカなのにあそこまで落ちぶれるというか。人様から鹿せんべいを恵んでもらうという、まったく野生を失っているんです。そこまで堕落したか! と思いながら鹿を見るとか。

房野 面白い(笑)。

伊藤 どうしても定番のコース回らされてしまうときは、視点を変えれば楽しいんじゃないかなと思います。

質問者8 私はすごい戦国時代が好きで、それを友達に言うと、好きな戦国武将を聞かれるんですけど、その時に毎回「武田信玄」と言ってるんですが、本当に好きなのは、武田信玄の二十四将の山県昌景(やまがたまさかげ)で。

伊藤 あ~、山県昌景ね。

房野 なるほど、伝わらないね(笑)。

質問者8 マイナーな武将がすごく好きなんですけど、先生方の……

房野 うん、俺、先生じゃないんですわ(笑)。ありがとう!

質問者8 (笑) お好きな武将がいたら、教えてもらいたいなと。

伊藤 山県昌景、実はメジャーなんですよ。

房野 そう、大メジャー。

伊藤 彼の兄の飯富虎昌(おぶとらまさ)が、最初に赤備え(あかぞなえ)、赤い鎧(よろい)ですね、を使って。それを山県昌景が引き継いで、それが井伊直政(いいなおまさ)に引き継がれたんです。
赤備えはものすごく高い材料を使うので、これを揃えられるっていうことは富を持ってる象徴でもあるわけですよ。
で、僕が一番好きなのは、山県昌景の家来がいろいろといるんですが、その中の孕石泰時(はらみいしやすとき)です。孕石泰時って山県の後に井伊家に仕えるんですよ。で、井伊の赤備えのトレーニングをしてるんです、それで最終的に何がすごいって、彼は真田幸村の赤備えと戦うんです!

房野 うわ、すごい! 知らなかった。僕は榊原康政(さかきばらやすまさ)かな。これ、あんまりピックアップされないけどね。徳川四天王(※)の一人なんだけど、絶対省かれるんですよ、榊原康政って。
(※徳川家康に仕えた、酒井忠次、本多忠勝、井伊直政、榊原康政のこと)

伊藤 そうそう。本多とかに比べてインパクトがね。

房野 インパクトが薄い。家康の息子の秀忠が関ケ原の戦いに参戦できてなくて、親父怒るじゃん。でも秀忠はそれを無視したんだけど、その仲を榊原が取り持ったっていうのが好きで。
「殿、それはダメです。世間から笑われますよ」と言って、秀忠が参戦できなかった理由も、使いの者が遅れたとか理路整然と説明したらしいんですけどね。そうやって上司に物申すことができるっていうところが好きかも、榊原さん。

質問者9 うちの先祖が榊原康政って言われてるんですけど。

房野 ええーっ!

伊藤 お~! 来た!

房野 そら手挙げな、しゃーないですよ(笑)。マジで?

質問者9 名前は聞いたことがあるんですけど、やったこととかは知らないので……

房野 先祖なのに!?

質問者9 榊原康政について何か教えてもらえますか?

房野 まずね、字がうまかった。それが生きた瞬間があって。家康と秀吉が一回戦ってるんだけど(小牧・長久手の戦い)、部分部分では家康って勝ってたのね。

伊藤 勝ってますね。

房野 秀吉の方が軍勢多かったのに!
で、この戦いの中で榊原康政が何やったかって言ったら、文字書いてるのよ。
「あいつは信長さんが上司だったのに、その恩義も忘れて、裏切って、自分が天下人みたいな振る舞いして、こんな奴、許せますか?」
「そんな奴に皆さん、参戦しちゃダメですよ。力、貸さないでください。うちの殿、違いますよ。正義の道はこっちにあります」
って、秀吉をメチャクチャディスる文書を(笑)。
それを見た秀吉が激ギレして、「殺せ~!」ってなる。で、懸賞金かかる。それが十万石。
そうそう、当時のその「一石」っていうのが、米、何俵か?みたいなのを、今で言うグラムに換算して、そこに今の米の値段を掛け合わせて、遊びで出してみたことがあったんだけど、十万石って45億円。
一人にかかった懸賞金が45億よ? もう『ワンピース』じゃん、こんなもん。

伊藤 (笑)

房野 で、戦いが終わって、仲直りの使者を呼ぶんだけど、秀吉が榊原を指名するんです。もう絶対殺られるじゃん、ディスったから。
そしたら「いや、違うんだよ。君のことは本当腹立ったけど、よくよく考えたら家康にこんだけ純粋に仕える君、すごいね」って言って、豊臣の姓をもらってるのよ。
すごくない? 豊臣姓もらって、官位っていう偉い職業ももらってる。だから君の先祖、すごいんだよ……本当に先祖か?

   (会場爆笑)

房野 と、そんな人です!

伊藤 これに付け足しておくと、歴史上、最も字が下手で、字を書くのが嫌だっていって、公式文書を一切残さなかった、にもかかわらず、ついこの間筆跡が見つかってしまったっていう人が、幕末の人物でいるんです。彼は歴代首相の中で最も身長が高いことで有名な人ですけどね。180センチあったそうです。大隈重信なんですね。

房野 大隈重信、はいはい。

伊藤 大隈重信は字を絶対に残さない、一切書かないんですよ。字が汚いっていうのを自覚していてっていう。内閣総理大臣になる時に、サインしなきゃいけないんですが、それも他の人に書かせてたぐらいだった。にもかかわらず、ついに発見されたんです。
ーーこうやって、今みたいに、戦国時代の話から違う時代に話が飛んでも、何かしら繋がってるんですよね。興味は、縦にも、横にも、斜めにも、どんどんどんどんつながっていくから。
試験のために勉強するわけじゃないんだから、どんどんこうやって広げていくといいと思いますね。
なので、今回のこのイベントもそうですけど、房野さんの本も、僕の『歴史人物かるた』も、歴史の入口になってくれればいいですね。

房野 本当にそうです。

伊藤 ここから好きなところに広げていく。先祖の話から広げていけばいいじゃないですか、榊原家から。

房野 そうそう。行けるかも。ここから、歴史を好きになる可能性あるかもね。

伊藤 そうですよね。

房野 (質問者9の方を見て)浮かねぇ顔してんなぁ……(笑)。「ああ、そうだったんだ」ってなった? ありがとう。

伊藤 ちょっとでも、興味持ってもらったらね。

房野 いやぁ、良い質問でしたね。

伊藤 こっちも答えを用意してるわけじゃないから、アドリブで答えてるんだけど、皆さんよく引き出しくれますよね。

房野 いや、そうですね。さすがこのイベントに来ようと思ってくださっただけありますね。皆さん、素晴らしい。

伊藤 ね! 雨降ってるのに。本当にありがとうございます。

房野 ありがとうございました!

伊藤 ありがとうございました!


取材・文=成田全(ナリタタモツ)

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