あれから73年――。私たちが絶対に忘れてはいけないことがある。「特攻」で散っていった若者たちのことだ。

 特攻は昭和19年秋にフィリピンで始まった。その後、沖縄戦で戦いの中心となり、やがて全軍特攻へ。結果、4500人を超える若者が命を落とした。どのような経緯で特攻は拡大し、終戦まで一年近くも続いたのか。 『特攻の真実――なぜ、誰も止められなかったのか』は、その背景を機密資料と証言をもとに検証している。

 平成最後の「終戦の日」を迎えるにあたって、本書の一部をご紹介します。

iStock.com/Matt_Gibson

日本の「希望」となった特攻隊

 こうして、初めての特攻隊は大きな戦果をあげたが、「大和」や「武蔵」を中心とする戦艦部隊でレイテ湾に突入し、敵の輸送船団を撃滅するというそもそもの狙いは、失敗に終わった。

 レイテ湾を目指した栗田健男中将率いる戦艦部隊は、敵空母から飛び立った艦載機の猛攻撃にあい、敵輸送船団への突入を果たせないままに撤退した。戦艦「武蔵」を始め莫大な税金をつぎ込んで建造した多くの軍艦が沈み、猛訓練を重ねてきた幾千もの精鋭の乗組員を失い、聯合艦隊は壊滅した。残されたのは、戦艦「大和」など、わずかな軍艦だけであり、もはや日本海軍には戦い続ける力は残されていないはずだった。

 しかし皮肉にも、この最初の体当たり攻撃隊が立ち上らせた「火柱」が、日本をさらなる戦いへと駆り立てることとなる。戦争を終結に導くためやむにやまれず行われたはずの「特攻」が、一転、戦い続ける希望となっていくのだ。

「特攻」という歯車が回り出す……

 大西の副官だった門司大尉は、敷島隊の大戦果を知らせる電報に目を通し「甲斐があった」とつぶやいた大西が、続けて漏らした言葉も聞いていた。「これで、どうにかなる」。門司もまた、「みんながこの気になれば、負けることはないのではないか、そんな気持ちが胸の底に湧いた。それまでの体験で、味方の敗色も、敵の物量も、充分知っていたはずであるが、それでも、体当たり攻撃という自己犠牲を目のあたりにして、その行動に強い感動と刺戟を受けた」と記している。

 特攻による大戦果と、レイテ湾殴り込み作戦の失敗。ふたつの知らせが海軍内を駆け巡った一〇月二五日の夜、大西はみずからが指揮を執る第一航空艦隊だけでなく、海軍兵学校の同期生である福留繁中将が指揮を執る第二航空艦隊の航空隊幹部を集め、訓示を行った。

 

 本日、第一航空艦隊と第二航空艦隊は合体し、第一連合基地航空部隊が編成された。知っている通り、本日、神風特別攻撃隊が体当たりを決行し、大きな戦果を挙げた。自分は、日本が勝つ道はこれ以外にないと信ずるので、今後も特攻隊を続ける。このことに批判は許さない。反対するものはたたき斬る──。(門司親徳『空と海の涯で』より)

 

 門司によると、大西はこの「たたき斬る」という言葉を、決意のこもった低く静かな声で言い放ったという。

 こうして「特攻」という巨大な歯車がゆっくりと回り始めていく。フィリピン各地にある海軍の航空基地からは、特攻隊が連日出撃するようになった。

火だるまで突っ込んでいった18歳

 最初の体当たりから五日後の一〇月三〇日、セブ島の飛行場にいた角田和男少尉は、六機の零戦からなる特攻隊「葉桜隊」の直掩を命じられた。

 

 特攻隊員たちは、本当に明るい朗らかな連中でしたね。出撃はお昼ちょっと前だったので弁当をもらったんですが、「飛行機に乗って食べるのは面倒だ、食っちゃって行こうや」なんて言って。セブにはどういうわけか、よそにはなかった、いなり寿司やぼた餅の缶詰があったんですよね。それを指揮所の前で開けてもらって、サイダー一本もらって、昼飯にして食べたんですが。みんな喜んで、遠足に行った子どもたちのように、わいわい騒ぎながら食べてましたね。

 

 午後一時三〇分、特攻隊六機と直掩隊四機はセブ島を出撃し、レイテ沖へと向かった。一時間後、角田少尉が敵機動部隊を発見する。大型空母四隻を中心に、戦艦や駆逐艦が輪形陣を敷いている。上空には護衛の戦闘機はおらず、敵艦隊はまだ角田さんたちには気づいていなかった。敵艦隊まで三〇キロに近づいた地点で、角田少尉は突撃の合図を送り、特攻機は一機また一機と降下を開始した。

 

 最初の一機が空母に突っ込んだ時は、まだ防御砲火はなかったですね。空母の前甲板に命中しました。二番機も戦艦の煙突の後ろに命中。三番機が突っ込む頃になって、ようやく敵の対空射撃が始まりました。それでも三番機は突っ込んでいったのですが、高射機銃を受けて、だいたい一五〇〇(メートル)くらいまで来たところで、命中して火だるまになりました。でもそのままの角度で突っ込んでいって、空母の飛行甲板の後部にぶつかったんですよ。

 火の玉になったので恐らく前もよく見えなかったと思いますが、操縦桿を握った姿勢のまま突っ込んでいったと思います。揺るぎなくそのままの角度でぶつかっていきましたから。すごい気迫だったと思いますよね。櫻森という兵長、一八歳でしたね、まだ。

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大島隆之『特攻の真実 なぜ、誰も止められなかったのか』

昭和一九年一〇月にフィリピンで始まった特攻は、その後の沖縄戦で戦いの中心となり、やがて全軍特攻へ。四五〇〇人を超える若者が命を落とした。特攻はなぜ、どのような経緯で終戦まで一年近くも続いたのか。軍中枢の思惑やメディアが果たした役割など、特攻拡大の背景を機密資料と証言をもとに検証。話題の「NHKスペシャル」に大幅加筆。