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未知の恐竜を求めて

2013.10.16 公開 ツイート

第1回

冒険のはじまり 小林快次

データ無くして理論立てをするのは致命的な誤りである。人は、気づかぬうちに、理論を事実に合わせる代わり、理論に合わせて事実を歪めてしまう。
 
It is a capital mistake to theorize before one has data. Insensibly one begins to twist facts to suit theories instead of theories to suit facts.
 
(『シャーロック・ホームズの冒険』より)
 
 私のオフィスのドアには、この言葉が貼付けてある。私は、恐竜研究を始めてからずっとこの言葉を自分に言い聞かせている。「理論」を「仮説」に置き換えることで、私たち恐竜研究者にとっても重要な教訓になる。
 
 約2億3千万年前、恐竜が地球上に現れた。二本足で歩き、からだも小さい。
 その後、長い時間をかけて恐竜は多様化する。約6,600万年前に大量絶滅するまで、多彩に体の形を変えていく。背中に大きなプレートを持つステゴサウルス。全長35メートル、体重70トンにもなった巨大恐竜アルゼンチノサウルス。頭に長い角を3本も備えたトリケラトプス。そして、史上最強の肉食動物ティラノサウルス。
 そして、約6,600万年前、直径10キロほどの小天体が、現在のメキシコのユカタン半島付近に衝突し、多くの恐竜たちがこの世界から姿を消す。
 しかし、空へと生活圏を変えた恐竜は、鳥類へと進化し、この大量絶滅を生き延びる。そして現在、鳥類と呼ばれる恐竜は約1万種類存在し、私たちほ乳類の倍以上の多様性を持つ。
「約6,600万年前に恐竜時代は終わり、ほ乳類時代がやってきた」ということを聞いたことがあるだろう。これは間違いである。恐竜は陸上から空へと生活環境を変えたかもしれないが、その繁栄はほ乳類をはるかに越え、約2億3千万年前に始まった恐竜時代は、現在でも続いているのだ。
 
 恐竜の進化をざっくりと簡単に説明するとこんなものだろうか。
「恐竜の起源」
「恐竜の多様性」
「恐竜の絶滅」
「鳥類への進化」
の4つのキーワードによって恐竜というものがある程度説明できる。
 
 現在の恐竜研究は、以前に比べかなり進んでいる。それは、新しいテクノロジーの応用や新しい手法の誕生があげられる。恐竜研究者の人口が、急激に増えていることも理由の一つだろう。そのため、研究の内容は細分化され、かなりのデータを揃えた理論的な研究がなされ、信頼性の高い成果が発表されている。
 その一方、研究の中身に新鮮味が欠け、驚きが少なくなっているようにも感じる。国際学会に参加しても、以前ほど驚きの発表は少ない。あくまでこれは個人的な意見だが。
 
 大きな発見は、どこに潜んでいるのか。これから恐竜研究者を目指す若者は、どこに行けば世紀の大発見ができるのか。
 私は、主にモンゴル、中国、アメリカ、カナダの恐竜を研究している。毎年、モンゴルのゴビ砂漠に3週間から1ヶ月キャンプ生活をして新しい恐竜を探している。
 ゴビ砂漠は、約130万平方キロメートルあり、日本国土の面積の3倍以上という広大な土地だ。これだけ広大な土地で、恐竜調査をするためにキャンプを張る。広大な岩砂漠を目の前にし、期待を膨らませる。
 しかし、他の調査隊が近くでキャンプを張っているということが間々ある。こんなに広い砂漠なんだから、他に行けば良いのに、よりによって近くにキャンプをするなんてがっくりする。こんなに“混雑する"砂漠で、世紀の発見などできるはずがない。
 この調査が象徴するように、新しい恐竜の発見がたびたび報道されるが、どこかで見たことがあるような恐竜が多い。かく言う私も、2011年にチウパロンという、中国のダチョウ型恐竜を発表した。親属新種の恐竜として発表したものの、他のダチョウ型恐竜と全くと言っていいほど区別がつかない。
 
 近年の世紀の大発見は何か。それは、今でも世間を騒がせ続けている、羽毛恐竜の発見である。1990年代中頃から次々と羽毛の痕跡を残す恐竜が発見された。これは、先にあげた4つのキーワードの内の「鳥類への進化」にあたる。これまで、ぼんやりとしかわかっていなかった恐竜から鳥類への進化過程が明らかになった、一連の発見である。
 
 現在も、ごく稀ではあるが大発見はある。それは、どういう時か。
 私たち研究者が、まだ誰も足を踏み入れたことの無い場所での調査をする時か、かなりの強運を誰かが持っている時だろう。
 
 現在私と海外の研究者は、謎の恐竜を追い求めている。それは、モンゴルから発見されているデイノケイルスとテリジノサウルスである。どちらも腕の化石しか発見されておらず、まさにベールに包まれている謎の恐竜である。例えば、デイノケイルスとは「恐ろしい手」という意味であり、約2.5メートルという巨大な腕である。これだけ大きな腕をした肉食恐竜。腕の長さをもとにすると、その全長はティラノサウルスなど軽く超えてしまほど巨大である。この2つの恐竜は、世界中の恐竜研究者が追い求めている恐竜であり、現在残されている「謎の恐竜」という名にふさわしい恐竜である。
 デイノケイルスとテリジノサウルスが世紀の大発見になるかはまだわからない。しかし、これらの恐竜はすでに謎めいており、私たちの想像を絶する進化を遂げている。先ほどの4つのカテゴリーの「恐竜の多様性」という点で、大発見になることは間違いなく、これらの恐竜の解明は、恐竜の学界において大きな振動をあたえるものとなることは間違いない。
 そして、私たち研究者は“世紀の大発見"をもとめて、デイノケイルスとテリジノサウルスを追いかけ続けている。
 
 この連載では、私のモンゴル調査の経験を基に、恐竜研究者がどのようにしてデータを集め、新しい発見や仮説につながるのかを紹介し、シャーロック・ホームズほどではないにしろ、恐竜の謎の紐が解けていく様をお見せしたい。

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小林快次

北海道大学総合博物館教授、恐竜学者。1971年福井県生まれ。 1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。福井県立恐竜博物館古生物学研究職員を経て、2005年から北海道大学に所属。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や、恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。

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