火元の杉田水脈氏のLGBT差別論文は、朝日新聞叩き特集の流れから

 25日、「新潮45」が休刊を発表した。二の舞、三の舞になりそうな雑誌はほかにもある。「新潮45」のこれまでをふりかえり、改めて検証してみたい。

 今回の騒動のきっかけになった杉田水脈衆議院議員によるLGBT差別論文には、たとえば、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか」とあったが、実際にはパートナーシップ制度を導入した東京都渋谷区でもLGBT関連予算は微々たるもので(平成29年度は一般会計予算926億円のうち、たったの1100万円)、この時点ですでに事実にもとづいていなかった。

 出版業界では「新潮社の校閲部は最も厳しい」と噂されるほどであったが、なぜこのような事実に基づかない記事が掲載されるに至ったのか。9月25日に新潮社が発表した『新潮社「新潮45」休刊のお知らせ』によれば「ここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていたことは否めません」。

 そもそも杉田論文は、「日本を不幸にする『朝日新聞』」という目玉特集の一本として発表されたものだった。「不公平な受験を生む『天声人語』商売」「もう止めるべきだろう『夏の甲子園』」など7本の寄稿のうち、《朝日新聞のLGBT支援報道が多すぎて、社会に悪影響を与えている》という筋書きにはじまるのが「『LGBT』支援の度が過ぎる」だ。

 この3年ほどの「新潮45」の特集をふりかえると、特に2018年に入ってから急激に「安倍政権寄り」「野党・リベラル叩き」「朝日新聞叩き」に舵を切ったことが見てとれる。

「新潮45」はもともと《保守》とされる立場に軸を置いた雑誌だった。だが、この数年の保守派の傾向に乗り、肝心の「なにを保守するのか」という部分が迷子になったまま、「安倍政権を保守し、弱い野党をもっと叩いて潰す!」という権力志向に追従した商売へと流れたようだ。

 森友・加計学園問題に関する安倍擁護報道と連動するように、『正論』(産経新聞社)、『WiLL』(ワック)、『Hanada』(飛鳥新社)などの雑誌と同じく、右派の大スター・櫻井よしこ氏、阿比留瑠比氏、そしてケント・ギルバート氏などの名前とともに「いつわりの『安倍潰し国会』」「『反安倍』病につける薬」「『野党』百害」など露骨な言葉が表紙に並ぶようになる。

 

2018年は「“反安倍”叩き」と「朝日新聞叩き」、2017年は小池百合子

 2017年はというと、天皇陛下のご退位に関わる議論と、衆院選における小池百合子東京都知事の「排除いたします」発言、ブラックボックス化がささやかれていた都民ファーストなど、その時々の話題が取り上げられていた。

 

 2017年8月号の「日本を分断した天皇陛下の『お言葉』一年」という、まるで天皇陛下批判とも受け取れる特集は、安倍政権とそれを支える国内最大級の右派団体「日本会議」寄りの見出しだろう。自民党の国会議員405名中249名が加盟する日本会議は、「集団的自衛権の行使容認」「憲法9条2項を据え置いて自衛隊明記」などの主張で安倍政権をバックアップしてきた。

 天皇陛下のお言葉には、「生前退位に反対」「摂政を立ててでも天皇を続けるべき」「お言葉は憲法違反だ」など猛然と批判する日本会議系知識人らの発言が右派系メディアに踊ったが、現実には、お言葉の公表後、世論調査では「生前退位に賛成」の声が一貫して大多数であり続け、特に日本は分断されてはいなかった。

 そして、この時点では「新潮45」も、今回、廃刊になった号と同じ若杉良作編集長による編集方針であったが、まだ完全に振り切った状態ではなかったらしい。安倍政権寄りの特集を組んだ翌月の2017年9月号には、「安倍政権の本質はカルトみたいなもの」というタイトルが表紙に掲載されている。書いた適菜収氏は、『安倍でもわかる保守思想入門』(ベストセラーズ)など強烈なブラックジョークで安倍政権やその周辺の無知・詭弁を批判してきた作家で、「新潮45」では2016年5月号より連載『だからあれほど言ったのに』を持ち、歯に衣着せぬ政権批判を書いてきた。2017年の時点では、その寄稿タイトルが表紙に掲載されており、まだバランス感覚のある編集方針だったようだ。

2016年の特集の特徴はさほどなく、社会問題全般が中心

 2016年以前は、社会問題全般を扱う印象が強かった。また、「死ぬための生き方」「私はいつまで生きればいいのかな」「逝くことが幸せ」「超高齢社会は怖くない」などの高齢者向けキーワードも目立つ。ネットとスマホが普及した現代では、新聞や雑誌を買って読むという文化を持ち、なおかつ毎月お金を払う余裕があるのは、ほとんどが高齢者である。当然、「新潮45」も「どの層に向けて雑誌作りをすれば、生き残れるか」が編集方針のなかの重要な部分を占めていただろう。

 

 

 一般社団法人日本雑誌協会が公表している「印刷証明付き発行部数」によると、「新潮45」の最新の発行部数は月平均16,800部(2018年4~6月)。ちょうど1年前が19,067部(2017年4~6月)、2年前が21,200部(2016年4~6月)。2008年は42,833部だったから、この10年間で40%以下にまで落ち込んだことになる。

 その末路が、「“反安倍”叩き、野党・リベラル叩き、朝日新聞叩き」を望む権力志向の右派界隈をターゲットにすることであり、そのためならば、事実もスルーする差別論文の掲載、そして、批判に対しては「そんなにおかしいか」と剥き出しの見出しを打つ「炎上商法」だったということになるのだろう。新潮社の伊藤幸人取締役は「炎上商法」を否定しているが(「炎上商法」を否定=「新潮45」休刊 2018.9.25 時事通信)、「部数低迷に直面し」、「編集上の無理」を突き通して、「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」を容認するということは、「それでも売れるなら構わない」という魂胆があったからだと判断される。それが世間の常識感覚ではないだろうか。

 雑誌に限らず出版物の売り上げの低迷は深刻だが、編集方針によっては良い方向を導き出すこともできたはずだし、なにより、プロの編集部を携えた媒体がひとつなくなることは、それだけ言論や表現の幅が狭まることになってしまう。2018年に入ってからの「新潮45」の特集の組み方はあまりに異常すぎるものだったが、連載陣のなかには良質な寄稿を真面目に続けていた書き手もいた。これまでの自誌の編集方針を自ら徹底検証する特集を組むなど、言論空間としての軌道修正を図ることも考えられたのではないかと思ってしまうが、やむなしということだろう。

 売るために舵を切り、ネジが飛び、そしてバランスを取り崩して沈没していった「新潮45」の末路は、非常に残念だ。

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