人類の悲しみの記憶を巡る旅を続けてきた観光学者の井出明さんと、都市の闇に分け入り観察を続けてきたジャーナリストの丸山ゴンザレスさん。このたび、お二人の最新作――『ダークツーリズム』(幻冬舎)と『GONZALES IN NEW YORK』(イースト・プレス)の出版を記念した旅対談。
第2回は、世界を旅してきた二人が思う、日本の観光のもったいない部分について。
(構成:東谷好依 撮影:菊岡俊子)

ラスベガスを真似るのは容易ではない

井出 私が丸山さんの旅で最も共感を覚えるのは、実はラスベガスの見方なんです。以前「クレイジージャーニー」で、ラスベガスの地下住民を取材していましたよね?

丸山 取材しましたね。地下住民というとキャッチーな印象がありますが、まあ、ラスベガスのホームレスです。彼らは、ボール紙に「僕はこの戦争とこの戦争に従軍しました。今はホームレスしています」と書いて、赤信号で止まっている車の運転手に寄付を求めるんです。そうすると、ものの20分で多いときには100ドルくらい集まるらしいんですよ。「こういう稼ぎ方があるのか」と驚きましたね。

井出 アメリカを象徴する街がどこかという話で、ワシントンかニューヨークかという論争をよく聞くじゃないですか。でも、私はラスベガスだと思っているんですよ。ラスベガスのダウンタウンと呼ばれるエリアには、ホームレスなど貧乏な人たちがたくさんいるわけですよね。基本的には安全できらびやかな街だけど、陰の部分もしっかりある。アメリカを知るためにも、ラスベガスには一度行くべきだと思いますね。

丸山 僕は大学で考古学を専攻していたんですが、古代遺跡などを見ると、人が住まなくなった街というのは一気に埋もれてしまうんです。砂漠の都市なんかは文字通りの意味で埋もれます。だから、ラスベガスのように、砂漠の真ん中に街があるのは、異常なことなんですよ。あれだけの都市を砂に埋もれさせず維持するのに、どれほどのエネルギーが投下されているんだろう……と、行くたびに考えてしまいます。

井出 日本でも7月にカジノ法案(統合型リゾート[IR]実施法案)が成立しましたが、反対派の人たちの意見は、かなり短絡的だと思っているんです。ラスベガスって、ギャンブルではなく、国際会議とショービジネスで稼いでいる街なんですよね。虚像でありながら、実はちゃんと金が回っている。その中に、付帯要素としてカジノが入っているだけなのに、その部分だけを抜き出して「パチンコと同じじゃないか」という人が実に多いですね。

丸山 エンターテインメントの要素や宣伝を含めて、どれだけの労力が投入されているか、ラスベガスに行くとわかります。東京に巨大なホテルを建てて「カジノ施設を作りましたので、来てください」と呼びかけても、それほど簡単に人は来ないだろうと思いますね。

地域の暗部も観光資源になり得る

井出 いま、政府が地方創成を進めていますよね。ところが、地方自治体には観光開発のノウハウがないので、結局、民間コンサルに丸投げするケースがかなりあります。そうすると、どの地域でも「おいしい料理」「きれいな景色」「温かい人たち」という3本柱で観光開発をしていくことになるんですよ。

丸山 某県のガイド記事を依頼されたときに、かつて神社の敷地に遊郭があったという場所についてリポートしたら、全部カットされたことがあります。「貴重な文化遺産だと思うし、伝えていくべきだと思いますが」と言ったら「そういう方向で売り出す気はないので」と撥ね付けられましたね。過去の歴史に蓋をしてもいいことはないと思うし、むしろ打ち出していくことで価値を生み出すと思うんです。

井出 ネットが普及して以降、ニッチな観光というのが世界中でブームになっています。まだ知られていない場所に行きたいという人たちは増えていて、ロングテール現象のようになっているわけですよね。各自治体は、それに応える責務があると思うんですけれども、地域の暗部に触れると、どこでも嫌な顔をされますね。

丸山 青木ヶ原樹海などは、「日本一有名な自殺スポット」として知られているので、観光したいという外国人も多いようです。僕の友人で、樹海をメインに執筆活動をしている人がいるんですが、海外から直接「樹海を案内してほしい」と連絡がくることもあるそうです。そういう人たちって、自殺遺体が見たい人もいるとは思うんですが、大半の人は非日常の雰囲気を放つ場所を見に行きたいだけだと思うんですよ。地元自治体がダークツーリズムの窓口に立つと、そういう旅行客の誘致にもつながりますし、観光地化していくことで自殺も一定数は防げることもあると思うんですよね。

井出 観光を介した啓発というのは、どんどん失われていっている感じがしますね。国から与えられたお金を使って、なんとなくアートイベントなどを開催し、回していくだけになっている。

丸山 その最たるものがクールジャパンだと思っています。よく目にするのはアニメとのコラボレーション。やるのはいいけれど、日本がプッシュするポイントと、海外の人が惹かれるポイントがズレてしまっている気がします。アメリカ人の友人が遊びに来たときに「東京を案内してくれよ」と言われて、どういう場所を案内してほしいか聞いたら「電線が集まっているところ。日本のアニメでそういうシーンをいっぱい見た」と言われたんですよ。近代的な都市と、東南アジアの発展途上国のように張り巡らされた電線とのギャップが、彼らの“東京”のイメージなんですよね。

東京という街は、2020年に向けて急速に変化していくと思いますが、特徴を排することで「カッコ悪い」「魅力がなくなった」と受け取られてしまうこともあるかもしれません。難しいけど、そのさじ加減をうまくやった都市は、成功すると思いますね。

不正を暴くことがジャーナリストの仕事ではない

井出 丸山さんが、いま注目されている都市はどこですか?

丸山 ニューヨークは訪れるたびに変化するので、常に注目していますね。東南アジアだと香港あたりでしょうか。中環(セントラル)地区で起きた雨傘革命のときに、僕は現場に行って取材をしたんです。香港はこの事件を境に中国寄りになり、これまで築いてきた香港らしさを失っていくのかもしれないと、すごく感じましたね。

井出 香港はいま、どんどん英語が通じなくなっていっていますよね。寂れていく途中というか、繁栄した都市が50年かけてなくなっていく様を見ている気がします。ほかに、定点観測している都市などはありますか?

丸山 ミャンマーのヤンゴンですね。僕は、各国の裏社会の成り立ちを知識では知っていても、目撃はしていないわけです。裏社会の原初的な形態って何なんだろうと、ずっと気になっていたんですよ。軍事政権から民政移管を果たしたミャンマーでは、近いうちに裏社会的なものが生まれるだろうと推測し、2013年から定期的に取材に行くようになりました。

ミャンマーでは現在、ビルごとに戦後の日本にあった近代ヤクザの原初形態ともいうべき「◯◯一家」的なものが生まれています。不動産の所有者が、若い衆を集めて、ビルの周りに配するようになったんです。それを見て「裏社会の初期形態は、これかもしれない」と。やっぱり、どの国でも、裏社会は利権を握れる人たちを中心に生まれていくんですよね。

井出 非常に面白い話ですね。現地に長期間留まって研究するタイプの学者の中には「2〜3日現地を見ただけで何がわかるんだ」と、ジャーナリストの活動をことさら下に見る人がいます。でも、今のお話を聞くと、学者とジャーナリストの役割っていうのはやっぱり違うんだなと。学者とジャーナリストが協力して、異なる視点からアプローチすることで、意味のある仕事につながっていくだろうなと確信しました。

丸山 ジャーナリストの仕事は、日本では認知が浅いですよね。「クレイジージャーニー」で僕の出演回を見た人が、「何もしないのに、何しに行ってるの?」とツイートすることがあるんですよ。ジャーナリストの仕事=その場で何かを起こすことだと考えている人が多いんでしょうね。騒乱の現場でなにか起こしたら革命家になってしまいますよ(笑)
ジャーナリストの仕事というのは、これまで知られていなかった情報を探り、それを発信して議論の俎上に上げていくことであって、不正を暴くことじゃない。もちろん、そういう意識を持って活動しているジャーナリストの方もいますが、僕がやっていることは、そういう類のものではないということですね。そんな感じで、かなり真面目にジャーナリストをやってるんですが、名前がふざけているので信用されないという問題もあるんですけどね。
(第3回に続く。10月12日公開予定)

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<金沢と新潟で井出明さんトークイベント開催>
「ダークツーリズム~世界と北陸 悲しみの記憶を巡る旅」

会場:石引パブリック(石川県金沢市石引2丁目8-2 山下ビル1F)
日時:2018年10月21日(日)開場15時/開演15時30分
入場料:1000円(1ドリンク付)
詳細・予約のページ

井出明「ダークツーリズム入門」
会場:北書店(新潟県 新潟市中央区医学町通2番町10-1 ダイアパレス)
日時:2018年10月28日(日)
詳細のページ

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井出明『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』

人類の悲劇を巡る旅「ダークツーリズム」が世界的に人気だ。どんな地域にも戦争、災害、病気、差別、公害といった影の側面があるが、日本では、それらの舞台を気軽に観光することへの抵抗が強い。しかし、本当の悲劇は、歴史そのものが忘れ去られることなのだ。小樽、オホーツク、西表島、熊本、栃木・群馬などの代表的な日本のダークツーリズムポイントを旅のテクニックとともに紹介。未知なる旅を始めるための一冊。