私は、すぐに顔を覚えられる。これといって特徴のない顔なのに。私は、それがとても恥ずかしい。

 先日も眼鏡屋さんで、サングラスを見ていたら、早速、店員さんに、「お客様、先週もいらっしゃいましたね。サングラスをお探しですか」と言われてしまい、恥ずかしくて、後ずさりしながら、「いえいえ、なにか私に似合うのあるかなと思って……」と小さい声でボソボソ言いながら店から逃げた。

 いや、サングラスならまだいいのだ。

 去年の冬、自由が丘のロータリーの一番最初の角を右に曲がり、自由が丘デパート沿いの細い道をまっすぐ歩いた左側に、“PICARD”(ピカール)という、フランスの冷凍食品の専門店ができた。

 3年前フランスに行ったときに、青い氷の結晶のマークをつけたピカールの冷凍車を何度もみたので、自由が丘にピカールができたのは、とてもうれしく、すぐに行ってみた。

 クロワッサンはオーブンで焼く前の状態で凍っていて、180℃のオーブンで25分焼くと、パリのカフェで食べたような、サクサクのクロワッサンになる。

 冷凍の野菜を見ていたら、フランスで食べたときになんて柔らかくて甘くて美味しいのだろうと思った細いいんげんが売っていた。日本のグリーンピースより一回り小さいグリーンピースも、青臭さがなく甘みがあってとても美味しかった。

 この細いいんげんと、小さい粒のグリーンピースでいろいろおかずを作ってみたが、熱湯で茹でてバターを落として食べるのが一番美味しかった。

 そして、圧巻はミックスベリーだった。日本では、ラズベリーやブラックベリーはスーパーでほとんど売ってないし、売っていても、とても高い。私は、ミックスベリーを見つけて、うれしくてうれしくて、ミックスベリーの袋を、バッサバサ買い物かごに入れてしまった。

 家に帰ると、ミックスベリーをガラスの入れ物に移し、冷蔵庫に入れて解凍した。そして、スムージーにして飲んだり、スープ皿にベリーをいれ、お砂糖少しと牛乳をいれ、スプーンでつぶしながら、食べたりした。

 しかし、週に1~2回、“PICARD”(ピカール)に通っていたら、ついに顔を覚えられてしまったのだ。一生懸命に覚えられないように、黒っぽい洋服をきたり、サングラスをかけたり、マスクをしたり、気を付けていたのに。

 ある時、ミックスベリーが欠品になっているときがあった。「ミックスベリーはいつ入りますか」と訊いたら、店員さんが「来月か再来月になってしまうと思います。申しわけありません」と言う。そして、付け加えるように、「お客様、ミックスベリー大好物ですものね」と言ったのだ。

 私は、ワーッと頭に血がのぼり、顔が赤くなるのがわかった。食というのは性と並んで、人間が生きるためにどうしても必要な「欲」だ。性欲と食欲をつかさどる場所は、脳の中でもとても近い場所にあるそうだ。そして、互いに影響しあっているのだそうだ。だから、恋をすると、食べ物がのどを通らなくなるのかと思った。

 私は、「お客様、ミックスベリー大好物ですものね」と言われたとき、店員さんに性癖でも指摘されたような恥ずかしさを感じたのだ。

 こんな私を、人は「自意識過剰」と言う。

 

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