西野監督から森保新監督に引き継がれた新生日本代表は、コスタリカ相手に3-0の快勝というこれ以上ない気持ちのいい船出を果たした。
 コスタリカもBチームで日本もBチームだから云々と文句も耳にするが、悟空やベジータがいない天津飯、餃子、ヤムチャたちのチームでサイバイマンたちと戦って快勝したと思えばいいのだ。

 思い返せば、これまでのW杯は外国人監督が4年の任期でW杯に臨み、終わればまた新しい外国人を連れてきて、暗雲が立ち籠めるとドタバタで日本人監督に引き継がれるという悪しき流れが当然のようになっていた。
 当然やっておかなきゃいけないことだったのに、いままで何故か上手くできていなかった仕事の引き継ぎである。
「私がロシアワールドカップ(W杯)にコーチの1人として大会に参加させていただいて、西野(朗)監督から多くのことを学ばせていただいて、それらをその先につなげるという意味でも、私自身トライしてやっていきたいと思っています」
 森保監督はそう言っていたが、今回の代表はW杯から途切れることなく真っ当に引き継がれた、稀な例ではないだろうか。
 新メンバーの初陣で、ミスらしいミスがない上に、スムーズに攻撃的な試合を繰り広げることができたのは、監督の上積みがあってこそだと感じる。
 むしろこれまでそんな当たり前の引き継ぎ・上積みがなかったのが不思議なのだ。
 仕事ができるらしいという外国人がやってきて日本人の上司になり、部下たちはやり方も手探りで言葉も通じずコミュニケーションも捗らないで顔色を伺いながら仕事をしていては、そりゃあ成果も出す方が難しいだろうと容易に想像ができる。
 そんな島国根性の犠牲となったというべきか、ハリルの裁判はどうなっているのだろうか。W杯も終わった7月末に口頭弁論が行なわれたというネットニュースは見たが、その頃はベルギー相手に善戦という明るい持ち上げムードばかりで、一国の将を追われた者の闇は深くなるばかりで見えにくくなっているのが恐ろしい。

 ロシアW杯が終わったばかりだというのに、もう次のカタールW杯の話を持ち出すメディアもあるが、今回のロシアW杯から学んだことは、オチはどうなるか誰にも分からないのだから、途中経過を楽しめばいいのである、ということである。
 ドラマが始まったすぐからオチを気にしていては身が持たない。
 W杯の結果をドラマの最終話のオチとするならば、それまでの過程も楽しまないと。
どんな登場人物が出てきたり消えていったり、どんな強敵や雑魚や起伏に富んだドラマが現れるのか。
 代表サッカーというのは、1話90分の試合とピッチ内外で起きるドラマも含めてこれから4年間も続くというアメリカのドラマシリーズのような長丁場の壮大なドラマを楽しむものなのだから。

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