上原さんが44歳のときに出会った固有のテーマ

妻に浮気をされた夫、60年間休まず新聞配達のアルバイトを続けた男性、初めて勤めた会社でパワハラに遭った女性、川柳だけが生き甲斐の男性、初めてできた恋人にフラれた男性、4人の子どもを育てるシングルファーザー、街で看板持ちのアルバイトをする男性、今日で閉店する古書店の店主──。

これらは上原隆さんの新刊『こころ傷んでたえがたき日に』(幻冬舎)で取り上げられている人々だ。

上原さんの本には苦しい状況にある人や生きづらさを抱えている人が数多く登場する(全員が不幸というわけではないが)。これには理由がある。上原さんの根底には「困難に直面したとき、人はどう自分を支えるのか?」というテーマがあり、この問いを携えて人々の話を聞きに行っているからだ。

では、上原さんはどうやってこのテーマと出会ったのか。それは44歳のときだったという。もうひとつの新刊『君たちはどう生きるかの哲学』(幻冬舎新書)にその過程が紹介されている。

上原さんは中学生のころから「表現者として生きたい」という願望があった。「他人にほめられたい」という気持ちも人一倍強かった。しかし、自分には特別な才能も、他人より秀でた部分もなかった。これなら自分にもできそうだと記録映画の会社に就職するが、思い描いていたような表現の仕事ではなかった。

やりたいことと食うためにやっていることが一致せず、悶々とした日々が続く──。こういった自分の問題点を紙に書き出し、「私の問題とは何か」とひたすら考える。その果てに見えてきたのが、先に挙げたテーマだった。

 

 表現者として生きたい。しかし、才能がない。それなのに表現することをあきらめられずに苦しんでいる。
 〈痛いな〉と思った。
 さらに模造紙を眺めていて、ふとこの〈痛さ〉には普遍性があるのではないかと思った。
 「他人よりも秀でたところのない砂粒のような存在だと自覚しなければならないとき、人はどう自分を支えるのか?」
 これは私の問題だ。そしてたぶん多くの人に共通する問題だ。
──『君たちはどう生きるかの哲学』より引用

自分を掘り下げ、他者とつながり、普遍性へと迫っていく

「横浜駅でカードローンの看板持ちをやっている男性に話を聞いたとき、『通りを歩いてくるきれいな女性とか見るんじゃないですか?』って質問したんですよ。

そしたら彼は『見るけど、見ちゃダメなんですよ。俺は単なる看板で、看板を支える棒だから。俺の人生は時間をつぶしてるだけだ』って。

それを聞いたとき、『ああ、私も同じだな』って思ったんです。どの人生も最終的には死ぬわけで、時間をつぶしてるだけかもしれない。そう考えると、『自分は棒でしかない』っていいセリフだなと思えてきました」(上原さん)

 

このように、上原さんは単に人の話を聞くだけでなく、聞いた話の中に自分を見出したりもしている。毎日新聞の『仲畑流万能川柳』にほぼ毎日投句しているという61歳の男性について書いた「恋し川さんの川柳」では、こんなことを思ったそうだ。

 

「彼は文京区の小石川に住んでいることから“恋し川”と名乗っているけど、恋人もいない。部屋に行くとラジオもテレビもないし、休日に遊ぶ友達もいないという。とにかく川柳だけが楽しみで、誰かが自分の川柳を読んで『あっ!』って鼻をあかしたり、『それは思いつかなかった』と悔しがられたりするのが何よりうれしいそうなんです。

それを聞きながら、『ああ、この人は私だ』って思いました(笑)。私も孤独だし、大して楽しい人生を送ってないけど、唯一文章で『あっ』とか『おっ』とか思ってもらえることが生きがいだなって。恋し川さんは私だって共感しながら書いてました」(上原さん)
 

自分を掘り下げ、他者とつながり、さらなる普遍性へと迫っていく。上原さんの書くものには、常にこのような態度が徹底されている。だからどの人の話を読んでも上原さんを感じるし、どこかしらに読者である自分自身をも見出せる。そしてその結果、不思議と孤独や不安がやわらぐ。

私自身、過去に大きな失恋をしたとき、上原さんの本を繰り返し読み、傷心していた自分をずいぶんと支えてもらった。

 

「私の書くものには、つらい人だったり困難だったりする人が多いので、読んだ人が『自分より不幸な人がいる』『自分はまだマシだ』と思える作用があるのかもしれません(笑)。

清田さんがそうだったかはわからないけど、私自身も例えば地べたで生活している人を見ると正直そんな風に思ってしまったりする。そういうのは倫理的に良くないことかなって以前は考えていたけど、それも悪くないのかもって思い直したんです。

たとえイヤらしい優越感であっても、その人を支えるものならいいんじゃないかって」(上原さん)

 

 私は、人から話をきき、行動をともにする中で、彼や彼女を支えている考えや言葉の通俗性に気がついた。そして、その通俗性が役に立っている場面に何度となく出合った。彼らがその考えや言葉に支えられているならば、それが通俗的であろうとなんであろうと、全面的に肯定したいと思うようになった。
──『こころが折れそうになったとき』より引用

 

この考えが、上原さんがこれから本格的に取り組もうとしている「限界哲学」というテーマへとつながっていったという。

哲学者・鶴見俊輔にヒントを得た「限界哲学」とは

「私が敬愛する哲学者・鶴見俊輔さんの提唱した概念に『限界芸術』というものがあります。

鶴見さんは芸術を3つに分類していて、専門的な芸術家によって作られる『純粋芸術』(例えば絵画)、芸術家と企業が合作する『大衆芸術』(ポスターや紙芝居など)、そして生活の中で人々の美意識が生み出す『限界芸術』(らくがき、年賀状、羽子板の絵など)です。これらはピラミッドのような構造になっており、裾野に限界芸術が広がっていて、そこから大衆芸術→純粋芸術へと昇華される。

このように、芸術というものが人々の日常生活からできあがっていることを示してくれたのがこの概念の画期的なところだと思っているのですが、私はこれになぞらえ、『限界哲学』と呼べるものがあるんじゃないかと考えています」(上原さん)

 

いわく、頂点にカントやデカルト、ハンナ・アーレントといった哲学者による「純粋哲学」があり、その下に哲学者や思想家などの人生論・格言集といった「大衆哲学」があり、そして裾野に広大な「限界哲学」が広がっている。ここには例えば、占い、おみくじ、座右の銘、ことわざ、プラス思考、カレンダーに書かれた言葉、「自分より不幸な人がいる」という考えなどがあり、それがその人を支えるものであればなんでも限界哲学になり得るという。

 

「限界哲学においては役に立つということが大事で、正しいとか間違ってるとかに重要な意味はありません。

『俺は看板の棒に過ぎない』という考え方や『川柳をほめられてうれしい』という気持ちは、通俗的かもしれないけど確実に彼らを支えていますよね。

私はひとりで暮らしていて、普段はご飯を食べたり、ストレッチをしたり、散歩をしたりと、わりと孤独だったりするんですが、誰かに取材し、テープを聞き始めると、その人との関係性が出てきて、不思議と孤独感がなくなるんですよね。1本の原稿が書き上がるまで1週間から10日間くらいかかりますが、その間はあまり本も読まず、ずっとその人のことを考えているので」(上原さん)
 

 

 人には、子どもの頃から体に蓄積された考えや感じ方がある。成長するにしたがって、知識として理論を学び、ひとつの世界観を持つようになる。質問されれば、新聞の社説のようなこともいえる。子どもの頃に蓄積された考えや感じ方は意識の下の方に押し込まれ、忘れ去ったかのようになっている。ところが、困難に直面し、つらい状態に追い込まれると突然、体に蓄積された子どもの頃の考えや感じ方が噴出する。そしてそれが知識より何よりその場の自分を支える強い力となる場合がある。
──『こころが折れそうになったとき』より引用

 

自分自身を掘り下げ、固有のテーマを見つけた上原さん。そして、それを元に様々な人から聞かせてもらった言葉が、今度は自分自身の癒しや支えになっている。そう考えると、取材者との出会いは上原さんにとっての限界哲学になっているのかもしれない。では、私たちにとっての限界哲学とは──。

そんなことを考えさせてくれる上原さんの本に、みなさんもぜひ触れてみてください。
(おわり)

◎上原 隆(うえはら・たかし)
1949年、神奈川県横浜市生まれ。エッセイスト、コラムニスト。立命館大学文学部哲学科卒業後、記録映画制作会社に勤める。勤務のかたわら雑誌「思想の科学」の編集委員として、執筆活動を始める。その後、執筆業に専念。著書に『友がみな我よりえらく見える日は』『喜びは悲しみのあとに』『雨にぬれても』(幻冬舎アウトロー文庫)『にじんだ星をかぞえて』(朝日文庫)『胸の中にて鳴る音あり』(文藝春秋)など多数。この夏に『君たちはどう生きるかの哲学』『こころが傷んでたえがたき日に』(ともに幻冬舎)を出版した。

(写真:パトリック・ツァイ)

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