いろいろ悩みがちな男友達が、占いへ行ったそうだ。婚期は十年後と言われた、とがっかりしていた。
 彼は三十代半ば。確かに十年は長い。
「今は仕事を頑張れってことみたい」

 仕事が十年途切れずかつ十年後に絶対結婚できるなら、それはそれでいい人生であろうに、彼は眉間にしわを寄せため息をついた。少しネガティブが強めな人なので、彼と話をしているとため息ばかり聞くことになる。

「そういえばこの間、前の奥さんに会ったんだけど」
 言いかけた彼の言葉を思わず遮る。
「会ってるの? 前の奥さんに?」
 彼は、うん、となんてことない顔でうなずいた。
「なんで会うの?」
「なんでって、……、心配だからかな」
「なんで心配するの?」
「一人でやってけてるかなとか、普通思うでしょう」

 数年前、離婚したいと奥さんに言われた彼は、そのほうが彼女のためだ、そう思って承諾した。離婚の原因は少し複雑で、二人の問題というよりむしろ周囲のせいであったことは聞いている。でもだとしても、別れたあとも二人が会い続けることは、お互いの新しい道を進みにくくしているのではないか、と思う。元・奥さんを心配する権利を彼はもう持っていない。心配するのは仕方がないけれど、その感情は自分の中で処理するべきだ。彼女に向かって投げてはいけない。別れるということは、そういうことだとわたしは思う。

「まだ好きなの? 元・奥さんのこと」
「そんなことないけど」
「じゃあ会わないほうがいいよ。そうじゃなきゃ、新しい恋愛なんかできるわけないよ」
 わたしの言葉の意味がまったく分からない、とでもいうような顔で、彼はそうかな、とつぶやいた。

「でも今は恋愛できる気がしないし。俺のこと好きになってくれる人なんか、もうこの先現れない気がするし」
「そんなこと絶対ないよ、絶対ない」
 わたしが力強く断定すると、ようやく彼は少しだけ明るい顔をした。
 でも気づいてしまった。彼は、元・奥さんとやり直したいのだ。本人が気づいているかどうかは分からないけれど。

 『彼女のため』に離婚をした、彼はそう言っていた。でも本当にそれは彼女のためになったのか? 彼女は離婚して数年たつ元・夫の呼び出しに応じている。「もう関係ない」そう言って断ることもできるのに、彼に心配されることを受け入れている。それは、彼女の心にまだ彼がいる証拠なんじゃないのか? ひょっとして彼女は、『彼のため』に離婚をしたんじゃないのか?

 あの有名な寓話を思い出す。自慢の金色の髪を売って夫のために時計の鎖を手に入れた妻と、父の形見の金時計を売って櫛を手に入れた夫の話。この話を聞いたとき、どうして二人は先に話をしなかったんだろう、そう思った。わたしはあなたに金時計を大切にして欲しいと思っている。俺は君の髪が好きだ。そう伝えあうことができていれば、そんなことにはならなかったはずなのに。

 彼は、元・奥さんに「離婚したほうが僕たちは楽になれるのかもしれない。でも僕は君と離れたくない」そう言うべきだった。絶対に離婚したいと思っていたら、彼女はどんな手を使ってでも彼から逃げ出したはずだ。そして彼女が逃げ出したいくらい離婚したかったのだと知ったら、彼だって五年も前に離婚した人を想い続けることはなかっただろう。

 みんな、もっとわがままにならなければならないんじゃないのか、と思う。相手が本当のことを口にしているかどうかは、どうしたって分からない。だからこそ、自分の気持ちを伝えるしかない。相手の気持ちを慮ることだけが優しさではないのだ。

 彼の婚活はうまくいかないだろう。でもいつか、今よりももう少しわがままになれた彼が、元・奥さんを再び迎えに行けたらいいなと思う。それができるようになるには、きっと十年はかかるだろうけれど。
 占いは、当たっているのかもしれない。

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