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夏の怒りのデス・ロード

2018.08.27 公開 ツイート

国家と社会の私物化が進み、自由がなくなる 藤井達夫

iStock/Nancy Haggarty

権力者の横暴で荒れる平成最後の夏

平成最後の夏の茹だるような暑さの中、日本ボクシング連盟をめぐる助成金の不正流用、パワハラや審判への圧力などの問題は、渦中の個性的な会長の存在もあり、連日メディアをいっそう熱くさせた。

大学で起きた不祥事も記憶に新しいだろう。東京医科大学での入試結果の操作をめぐる問題。少し前になるが、故意に危険なタックルを部員にさせた日大アメフト部の問題もあった。

権力を持つ者の横暴と責任逃れ、モラルハザード。封建的な上下関係や性差別、ありとあらゆるハラスメント。それらが明るみに出れば必ず生じる、忖度に嘘、そして誤魔化し。他にもまだまだ列挙は可能だが、いずれにせよ、こうしたニュースを耳にして私たちの社会では、未だにこんなことが行われているのかと呆れた人もいるだろうし、あるいは、自分の属する職場などの組織でもそれほど変わらない、と身につまされる人もいるだろう。

確かに、各自の経験にもとづいてそれぞれの出来事にフォーカスするなら、社会の片隅の特殊な組織での例外的な事例と見なしたとしても、日本の社会に綿々と続く無責任体質と見なしたとしても、何ら不思議ではない。しかし、こうした一見バラバラな出来事にはつながりというか、共通する問題があるとすればどうだろうか。その問題が現代の日本社会の土台を蝕んでいる。そんな風に考えてみることはできないものか。

“私物化”という社会を蝕む元凶

この問いを考えるには、森友・加計問題がうってつけだ。一連の事件では、安倍首相およびその妻に対する官僚らの忖度があり、これによって小学校の設置認可と国有財産払い下げや、特区活用による獣医学部の新設を決定する際の行政プロセスが恣意的に歪められたのではないかという疑惑が持ち上がった。

また、この疑惑が国会やマスコミにおいて追及される中、官僚らの不誠実な国会答弁やこの問題に関連する公文書の捏造という前代未聞の不祥事が重なることで、その疑惑は晴れるどころか、ますます深まることになった。

当事者たちの説明責任が果たされていないまま忘れられつつあるこの一連の事件も、日本社会を支える大切な骨組みが瓦解してしまった印象を残した。安倍首相のお友達が恩恵を受け、それに忖度する官僚が優遇され、その結果、権力を持つ者の恣意的な決定を防ぐためのルールが歪められたのではないか。要するに、政府の私物化だ。これがそうした印象の根底にある。

私物化。これこそ、現代の私たちの社会を蝕(むしば)む元凶なのではないだろうか。もちろん、自分のお金で買った物や親から相続した物などをその人がどうしようが他人の知ったことではない。その人の自由だ。問題は、本来、共有されるべき物、誰もが随意にアクセス可能であるべき物、したがって、特定の人間や集団に所有されるべきではない物を勝手に自分の物にしてしまうことだ。この私物化が私たちの社会のいたるところで目に付くのだ。

先に挙げた、日本ボクシング連盟の例を思い出して欲しい。この組織は、日本のすべてのアマチュアボクサーなら参加できる開かれた共有の団体であるはずだ。それがこの団体の会長の支配の下に置かれた。すなわち、文字どおり、私物化されたわけだ。

もちろん、市民社会において自発的に設立され、運営される組織と政府のような公権力を行使する公的組織とは、その目的や権能などにおいて同一ではない。しかし、同一ではないものの、共通点はある。それは、前者なら市民に対して、後者なら国民に対して開かれ、共有されるべき物という意味で、公共の物(res publica, public things)――公共という言葉の意味は、一般に、①共有の(common)、②開かれた・誰もがアクセス可能な(open)、③公的な・国家の(official)に大別できる――と見なすことができる点だ。

この公共の物のあからさまな私物化が、新自由主義的政策と相俟って現在の日本で横行しているのだ。

公共の物はなぜ必要か

公共の物は何も、政府や市民社会の組織だけではない。民主主義の下では、たとえば、国家の諸機関や憲法、そして公文書までも公共の物とされてきた。また、一般に、公園、道路や電気などの社会インフラ、水や空気、あるいは言語や慣習なども公共の物と考えられてきた。しかし、なぜ公共の物は必要なのか。

公共の物の本質は、実のところ、私たちの間に支配の欠如した状態を作り出すことにある。支配の欠如した状態とは、古来、自由な状態と考えられてきた。誰かによって支配されていない広場、すなわち公共の物として私物化されていない広場――これをわれわれは公園と呼んできた――では、その誰かの支配に服することなく自由でいられる。

あるいは、私物化されていない政府、すなわち公共の物としての政府では、理論上、共同の利益に配慮した統治が行われるがゆえに、何人も特定の人びとの利益に奉仕させられることはない。その結果、人びとは自由でいられる。

公共の物は、共有性や開放性といった性格上、私物化に抗う。共有性とはすべての人の物であるがゆえに誰の物でもないということであり、開放性とはアクセスが誰に対しても制限されないということだからだ。

当然のことであるが、公共の物が誰かが好き勝手できる物となってしまえば、そうした性格は失われる。その場合、どうなるのか。私物化を行う人間や集団の恣意的な意思の下に置かれ、それらが求める利益のための手段となる。

したがって、公共の物が私物化されていく中で、私たちが経験するのは、他者の支配が及ばない物がなくなるのだから、他者に服従させられ、他者の利益の実現に奉仕させられる可能性の増大である。端的にいうなら、自由を喪失する可能性の増大だ。

しかし、私たちが暮らすこの民主的な社会は、公権力の行使にかかわる政治の領域においても、日々の生活が営まれる市民社会においても、他者によって支配されることがない、という意味での自由を拡大しようとしてきた。これが民主主義の歴史だ。 

ここで重要なのは、この自由の拡大は、人権と呼ばれるような個人の権利の拡張だけでは達成されない、ということだ。たとえば、財産権は個人の自由のためには不可欠な権利である。それは個人の自由の基礎となる神聖な権利とされている。

しかし、所有の対象は有限であるから、その財産権によって、個々人の間に持てる者と持たざる者との関係が作られ、支配と隷従の関係が生まれる場合がある。つまり、それは支配の不在という意味での自由を損なう要因ともなりえる。

だから、民主主義が目指してきた自由は個人の権利の拡張だけでは十分に達成されない。そのためには、誰の物でもなく、また誰もがアクセスできる公共の物が必要なのだ。ようするに、公共の物の私物化の防止――たとえば、市場は独禁法により私物化を禁じられることで自由な領域となる――が民主主義には不可欠なのだ。

私物化が民主主義を傷つける

だとすれば、公共の物の私物化が横行する現代の日本では、支配の欠如という民主主義――より正確には、共和主義的な民主主義――の理想が裏切られつつあるといえるのではないだろうか。

とはいえ、この世に存在する物は、常に誰かの物になりえる。国家も憲法も、公園も、大学も、水や種苗でさえ私物化されうるし、実際に私物化されてきた。民主主義の歴史は、その私物化の傾向に対する抗(あらが)いの歴史でもあった。

私物化されるべきでない公共の物とはいったい何か。その答えは時代によって変化する。もっとも、新自由主義的政策が世界を席巻しているため、経済的な関心から、私物化=民営化がもてはやす傾向が依然強い。その結果、水道などのインフラや地方自治体、刑務所、軍隊までもが私物化=民営化の対象となっているのは周知のとおりだ。

では、日本はどうなのか。私物化が横行している日本の現状が、このグローバルな経済的潮流だけで説明できるものではないことは確かだ。ボクシング連盟の例もしかり、森友・加計問題もしかり、ある意味、陳腐だが、身内を重用するのが私たちの社会に深く根差した私物化のあり方なのかもしれない。

いずれにせよ、間もなく平成も終わる。はたして、私たちはいかなる公共の物の私物化をどこまで許容することができるのか。拙著『〈平成〉の正体』でも触れたように、民主主義が傷つけられた平成だからこそ、ポスト平成の時代に向けてこの問いを真剣に考えたい。

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夏の怒りのデス・ロード

2018年上半期、不正と嘘と隠蔽が大量発生し、ほとほと怒り疲れている人も多い。最近は、そんじょそこらの嘘に驚かなくなってもいる。が、それでいいのか? という問いを牛のよだれのようにし続けるロング企画。

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藤井達夫

1973年岐阜県生まれ。2005年に早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、早稲田大学大学院政治学研究科ほかで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。著書に『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』(イースト新書)、『日本が壊れる前に』(亜紀書房、共著)がある。新刊『代表制民主主義はなぜ失敗したのか?』(集英社新書)は11月17日発売。

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