ネット空間は、さも解放された自由空間のようでいて、「表現の自由」がどんどん狭まっている。

 2013年1月から6年半、私は漫画家の小林よしのり氏が発行するブロマガの中で社会時評や小説などを連載してきたが、今年に入ってから、急に、ブロマガのシステムを運営する株式会社ドワンゴより、記事の内容にあれこれイチャモンが入るようになった。

 ドワンゴが個別の記事の中身を検閲していて、自社ルールで「不適切」と判断すると、直接、契約解除をチラつかせて削除依頼を申し入れてくるのだ。そして、2018年7月、ついにここまできたか、という出来事が起きた。

『ナパーム弾の少女』削除事件

 ドワンゴ検閲事件は半年のうちに3度、どんどんグレードアップしていった。

 まず最初の事件は、2018年2月のことだ。

 2016年9月、ノルウェー人作家のトム・エーゲラン氏が、Facebook上で、戦争写真の一枚として、ベトナム戦争の惨禍を伝える国際的に著名な報道写真「ナパーム弾の少女」(1972年)を紹介。ところが、これが“児童ポルノ”と判定され、削除されるという異様な出来事が起きた。反発した人々が同じ写真を投稿するも、次々と削除されてしまった。

Nick Ut / Canapress (C)All Rights Reserved.  この一枚の写真が世界的な反戦運動を巻き起こし、また、被写体となった少女キム・フックさんのその後の人生における反戦活動に大いに活用されている。現在もキム財団にて配布中。

 

 ナパーム弾とは、ベトナム戦争においてアメリカ軍が開発し、投下した、粘着性のある消火のほぼ不可能な爆弾だ。体に飛び火した場合、手で払いのけようとすると、その手に炎がねばりつき、ますます重症化する。現在は多国間条約で非戦闘員や人口密集地への使用が禁止されている兵器でもある。

 そのナパーム弾の空襲に巻き込まれ、全身に大やけどを負い、全裸になって恐怖の表情とともに逃げ出してきた少女を、居合わせたAP通信のニック・ウット記者が撮影。当初は編集部でも少女の姿に配慮して意見が割れたそうだが、現実を伝えるべきとの決断で配信された。

 結果、この写真は瞬く間に世界中に広がり、翌日から各国で大きな反戦運動が巻き起こるという歴史的な一枚になった。ウット記者はピュリッツァー賞を受賞、現在はベトナムの博物館にも展示され、ベトナム戦争を語るにはなくてはならない一枚となっている。

 また、ウット記者によって病院へ搬送された少女キム・フックさんは、一命をとりとめ、その後も「ニックおじさん」と呼ぶほど親しみを持ってウット記者と交流。この写真とともに世界中で講演を行う反戦活動家となった。彼女の自伝にも写真が使用されており、被写体となった少女のその後の生き方に関わる重要な一枚ともなっている。

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